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 俺達は道を変えて、最後に奴を見た場所まで走っていく。


 道中ではあの黒い触手が襲ってきたが、直線的な動きのお陰で、冷静であれば躱すことも難しくない。


 だが、行く先々で触手が道を塞いでおり、屋敷に戻るのは困難な状況だ。


「くそ! この道もだめか!」


「このままじゃそのうち物量で押されるぞ!」


 ディルの言う通り、時間が経つごとに触手の本数が増え攻撃を躱すことが段々と難しくなっていた。


「それに屋敷に奴がいるとも限らないんだろ? 一度居場所を掴んだ方がいいんじゃないか?」


「そうは言うけど、どうやって」


「あれは?」


 姫が指差す先を見ると、街を見下ろすように建てられた鐘塔が見えた。あそこからなら奴を見つけることが出来るかもしれない。


「あそこに上るぞ!」


 なんとか塔の足元まで辿り着くと、閉じられた扉をタックルでこじ開け、螺旋状に伸びた階段をひたすら上っていく。


 だが、どこから嗅ぎ付けてきたのか、塔を突き破って触手が侵入し、俺達を目掛けて飛んでくる。


 狭い階段の上では躱すことも難しく、剣で弾くようにして攻撃をいなすのが精一杯だ。


 息も絶え絶えに、ようやく塔のてっぺんまで辿り着くと、いつあの触手に塔が破壊されてもおかしくないため、急いで周囲を見渡す。


「居たか?!」


「まだ見つけられない!」


「あれじゃないか?」


 ミファーの言う方向を見ると、広場になっている場所に炎に照らされた人影が見える。その人影を中心に触手が四方八方に伸びているようだ。


「ディル! ここから殺れるか?!」


「無理だ遠すぎる」


「皆伏せて!」


 姫の声に反射的に伏せると、頭上を触手がかすめ、そのまま鐘を塔の外まで吹き飛ばした。


 と、次の瞬間塔全体が揺れ、崩れ始めた。


「落ちるぞぉ!」


 ディルの叫びと同時に塔は完全に崩れ、瓦礫と共に宙に投げ出され、体に痛みが走り意識を失った。


「.......ウ。ルッセウ!」


 名前を呼ぶ声に目を覚ますと、ミファーが俺の顔を覗いていた。


「良かった、生きていたか!」


「ああ、っつ!」


 体に痛みが走る。


 落ちた衝撃で鎧が歪んでおり、ミファーに手伝ってもらい鎧を脱ぎ捨てる。


 道路に投げ出されたらしく、周りには瓦礫が無造作に山を作っており、土煙が漂っている。


「ディルと姫は?」


「姫様は無事だ。だが、ディルが」


 周囲を見渡しディルを探すと、壁にもたれ掛かる姿が見え駆けよった。


「ディル、無事か?」


「なんとかな。だけどこれじゃもう動けねえよ」


 ディルの視線を辿ると、瓦礫に潰されたのか腹から出血していた。


「今止血を」


「俺のことはいい! ここでモタモタしてる時間は無いだろ?」


「だが」


「俺は平気だから、さっさとあいつをぶっ殺してこい」


 ディルは無理矢理笑顔を作り気丈に振る舞っている。


「......分かった。必ず迎えに来るから、それまで死ぬんじゃねえぞ」


「当たり前よ。こんなとこで死ねるかよ」


 俺達は握手をすると、姫とミファーに目配せをして広場を目指した。


「置いていってしまっていいのか?」


「あいつなら、大丈夫だ」


 広場に近づくにつれ、道と呼べるものは少なくなり、ほとんど瓦礫と化した建物を乗り越えるようにして進んだ。


「あれだ」


 広場の手前で物陰に隠れながら、女の様子を伺う。


「あれはまだこっちに気づいていないようだし、今のうちに距離を詰めたい。いいか、触手さえどうにかなれば、こっちは二人で相手は一人だ。近づいて挟み撃ちにしてやればあとはどうとでもなる。俺が正面から気を引くから、お前は隙をみて後ろから奴を刺せ」


「分かった。姫様はここで隠れていて下さい」


「分かったわ。必ず帰ってきてね」


 瓦礫から瓦礫に身を移して、隠れながら距離を詰める。囮になるにしても出来るだけ距離を縮めておきたい。


 ミファーの方もまだバレていないようで、広場の外周を回るようにして、俺の反対側に出るつもりらしい。


 奴は、先程から何をしているのか分からないが、じっと空を見上げている。


 こちらにとってはそのままでいてくれる方が好都合だ。


 距離を詰めるために、次に身を隠せそうな場所を探すが、広場と言うこともあってそう都合よく物陰があるわけではない。


 奴との距離はおよそ二十歩ほどといったところで、不意を突ければ十分駆け寄れそうだ。


 なにより、俺の役割は囮だ。剣が届かなくてもあくまで敵を引き付けられればそれでいい。


 意を決して物陰から飛び出したその時、奴と目があった。


 奴は瞳の無い目で俺をじっと見つめ、不気味な笑みを浮かべる。


 俺は、囮としての役目を果たすため、剣を構えて突進する。


 だが、走り出したのも束の間、足に違和感を覚えるとそのまま空高く舞い上がっていた。


 一瞬何が起こったのか分からないでいると、体が酷く圧迫され自分が触手に絡め取られていることに気がついた。


 何度も触手に剣を突き刺すが、まるで手応えがなく徐々に圧迫感が増していく。このままではバラバラにされてしまう。


 下を見ると、奴が満足そうに俺を見上げている。


 だが、これでいい。このまま奴の注意がこちらに向いていれば、ミファーが奇襲をかけてくれるはずだ。


 しかし、いくら待ってもミファーが姿を現さない。


 触手の握力のことを考えるとこれ以上は体が持ちそうにないのに、何をやっているのだろうか。


 と、奴がもう一つの触手をこちらに近づけてきた。


 そして、その触手が得意気に俺の前に見せてきたのは、ぐったりとしたミファーの姿であった。


「ミファー!」


 いくら呼び掛けても反応がない。


 奴に視線を向けると、勝利を確信したように大口を開けて笑っているのが見える。


 俺は、無駄と分かっていながら体に巻き付いた触手に何度も剣を突き立てる。それを嘲笑うかのように段々と握力が強くなり、骨の軋むような音が聞こえる。


 次第に息が出来なくなり意識が遠退いていく。


 と、何故か急に触手の力が弱まったと思うと、そのまま地面に落とされた。


 咳き込みながら奴の姿を確認すると、胸の辺りに一本の矢が突き刺さっていた。


「全く、随分と情けない格好だな」


「ディル!?」


 振り替えると、ディルがそこにいた。


 服を血で真っ赤に染め、ふらふらになりながらも次の矢を手にとり弓を引こうとしている。


 そして、狙いを定めた次の瞬間、ディルの体を触手が貫いていた。


「ディル!」


 ディルは、自らを貫いた触手を掴み、目を見開くと俺を見て叫んだ。


「構うな! いけ!」


 俺は走った。


 ディルの一撃が効いているのか、俺を追う触手の動きは鈍く、行く手を阻む触手は簡単にいなすことが出来る。


 俺は、勢いのまま奴の首を跳ねた。

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