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 少し先の扉が突然開き、誰が出てくるのかと身構えていると、白衣を着た医者のような初老の男だった。


 何かに悩んでいるような様子で、俺の存在に気づいた様子もなくランタンを片手に廊下の奥へと進んでいく。


 あれが例の医者だとすれば、妖精の居場所まで案内してくれるかもしれない。


 俺は少し距離を置いて、なるべく音を立てないように後を追いかける。


 しばらく行くと男は階段を使い一階の廊下へ降りると、近くの扉から今度は中庭へと出ていった。


 少し間を空けて中庭に出ると、先程まで止んでいた雪が降り始めている。雲に覆われ、辺りは一層暗くなる。


 ろくに明かりもない中で、見失わないよう男についていくと、離れだろうか、小屋らしきシルエットが見えてきた。


 男は小屋に入っていく。


 ここに妖精がいるかもしれない。中で何があってもいいように剣を抜いてゆっくりと扉を開ける。


 小屋の中は、十分明るいとは言えず、わずかな蝋燭の明かりのみが辺りを朧気に照らしている。


 男の姿がない。


 暗すぎて見失っているだけかもしれないと、壁伝いに部屋をぐるっと回るが、どこにも居ない。


 壁にかけられた蝋燭台を手に取り、もう一度くまなく探す。足元に違和感を覚え、明かりを近づけると床に取っ手がついているのが見える。


 扉だ。


 取っ手を掴み引き上げると、梯子が出てきた。


 暗くてどれくらい続いているか見えないが、男はこの先だろう。


 梯子を伝って降りていくと、徐々に体が冷えていく。どうやら室温がだいぶ低いらしい。


 下にたどり着く頃にはすっかり冷えきってしまい、体が震えている。


 周りは明かり一つない完全な暗闇だが、目を凝らすと奥の方に小さく明かりが見える。


 蝋燭を頼りに明かりの方へ近づいていくと、不快な臭いが鼻を突いた。


 刺激臭と言うべきか、腐敗臭と言うべきか、とにかく臭いのだ。


 臭いを我慢しながら更に近づくと、男の顔が明かりに照らされ浮かび上がっているのが見えた。


 男は机に向かってぶつぶつと言いながら何かを見ている。


 蝋燭の火を消して身をかがみ、慎重に近寄る。


「やはり、鮮度か? それとも死体だからいけないのか」


 そんな独り言が聞こえてくる。


 男は席を立つと、ランタンを手に何かへ近づいてく。そうしてランタンをかざしながら覗き込むように格好で何かに話しかけ始めた。


「残念ながら君のお仲間は役に立ちそうにないんだ。君としては一体何がいけないと思う?」


 だが、暗闇から返答はない。


「私としては、君を無闇やたらに切り刻みたくはないんだ。君だって死にたくはないだろう? どうだね、協力してはくれないか」


「いいわ協力してあげる」


 女の声だ。


「あんたとあの糞野郎の臓物を引き抜いて、女の口にぶちこんでやればきっと治るわよ! あはははは!」


「......姫だというから、もう少し賢いものだと思っていたが、所詮は妖精だな。その強がりもいつまでも続かんぞ」


「今にみてなさい。もうすぐにでも仲間が助けにくるんだから。そうしたらあんたらなんてぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」


「そうか、なら急がせるんだな。奥様の容態が悪化すればお前を使わざるを得なくなる」


 男はそう言い残すと、机の上の本を取り、梯子の方へ歩いていった。


 梯子を昇る音が聞こえなくなると、男の話しかけていた暗闇からすすり泣く声が聞こえた。


 机の上のランプだけが辺りをうっすらと照らしているため、その正体は見えないが、聞き間違えでなければ正体は姫だ。


 これはまたとないチャンスだ。


 机のランプを手に取る。


「誰かいるの?」


 暗闇から声が聞こえる。


 声の方にゆっくりと近づくと、牢屋の格子越しに少女の姿が見えた。


「こんばんわお姫様」


「......だ、誰」


「あんたがさっき言っていた助けですよ」


「嘘!?」


 驚きの表情を浮かべながら、彼女は格子に飛び付いた。そうして俺の姿をまじまじと見つめるとため息をつく。


「屋敷の兵士じゃない。騙そうとしても無駄よ」


「本当ですって。ミファーの名前に聞き覚えは?」


「ミファーて、あのミファーのこと?」


「そうです。あのミファーです。彼女もあなたを助けるために屋敷に来てます」


「無事だったのね、良かった......。ここは冷えるわ、早く出ましょう!」


「ええ、すぐに」


 どうやら、鎧を着ているお陰か俺が人間だと気づかれていないらしい。人間だと気づかれて警戒されると脱出し辛くなるし、このまま誤解させておいた方がいいだろう。


 牢の扉に手をやると、鍵が掛かっているのか押しても引いてもびくともしない。


「少々お待ちを」


 鍵を探すために牢を離れて、蝋燭をかざしながら机を漁る。引き出しの中身を卓上にひっくり返し一つ一つ見ていくが、それらしい物はない。


 他に隠してありそうな場所を探そうと、辺りを歩き回るが、棚の中にも、本棚にも鍵はない。


 暗闇に隠れていた怪しい扉を見つけ、取っ手に手を掛けるが、ここも鍵が掛かっている。


「どうしたの? 早くしない」


「や、それが、鍵が見当たらなくてですね」


「なんですって?! それくらい手に入れてから来なさいよ! そうでなくても大体牢屋に捕まってるって分かりきってることなのだから、牢屋を壊す物とか用意して来るものじゃないの!」


 姿は見えないが、格子を掴んでいるのであろうか大声に混じってガチャガチャと鉄の揺れる音が聞こえる。


「姫様はここに居る間に鍵を見たりは?」


「知らないわよ。気づいたらここに閉じ込められてたんだから。あ、そう言えば、あの白衣の男が一度牢屋を開けたことがあったわ。もしかしたらあれが持ってるんじゃない?」


 そうなると、一度地上に戻って奴から奪ってくる必要がある。くそ、こうなると分かっていれば、さっきぶっ殺して奪っておけば良かった。


 と、梯子の方から誰か降りてくるのが聞こえる。それも一人ではない。


 剣を抜いて梯子の方に構える。


 ゆらゆらと揺れる明かりに混じって数人の足音が段々と近づいてくる。


 姿を現したのは、白衣の男と兵士達であった。


「やはり、ネズミが入り込んでいたか。ダメじゃないか、入り口はきちんと閉めておかないと。妖精というのはどいつもこいつも馬鹿ばかりなのか?」


 一緒にするなと言ってやりたいところだが、グッとこらえる。


「丁度あんたに会いたかったとこなんだ。ここが開かなくて困ってんだ。開けてくれないか?」


「大人しく牢屋に入ると言うなら、開けてやってもいいだろう」


「残念、あいにく俺達は出ていきたいんでね」


「そうか。なら、自力でなんとかするんだな」


 男がそう言うと、後ろで構えていた兵士達が前に出てくる。


 相手は三人。やるしかない。

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