村
針の山か、リンチか、どのみち助からないだろうとせめて楽に殺してほしいものだと考えていたが、そのどちらでもなかった。
男は周りに弓を下ろさせ、俺の手を縄で縛ると村へ連れて行くと話した。
「名前は?」
「ルッセウ。あんたは?」
「イールと呼んでくれ」
「ならイールさんよ、なぜ俺をあの場で殺さなかった? どうとでも出来たはずだろ」
「こちらにも事情があってね。それに、ただ殺してしまっては君がどうやってあそこまで来たのか分からなくなってしまうだろ」
「はぁ〰なるほど、つまり俺はこれから拷問されるってわけだ」
「どうだろうね、君が素直に協力してくれればいいんだが」
男は笑っているが、否定しないところを見ると俺の処遇は決して明るくはないのだろう。
「隊長! イール隊長!」
声の主は妖精に背負われたミファーだった。ミファーを背負った妖精が気を利かせたのかイールの横に付く。
「このような格好で申し訳ありません。しかし、すぐにお耳に入れたい話が」
「いやいい。姫のことだな」
ハリスが聞いていたことと同じだ。
「はい。姫が攫われました」
その言葉に周りの妖精達がにわかにざわめく。だが、イールは眉一つ動かす様子がない。
「そうか姫が。詳しく聞かせてくれ」
「はい。アステウの村まであと数日のところまで迫っていました。しかし、休憩しているところを人間に奇襲され、抵抗しましたが我々を上回る人数を相手にそう長くは持ち堪えられず......。この命に代えてもお守りするべきだったのに」
ミファーの声が段々と震えていくのが分かった。つまるところあの足の傷はその時にやられたものだったのだ。
「今は悔やんでも仕方がない。襲撃してきた人間に心当たりはあるか」
「いえ。ただ、青い薔薇のような形の入れ墨をしている奴がいました。それに、奴ら初めから姫だけを狙っていたかのようで、他の者を生け捕りにする素振りすら見せませんでした」
「そうか。青い薔薇か......」
「何かお心当たりがありますか」
「いや、残念ながら無いな。仕方がない、とりあえず長に報告して判断を仰ごう」
「それと、この男についてなのですが」
ミファーはチラリとこちらを見た。ここで俺の無実を証言してくれれば、もしかしたら解放してくれるかもしれない。村に辿り着いてしまえばますますややこしくなる可能性もあるし、どうにかここで切り抜けたいところである。
「いや、それは村に戻ってからでいい」
「分かりました」
弁明の機会を奪われ、失意の中着々と足を進めていった。
イールの指示で布の目隠しをされ、それから少し歩いた後に、どうやら村に着いたようだった。
帰還の旨を知らせる者の声を皮切りに、周りが騒がしくなる。
「人間だ!」
「なんでここに人間が!」
四方八方から俺に対する驚きと罵声が浴びせられ、命の危機が迫っているのを肌で感じ、嫌な汗が額から流れた。
「邪魔だ! 道を開けろ!」
イールの付き添いの妖精か誰かが怒鳴っている。
扉の開く音が聞こえ、押し込まれるように中に入ると、室内に入ったのか途端に静かになる。
それから、階段を下りしばらく歩くと、急に立ち止まるように言われ、手の縄が解かれた。
ガチャンと何かが閉ざされる音が響く。
「もう、目隠しを取っていいぞ」
イールの声だった。恐る恐る目隠しを取り辺りを見回すと、そこは牢獄であった。
「悪いがしばらくここで待っててもらう。何も無いとこだが、ゆっくりしていってくれ」
「しばらくって、どのくらいだよ」
「さあね。意外とすぐかもしれない」
部下を残してイールは行ってしまった。
窓一つ無い石造りの壁に鉄格子、おまけに槍を持った見張り付きと自力での脱出は不可能だろう。暴れても仕方がないのでイールの言う通り寝て体を休めるとしよう。
※※※
「なんということだ......」
ミファーから姫が攫われたことを報告され、族長は今にも椅子から転げ落ちそうなほど落胆していた。
「申し訳ありません......」
深く頭を下げるミファーに、族長は何か言いかけるも、大きくため息をついて喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「もうよい。謝られたところで娘が帰ってくるわけでもあるまい。イール、すぐに隊を編成して救出に向かえるか」
族長は、ミファーの横で同じく報告を聞いていたイールに問いかける。しかし、イールが口を開く前にすかさず別の者から横槍が入った。
「お待ちください長。今隊を出すのは無理な話です」
側近のイデアルと言う男に横槍を入れられ、族長の頭に血が上る。
「何を言う! こうしている間にも私の娘が一体どんな目にあっているか......」
「お気持ちは分かります。が、無礼を承知で申し上げますが、もし姫様が尋問にかけられこの村の場所を話してしまっていたとしたら? 霧抜けの術も話してしまっていたら? 今村から戦力を出すのは得策ではありません」
「なら、人数を絞って隊を編成させれば良いだろう! 何も全ての戦士を救出に向かわせろとは言わん」
しかし、今度はイールから異が唱えられる。
「長、それはできません。聞けば姫を捕らえた人間どもはかなりの数、それを相手に小数を向かわせたところで死なせるようなものです。それに、相手の素性も知れない以上、無闇に戦士を派遣したところで見つけられるかどうか」
「ならどうしろと言うのだ! アステウの王子に向嫁がせるために娘を向かわせたというのに、このままではアステウにも示しがつかんぞ!」
「その点について心配ありません」
「イデアル、どういうことだ」
「失礼を承知ながら申し上げますが、向こうは姫様の顔をみたことがありませんから、最悪の場合には代役をたてれば......」
族長の怒りが頂点に達した。
「きさま何を言うか! いくらお主といえど今の発言は我慢ならんぞ!」
しかし、怒りに震える族長とは対照的にイデアルはいたって冷静であった。
「ならば戦士達を死なせますか。民を見捨てますか。救出の隙を狙って攻め込まれれば我々になすすべはありません。ここは父ではなく村を束ねる長として今一度冷静になって頂かねば」
イデアルは多少語気を強めると、族長も怒りを鎮めようと大きく息を吸った。
「なら、どうすれば良い。イデアルの言うことが正しいのは分かる。分かるが、大事な娘なのだ」
族長はそう言うと俯いてしまった。
「私に考えがあります」
それまでじっと話を聞いていたミファーが手を上げたが、イデアルが鋭い視線とともに少し声を荒げる。
「ミファー! 元はと言えばお前が招いた事態であるぞ。それに、お前には村を人間に売った嫌疑もある。意見をする立場にあると思うか!」
「私は村を売ってなどおりません。それは先程も話したはずです。姫を守れなかったのは私の不徳の致すところであります。ですから、今一度汚名返上の機会を頂きたいのです」
ミファーは臆さずイデアルの目を見据える。すると、それまで俯いていた族長が顔を上げた。
「よい話してみよ」