おもてなし
五人の部下達は俺達とダールの座るソファーを囲った。
俺は、じっとダールの目を見つめ続け、ダールの視線が少しズレた瞬間に、テーブルの灰皿を手に取り、真後ろの男に投げつけた。
男が反応するよりも早く灰皿が顔面を捉え、壁に背をぶつけてその場に崩れ落ちた。
まず一人。
それを皮切りに、男たちが一斉に襲いかかってくるが、振り下ろされた剣を寸でのところでかわし、ソファー越しに男の顔を殴る。
そのまま男の腕を掴み、続けざまにソファーの背に叩きつけ、手からこぼれ落ちた剣を拾い上げる。
これで二人。
次の男の剣撃を剣の腹で受け、そのままソファーを蹴飛ばし、ソファーと壁に挟まれた男の顔を殴りつけた。
これで三人。
横ではミファーと男が取っ組み合いになっているが、それを無視して次の男に狙いを定める。
続けざまに三人がやられたせいか、男はたじろいでいるが、意を決したように剣を大振りしてきた。
それを体のひねりでかわし、男の左脚に剣を突き刺した。
これで四人。
と、同時にテーブルにミファーに突き飛ばされた男が倒れ込んできた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
息も絶え絶えにミファーが答える。
この一連の流れを、ダールは眉一つ動かさずソファーに座って眺めていた。
「はっ。やっぱこいつらじゃダメか」
五人を倒されてなお、ダールは悠々と葉巻を吸っている。
「分かってんならけしかけるなよ」
「黙って帰すと示しがつかないからね。ったく、久しぶりに顔を出したと思ったらこんなにしちまって」
「俺だってこんな再会にしたくなかったさ。だが、こっちも事情が事情なんでね。で、どこの誰に売ったんだ?」
「聞いてどうする?」
「助けに行くに決まってんだろ」
「そこの妖精のためにか?」
思わずミファーと顔を見合わせてしまった。
「いつから気づいてた」
「最初から。護衛の一体で見た顔だと報告があってね。攫ったのは私達だよ? 気付かない訳ないでしょ。しかし、あんたが妖精に手を貸すなんてどういう風の吹き回しかしらないけど、この件に手を出すのはやめときな」
「やはりお前らだったのか! この、よくも!」
横で今にも飛びかかりそうなミファーの体を手で抑える。
「悪いが、今更手を引くわけにもいかなくてな」
「買い手があのイーデン家だとしても?」
「まじか......」
一瞬、彼女の言葉に耳を疑ったが、この期に及んで嘘を付くような女でないことは俺が一番分かっていることであった。
「イーデンて、あのイーデンか?!」
人間社会に疎い妖精でも流石にその名前は知っているらしい。
それもそのはずで、イーデンとはここら一帯の領主である貴族の名前だからだ。
「なんてことだ.......。どうすればいい」
ミファーが今にも泣きそうな顔を俺に向けてくる。泣きたいのはこっちも同じだ。
命が掛かっているとは言え、貴族を相手にするとなると、死にに行くのと同じようなものである。
「とんでもないとこに売ってくれたな」
「金払いが良かったんでね。言ったろ、馬鹿共を食わせていかなきゃいけないって。悪いことは言わないから、名前は聞かなかったことにして、今すぐお家へ帰るんだね。今なら見逃してあげる」
「俺だってそうしたい。が! 残念ながらやらなきゃならないんでね。イーデンは妖精をどこに連れて行った?」
「さあね。屋敷にでも囲ってるんだろ。早く出で行くんだね。騒ぎを聞きつけて他の奴が駆けつけてくるよ」
「そうさせてもらうよ。ほら、行くぞ」
「し、しかし」
自分が何を相手取っているのか自覚したのか、ウジウジしているミファーの手を取って部屋から引きずり出す。
部屋を出る前に、一度ダールの方を振り返った。
「助かったよ。悪かったな」
ダールは何も言わず右手を軽く上げた。
幸いなことに誰にも絡まれることなく建物を出られた。
しかし、イーデン家と来たか。簡単な仕事ではないと覚悟していたが、ここまで面倒な話だとは思ってもいなかった。
出来れば仲間を増やしたいところだが、村の妖精共はどうせ当てにならないだろうし、第一村まで戻って助けを呼ぶ時間もない。
馬鹿を金で釣ってもいいが、イーデン相手に金で動くような奴は余程の馬鹿でも居ないだろう。
となると、戦力は横でまだ落ち込んでる妖精一体のみ。正直相手が相手だけに居ても居なくても一緒だ。
どう考えても死ぬだろ。
「で、ミファーさん、あんたはどうするよ」
「どうって、やるしかないだろ......」
「俺はともかく、あんたは別にここで待っててもいいんだぜ?」
「そ、そういう訳にはいかないだろ! 姫を連れて帰ると約束したんだ」
忠義に厚いと言えばいいのか、馬鹿正直すぎると言うべきか。そもそも二人しか救出に派遣しないのだから、救出出来なくても責める奴など居るはずもないだろうに。
「お前こそいいのか?」
「おいおい、あんたらが俺に何したか忘れたのか? 俺だって毒なんて盛られてなけりゃこんな仕事しないさ」
「そうだが、今ならあと一週間とちょっとは自分の好きに生きられるんだ。どの道死ぬなら、死に場所くらい選んだほうがいいだろう......」
「馬鹿言うな。俺は死にに行くつもりはないぜ」
そう、死ぬつもりはない。確かに貴族を相手にするなんて馬鹿げた話だが、奴らはまだ俺達の存在に気がついていない。
となれば、まだ勝機はある。
「ウジウジしてても仕方ない。行くぞ」
「ま、待ってくれ!」
ミファーが少し遅れて駆け寄ってくる。
イーデンの屋敷まで行って、村まで帰る時間を考えると一日でも無駄にしたくないが、今日は流石に宿を取ろう。
色々疲れる夜だったからな。