道案内
まだ日も昇らない内に背中の痛みで目が覚めた。硬い木の床で寝ていたせいだ。
昨夜は何もせず寝てしまったが、もしや逃げ出してしまったのではとベッドを覗き込み、妖精が寝息を立てて寝ているのを確認してホッと胸を撫で下ろす。もう一眠りしたいところだが、寝ている間に逃げられでもしたらたまったものではない。
鞄からロープを取り出し、縛り付けようと手首を掴むと、グッと妖精が背伸びをしてゆっくりと目を開け、俺は瞬時にベッドの下にロープを隠した。
妖精は寝ぼけているのか、ゆっくりと起き上がると周囲を見渡し、俺の姿を見つけると目を見開いた。
「ど、どうも~。おはようございます〰」
怪しいものでは無いですよと、まるであ陥没に話しかけるような猫なで声と作り笑顔を向ける。
「お、お前は誰だ!」
努力も虚しく、妖精は警戒心を露わにして腰の鞘に手を伸ばし剣を探す。
「私の剣をどこにやった!」
「ご、誤解だ誤解! そもそも、お前を助けてやったのはこの俺だぜ? ほら、よく思い出して」
「助けた......? そうだ、あの路地で......」
妖精は何やらブツブツと独り言を始めると、昨夜のことを思い出したのか顔をしかめた。
「思い出した?」
「あ、あぁ。しかし、なぜ」
「たまたま、ほんと偶然、あんたが襲われてるのに出くわして、見捨てておけないなと」
「そうだったのか......。まて、そうすると」
妖精が片手を背中にやると、コートを羽織っていることに気が付き、俺の顔を見た。
「見たのか」
しまった。だがもう遅い。
「い、いや~」
「見たんだな!」
妖精の顔がみるみる険しくなり、消えかけていた警戒心が再び表れる。
こうなる前に縛っておくべきだったが、こうなっては嘆いていても仕方がない。なるべく穏便に警戒心を解き、かつ拘束出来る機会を作らなければならない。
「ああ羽根だろ。見たさ」
「だろうな。どうする、売るか。それともお前が使うか」
「そう騒ぐなよ」
「うるさい! どうせ金かこの体が目的だろ。お前ら人間は皆そうだ」
「そうだろうな。ただ、俺は違う。売るか捌くならあんたが伸びてる間にやっちまうさ。でも、しなかった。それどころか宿に泊めてもやった」
「それは! そう、だが」
いいぞ、少し威勢が弱まった。
「俺は単純にあんな非道を許せなかったんだ。それなのにあんたと来たら、恩人に向かってそんな態度を取りやがって。妖精てのは皆そうなのか」
ここでわざと大きくため息をつき、あからさまに落胆してやる。
「いや、それは、悪かった。人間なんて皆酷いやつだと思っていたから」
先程の威勢も警戒心もすっかり鳴りを潜め、役者な俺を心のなかで自画自賛した。
「分かるよ。大抵の奴は妖精と聞けば次に出てくるのは金の話だ。ただ、皆が皆そうじゃないってことは信じてほしい」
「分かった。お前のような奴もいるんだな」
居るわけないが、次の隙が出来るまで妖精好きの奇特な男を演じ続ける必要がある。
「助けて貰って悪いが、もう行かないと」
妖精は、立ち上がった瞬間に足首が痛んだのかその場でうずくまり足首を押さえた。
「その足じゃすぐに動くのは無理だろ」
すぐに出ていこうとした時は焦ったが、これは好都合だ。
「だが、早く帰らないと」
「帰る?」
「村に、皆に伝えないといけないことがあるんだ」
村ということは、妖精たちの村なわけで、当然そこには何匹もの妖精が居るわけだ。
だが、これまで妖精の村が見つかったなんて話聞いたことがない。願ってもないチャンスかもしれない。
「そうか、なら連れて行ってやろうか」
「ダメだ。人間に村の場所を教えるわけにはいかない」
「だが、その足じゃ歩くのもやっとだろ。あんたの様子から察するに急を要することなんだろ」
「そうだが......」
「約束するよ、村の場所は黙っておく。俺は人だろうと妖精だろうと困ってるのはほっとけ無いんだ」
「......本当に約束してくれるか」
「ああ、必ず」
そう言って俺は妖精に手を伸ばすと、妖精も黙って俺の手を掴んだ。俺は思わず零れそうになる笑みを抑え、真面目な顔を装う。
ようやく日が昇り始めた頃、早々に宿を後にして妖精をおぶって街を出ていった。
雪の積もる街道を一歩一歩踏みしめていく。人一人分の重さを背負って雪道を歩くのは想像以上に過酷だが、金のことだけを考えてひたすら進む。
「すまない、助けてもらった上にこんなことまでさせてしまって」
「なに、好きでやってることだから」
正直言うと息が乱れるのであまり話しかけて欲しくはない。
それから黙々と進んでいき、夜がふけない内に少ない路銀で宿を取り、明け方になると妖精を背負ってまた雪道を進んだ。
そんなことを二日も続けている内に、俺たちは霧の森前に立っていた。
この森は一年中霧に覆われ、その全貌を見たものは誰もいないと言われている。なるほど、ここであれば人目に付かず暮らせるというわけだ。
ただ、十歩先も見えないような深い霧の中、しかも雪道を行くのは至難の業である。
「で、こんな霧の中どこを進めばいい」
「少し待ってくれ」
妖精はそう言うと、背中の上で何やらゴニョゴニョと話し始め、霧の中に淡い光が灯った。
「こいつはたまげた」
「あの光を目印に進んでくれ。そうすれば着くはずだ」
今ある光にたどり着くと、次の光が現れ今の光は消えるといった要領で、自分がどの道を歩いてきたか分からない仕組みになっていた。
これでは見つからないわけだ。
「お前のような人間は初めてだ」
「そうかい。そりゃ良い意味で?」
「ああ。生まれた時から人間は酷い奴だと教えられたから、皆そうなのだと思っていたし実際そうだった。だが、少し間違っていたようだ」
残念ながら教えのほうが正しいよ。とは口が裂けても言えず、愛想笑いで誤魔化す。
「なあ、名前は何と言うんだ」
「名前? そんなのどうだっていいだろ」
「ここまで良くしてもらったのは初めてなんだ。覚えておきたい」
これから売っぱらう相手に名前なんて覚えられても仕方がないが、断るのも不自然なので渋々答えてやる。
「ルッセウだ」
「ルッセウ、ルッセウか。私のことはミファーと呼んでくれ」
「そいじゃミファー、あとどのくらいで村に着きそうですかね」
「もうじき、着くはずだ」