心当たり
話も早々に、俺は追い出されるようにして村を出た。
目隠しをされていてはっきりとは分からないが、足音から察するに四、五人が俺を囲んでいるようだった。
全くとんでもないことになったものだ。偽善とは言え困ていたお仲間を村まで届けてやったのは事実なのに、それを毒なんて飲ませやがって。
それに、いつ捕まったとも知れない姫さんを、たったの二週間で連れ戻してこいとは、無茶にも程がある。
「止まれ」
突然の号令によろけながら立ち止まる。次の指示が出るまで黙っていると、何やら話し合っているようで、内容までは分からないが男の声に混じって女の声が聞こえた。
話が終わると、数人の足音が遠ざかっていく。何やら様子がおかしい。
じっと聞き耳を立てていると目隠しが外され、霧がないことからどうやら森から抜け出ているようだった。と、同時に目に入った光景に驚愕した。ミファーしか残っていなかったのだ。
「お前だけ?!」
「ああ。受け取れ」
俺が何に驚いているのか分からないと言った様子で、何食わぬ顔で剣を渡してくる。
「これからお前達の姫を助けに行くってのに、なんでお前だけなんだよ! さっきまで何人かいただろ?」
「気づいていたか。あれはただの見送りだ。言っただろ、我々は姫の救出に人手を割けないんだ」
「だからって、一人ってことは無いだろ! それによりにもよって足を怪我してるお前なんか見張りに付けられちゃ、足手まといもいいとこだ!」
「その点は心配いらない。ほら、この通りだからな」
怪我は気にするなと言わんばかりにその場で足踏みを始める。
ここで色々とぶつけてやりたいが、今は時間がないため、溢れ出る言葉をぐっと飲み込む。
ミファーから剣を奪い取り、腰に下げる。
「とりあえず、言いたいことは山ほどあるが、俺の邪魔だけはするなよ。こっちはお前と違って命がかかってるんだからな」
「勿論邪魔などするつもりはない。で、これからどうする」
「これからどうするって、もしかして犯人の目星すらついてないのか?」
「ああ残念ながら。青い薔薇の入墨について知っている者は誰もいなかったんだ」
何か根拠あっての期限だとばかり思っていたが、妖精てやつは揃いも揃って馬鹿ばかりなのだろうか。
「分かった、よく分かった」
こいつと話していても時間の無駄なので、さっさと歩き始める。
「何か当てでもあるのか」
「ああ、あるよ」
「やはり、人間のことは人間が一番詳しいな」
幸先良いスタートとでも思っているのか、ミファーから笑みがこぼれた。つくづく能天気な種族である。
心当たりがあるというのは嘘ではない。青い薔薇の入墨、俺はこれを入れた集団のことを良く知っている。
『ブルーブラッドローズ』と名乗る万屋のような連中で、基本的に腕っぷしで問題を解決する奴らだ。最初こそ見知った仲間内で固まっていただけだったが、気がつけば名の売れた組織まで拡大していた。
だが、大きくなった分悪い噂も聞くようになった。それこそ、金額次第では人殺しも請け負うと聞く。
基本的には関わりたくない連中であるが、今はそうも言っていられない。
黙って歩いているのも暇なので、情報収集を兼ねてミファーに話しかける。
「なあ、一体何がどうなったら姫が攫われるなんてことになるんだ。妖精てのは滅多に人前に現れないのによ」
「それは、だな。あまり詳しくは話せないが、どうしても姫を連れ出さなければいけない事情があったんだ」
「で、たまたまそこを襲撃されたと」
「ああ。私がもっと強ければこんなことには......」
「しかし、たまたまにしては運が悪すぎると言うか、出来すぎじゃないか? あんたらだって羽根を見せびらかしながら歩いてた訳じゃあるまいし」
「勿論、人目を避け行動していたし、妖精だとバレないよう徹底していた。ただ、どこで嗅ぎつけられたのか林道で休憩しているところ急に襲われて......。私以外にも護衛はいたが、多勢に無勢といった様相で皆やられてしまった」
辛い記憶を思い出したせいか、ミファーが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
話を聞いている限り、たまたま襲われたように聞こえるが、経験上こういう事案に偶然はない。奴らが絡んでいるとなると尚更だ。乱暴な連中だが突発的に仕事をする奴らではない。
恐らくどこかで立ち寄った町か村で素性がバレて目を付けられていたといったところだろう。
「そんなのを相手に俺とお前二人だけってのは、だいぶ信頼されてるようだな」
「すまない......」
皮肉が効いたらしくミファーの落ち込む姿をみて少し溜飲が下がる。
イジメもそこそこに二日かけて目的の町に到着した。
まず、ガラの悪そうな連中が入り浸っている酒場を探し、入れ墨の連中を見つけ出すことにした。
そうして三軒目にしてようやく目的の奴らを見つけ出した。
店に入り客席を見渡すと、この稼ぎの少ない時期に周りに比べて豪勢な食事をとっている三人組がいた。よく見ると首元に青い薔薇の入れ墨が見える。
姿が見える位置に席を取り、丁度連中が背中にくるように座ると、小声でミファーに知らせる。
「俺の後ろ、見えるか」
「ああ、男が三人。あれが例の?」
軽く頷くと、ミファーがいきなり席を立とうとしたので急いで諌める。
「どうして止める?」
「まあ待て。いきなり行って『妖精の姫様を攫いましたか?』なんて聞くつもりか?」
「ならどうする?」
「少し考えさせろ」
ウェイターを呼ぶ素振りをしてチラッと奴らの方を見る。三人組の中に見知った顔を見つけた。これは使える。
「いいか、俺が合図するまで立つなよ」
俺はおもむろに立ち上がると、わざと奴らのテーブルを素通りし、立ち止まって振り返る。そして、今気が付きましたよと言わんばかりに大げさに声をかけた。
「おうバーンじゃねえか! 奇遇だなこんなところで会うなんて!」
俺の声に三人は怪訝な顔を向けるが、そのうちの一人が俺の顔を見るや否や表情を明るくした。
「ルッセウじゃねえか! 元気してたか?」
「まあぼちぼちてとこだな。そっちの二人は?」
「こいつらは仲間のダートとディールだ」
「ルッセウだ、宜しく。そうだ、俺も丁度連れがいてね。紹介するよ」
手招きをするとミファーが席から立ち上がった。
「シルフィてんだ」
聞き覚えのない名前で紹介したため、ミファーが怪訝な顔を向けてくる。
「えらい美人じゃねえか。女連れとは景気がいいな」
「そんなんじゃねえよ。ちょいと野暮用で一緒になったまでさ。そっちこそだいぶ景気が良いようだな」
わざとらしくテーブルを覗き込む。
「ああこいつぁその、運が良かったんだ」
バーンが少しバツの悪そうな顔をした。どうも隠したい裏があるような気がする。
「運ねぇ、是非あやかりたいもんだ。この時期は実入りが少くってよ、俺もコイツも参っちまってんだ」
「あ、ああそうなんだ」
「こう寒くっちゃしょうがねえよ。俺だってたまたま賭場で勝っただけさ。まあなんだ、もしどうしてもってんなら親分に頼るといいさ。あんたのことなら悪くは扱わないだろう」
そう言いながらバーンの視線が少し泳いだ。
「気が向いたらそうさせてもらうよ。じゃあな、邪魔して悪かった」
ミファーが何か言いたげな表情をしているが、無理矢理手を引いて店を後にした。