古巣
「なぜだ! まだ何も聞けてないのに」
「声がデカい! 少し落ち着けって」
「落ち着くも何も、あの入れ墨は間違いないんだ! 今からでも戻って縛り上げてやる!」
踵を返す彼女の肩を抑える。
「離せ!」
「落ち着けって言ってるだろうが! 俺の邪魔をするなと言ったはずだぞ」
「だが」
「だが、じゃない! あいつらを縛り上げたところで何も分かりゃしないさ」
「なぜそう言い切れる」
「簡単だ。あいつらは姫の居場所を知らないからだ」
俺の言葉に彼女は少し考え、それから何もわからないといった目を向けた。
「歩きながら少し説明してやる。食事の内容からして、奴らは既に金を受け取った後だ。つまり、人質は既に金と交換済みだ」
「なら、その受け渡し先を知ってるかもしれないだろ」
「いや、ないな。客の情報の扱いについてあそこはうるさいんだ。さらに妖精絡みの案件とくれば大金が動くし、客だって買い取ったことを大っぴらに話して欲しくないはずだ」
「なぜそこまで奴らに詳しいんだ」
「そりゃ、色々あんのさ......」
答えになってないと不満げな表情を見せるが、俺の含みを持たせた言い方に躊躇してか、それ以上の詮索はされなかった。
そんなやり取りをしている内に、俺達は目的の場所に辿り着いた。
周囲を見下ろすような威圧感を放つその建物は、堅牢な鉄格子で囲われており、ゴロツキ共の住処にお似合いな相変わらずの風体だ。
「さあ着いたぜ」
「着いたって、ここは?」
「奴らの本拠地さ」
門まで近づくと、さっきから門の後ろで睨みを効かせている男の前に立つ。
「何か用か」
「あんたらのボスにルッセウが来たと伝えてくれ」
「生憎だがボスは忙しいんだ。さっさと消えな」
「なぁ頼むよ。伝えてくれるだけでいいんだ」
俺はそっと男に金を握らせる。
「伝えるだけだぞ。少し待ってろ」
男が建物へ入ったのを確認すると、ミファーが口を開いた。
「名前を出せば分かるって、お前もしかして奴らの仲間か?」
「昔少し絡んでただけだ。心配しなくても今は繋がっちゃいねぇよ」
「どうだろうな」
先程の男が戻ってくると、あっさりと門は開かれた。
「いいぞ、入れ」
ミファーからの疑いの眼差しが強くなっている気がするが、無視して門を潜った。
中はゴロツキ共の住処にしては清掃が行き届いており、廊下には一丁前に絵画まで飾ってある。随分とお洒落になったものだ。
男に言われるがまま後をついて行くと、一際装飾の施された扉の前で立ち止まる。あからさまにボスの部屋といったところだ。
「ここで武器を預る」
男が剣を渡すよう手を出してくる。
「おいおい勘弁してくれよ。別にそこまでする必要ないだろ?」
「決まりだ。嫌なら帰ってもらったって構いやしない」
「分かった分かったよ」
男に剣を渡すと、渋るミファーに目配せをして彼女の分も渡した。
「失礼します」
扉が開かれ中に通されると、部屋の最奥に位置したデスクに、よく知った顔の女が鎮座している。
「ルッセウ! 良く来たなぁ!」
俺の顔を見るなりデスクから跳ね上がると、腕を大きく広げハグをしてきた。
「まさかお前から来てくれるなんてなぁ! さあ座ってくれ」
横で困惑しているミファーを引っ張り、ソファに腰掛ける。
「元気にしてか?」
「ああ。そっちは昔と変わらないな」
「そうでもないさ。もう昔みたいに飛んだり跳ねたり、無茶が効くような年でもなくなった。そっちのお嬢さんは?」
「ミ、ミファーと申します」
女の勢いに気圧されたのか、ミファーの声が若干震えている。
「あたしはダール。一応ここで馬鹿共の面倒を見てる」
ダールがまるで値踏みするようにミファーの顔をジロジロ見ると、視線が俺に移った。
「はー、さてお前、ついに身を固めるのか?」
「ちげえよ。こいつは今たまたま一緒に仕事をしてるだけだ」
「なんだつまらん。仕事って何を」
「他愛もないもんだよ。それよりどうしたあの廊下に部屋の内装。すっかり見違えたじゃないか」
「そりゃ昔とは違うさ。仕事相手に舐められちゃまずいんでね。あの馬鹿共も食わしてくのも大変なんだから」
「ここの噂はよく聞くよ」
「そりゃ良い方、それとも悪い方?」
「悪い方が多いな」
「だろうね」
ダールはおもむろに葉巻を取り出すと、口に咥えて火をつけた。
「あんたが居た時よりも大所帯になって、その分仕事も選んでられなくてね。ままならんもんさ」
「言いたい奴には言わせとけばいいさ。そういやさっきバーンに会ったよ。随分と羽振りが良さそうだったなぁ。何か一山当てたか?」
ダールが軽く首を横に振る。
「残念ながらそんな浮ついた話は無いね。どうせ賭場で一儲けしたんだろうさ。なんだい、金に困ってるのかい?」
「景気が良いとは言えないね」
「なぁ、戻ってくる気はないか? あたしだったらあんたを稼げるようにしてあげられるし、こっちとしてもあんたがいてくれりゃ仕事の幅も広げられる」
「買いかぶりすぎだ。それに、俺はもう戻る気も無いんでね。言っただろ? 群れてるより一人のほうが気楽でいいんだ」
「それで金に困ってちゃ元も子もないじゃないか。なぁ、また昔みたいに一緒にさ」
「生憎大金が舞い込みそうなんでね。知ってるか、妖精の姫が捕獲されたって話」
それまで笑顔だったダールの顔が一瞬曇った。だが、すぐさまモトの調子で笑顔を向けてくる。
「なんだい藪から棒に」
「実はな、その妖精の奪還に大金が掛けられててよ、丁度俺とコイツでその依頼を受けてんだ」
「面白い話だね。それで?」
「でだ、ここらで情報通のお前に何か心当たりは無いかと思ってな」
「なるほどね。だけど残念。その妖精の話は今初めて聞いたよ」
「本当に?」
「本当に」
じっとダールの目を見つめる。ダールも瞬き一つせず俺の目を見つめる。
「......実はな、その妖精を攫った奴らを見たって情報があるんだ。聞きたいか?」
「ああ」
「青い薔薇の入れ墨をしてた奴らだと」
ダールがジリジリと音を立てながら葉巻を吸い、大きく煙を吐いた。
「なあルッセウ、ほんとに戻って来る気は無い?」
「無いね」
「そう、残念」
そこにはもう笑みは無かった。
「おい! おもてなしをご希望だ!」
ダールの一声に扉が開け放たれ、ぞろぞろと部下が部屋に入ってきた。
「ダール。やめとけ」
「すまないねルッセウ。そうもいかないんだよ」