屋敷
昨夜の酔いを引きずったまま朝を迎えると、ミファーが不満げに俺の顔を覗いてくる。どうやら、この状況下で呑気に酔っ払っていたことが気に入らないらしい。
「朝からそんな顔を見せるなよ、気分が下がる」
「ならさっさと顔を洗ってこい! 時間が無いんだろ!」
たしかに、時間がないのは事実だ。
投げ渡された手拭いを片手に顔を洗うと、幾分か目が覚めた気がする。
ディルはと言うと、先程から忙しなく荷造りをしている。
「おはようさん」
「やっと起きたか! 結局あんなに飲みやがって、昨日は大変だったんだぞ」
聞けばあの後、飲み過ぎてひっくり返った俺はディルに担がれて家に帰ったとのこと。
「早いうちにイーデンの屋敷に着いておきたいってのに、もう日が完全に昇っちまってる! ぼさっとしてないでお前も準備しろ!」
「準備たって、俺はこの剣だけだし」
「そうかよ。なら手伝え!」
ディルから投げ渡された物を取り敢えず鞄に詰め込む。
三つに分けられた鞄をそれぞれ背負い、家を飛び出した。
ディルが言うにはそろそろイーデン家方面の馬車が出払う時間とのこと。
走って馬車乗り場に向かうが、二日酔いには堪える。
ギリギリ残っていた馬車に乗り込み、イーデン家を目指した。
そうして二日もすると、イーデンの屋敷がある街が見えてきた。
領主の屋敷があるとあって、街を囲うように壁が連なっており、門では当然衛兵の監視の目が光っている。
ここでヘタを打てば衛兵は勿論、街中にもいるであろう兵士達を相手にしなければならないことを考えると背筋が凍る。
「おっかねぇなぁおい。ここで今からやることを考えると正気でいられねえよ」
「何を今更、イーデンの名前が出た時には分かっていたことだろ。ここまで来たら姫を取り返すまで帰らないからな」
「バカ、余計なことを言うな。どこで誰が聞いてるか分かんねぇんだぞ」
「す、すまん」
俺達は馬車から降りると、屋敷のある街の中央へと向かった。
そして、これからやろうとしていることがどれほど無謀であるかを思い知らされた。
イーデンの屋敷は、この街と同じくグルっと壁に囲われており、更に門番までいる始末で、城といっても差し支えないものであったのだ。
「こりゃ、まずいな」
「だいぶな」
ミファーは壁を見上げたまま声を出せないでいる。
俺達は、門が見える位置の宿をとり、三人で同じ部屋に身を寄せた。
「おいミファー、お前その自慢の羽根でぱっと飛んでって中に入れないのか?」
「それか、とりあえず真上を飛んで内情を見てきてくれるだけでもいいぜ?」
「容易く言ってくれるな! そもそもこの羽根は飛ぶためのものじゃないから、そんな使い方は出来ないんだ」
「なら、あのハリスとかいう妖精が変な技を使ってたろ。あの要領であの壁の一つか二つぶっ壊してきてくれよ」
「出来るわけ無いだろ。出来ていたらお前らなんかに助けてを求めると思うか?」
部屋に三人のため息が響く。
領主の屋敷なのだから、それなりの警護は覚悟していたがまさかここまでとは思っていなかった。
反応をみるに二人もそうだったのだろう。
「なあ、屋敷に入る前に、そもそもあの屋敷に姫がいる確証も無いんだぜ? 苦労して忍び込んでハズレでしたなんてのは御免だぜ?」
ディルの言うことは最もだが、正直残りの時間を考えるとここに掛けるしか無いのが実情だ。
だが、ディルを説得するには確実な情報が必要だろう。
「とりあえず、忍び込むより先に姫の所在を確定させよう。もしかしたら屋敷の外の可能性もある」
「で、どう調べる」
ミファーの問に窓の外を見つめ唸る。
手っ取り早いのは、知ってそうな奴をふん縛って聞き出すことだが、手当たり次第に衛兵を襲うわけにもいかない。
あーでもないこーでもないと言い合っている内に日は暮れ、打開策もないまま皆頭をかかえてしまっていた。
二人は晩飯を食べに行くと言うが、俺はそんな気にもなれないので断ると、一人でじっと門を見つめていた。
暇している門番が大きくあくびをしているのが火に照らされて見える。
あんな呑気な姿を見ていると、ばっと走っていって剣で一突きにして門に飛び込めそうな錯覚に陥る。
現実逃避に近い思考を巡らせていると、突然門が開かれ、中からゾロゾロと兵士が姿を現す。そして、一人また一人と夜の街に消えていった。
「これだ!」
俺は部屋を飛び出すと、どこかで食事をしているであろう二人を探し回り、窓越しにその姿を捉えると店に飛び込んだ。
「どうしたそんなに慌てて」
「いいからお前ら今すぐこい!」
「今すぐって、こっちはまだ飯食ってんだぜ? 少し待てよ」
「バカ言ってないで早く立て!」
ディルの首根っこを掴むと、暴れるのも無視して無理矢理店から引きずり出す。
あっけに取られていたミファーも慌てて後を追って店から出てきた。
「ちょちょ待てよ! 何だよたく、話が見えねえよ!」
「ディルの言う通りだ。少し落ち着け」
「落ち着いていられるか、いいからついて来い!」
強引に話を断ち切り兵士達の向かった先を目指し、門から出てきた兵士が店に入るのが見えると、すぐさま同じ店に入った。
兵士が見える位置に席を取り、混乱する二人をよそに適当に注文を済ませる。
「で、こんだけ騒ぎ立ててなんだってんだよ。下らないことならぶん殴るからな」
「まあそう言うなって。あそこの兵士が見えるだろ」
「それが?」
「あれを尋問する」
「待て待て! 尋問て、こんなとこで堂々とやるつもりか?」
「焦るのは分かるが、少し冷静になれ」
「こんなとこでやるわけ無いだろ。あれが一人になったところで縛り上げる」
「一人って、それが出来ないから困ってんだろうが」
話にならないと言わんばかりにディルは体を背もたれに預けてため息をつく。
「いや出来るね。ミファー、姫を助けられるなら何でもするか?」
「な、なんだ急に。そんなの当たり前だろ」
その回答を聞いて俺は笑みをこぼす。
「なんだ気持ち悪いな」
「お前ならそう言ってくれると思ったよ。ディルも聞いたな? 今更無しってのは無しだぜ」
「分かったから、策があるなら勿体ぶらずに言ってくれ」
「ミファー、あいつを誘ってこい」




