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旧友

 ディルは、一軒家の地下を間借りして暮らしており、中に入ると雨も降っていないのにどこかジメッとしている。


「ずいぶん辛気臭い部屋だな」


「文句があるなら外で一夜を明かすか?」


「悪かったよ。で、仕事のことだが」


「そう、仕事だ。一体俺に何をやらせようってんだ? 妖精の羽根が掛かってるんだ、大体ヤバいことなのは察しがつくけどな」


「話が早くて助かるよ。こいつらの姫さんが攫われちまってな。簡単に言えばそいつの救出だ」


「姫を攫われるなんて、妖精てのは間抜けな奴なのか?」


 ディルはそう言ってチラッとミファーを見る。


「知ったような口を利くな! 私はまだお前を連れて行くことに賛成してないからな」


「おいミファー頼むぜ、こいつの腕は俺が保証する」


「何でもいいけどよ、姫を誰から救出すればいい?」


「そのことなんだが、聞いて驚くなよ。相手はあのイーデンだ」


「イーデン?! て、あの貴族のことか?」


 俺の頷くのを見て、ディルが頭を抱える。


「マジで言ってんのか」


「マジだ。だからこうしてお前を頼ってんだろ」


「ヤバい山なのは覚悟してたが、まさか貴族様相手とはなぁ」


「降りるなんて言ってくれるなよ」


「言わねえよ」


「ちょっと待て! 本当にいいのか、相手は貴族なんだぞ?」


 まとまりかけていたところにミファーが口を挟む。こいつは仕事を成功させるつもりがあるのだろうか。


 だが、その問いかけに、ディルは気味の悪い笑顔を向けた。


「妖精には分からんだろうが、あんたらの羽根はそれだけ価値があるんだよ。それに、ルッセウが居るんなら十分勝算はある」


「おいおい、随分と買ってくれてるじゃねえか。嬉しいね」


「勘違いするなよ。買ってるのはあんたの腕であって、お前が糞なのは変わらないからな」


「では、ここらで一度話をまとめておこう。一人不満のある奴がいるようだが、貴族様相手にこの三人で挑む。ルールはシンプル。後一週間と三日の内に、イーデンから姫を取り返し、妖精の村まで送り届けるだけだ」


「おい、時間制限付きなのか」


「そうだ。で、肝心の姫の居場所だが、まだ分かってない」


 ディルの大きなため息が聞こえた。


「時間制限があるってのに、居場所がまだだと? どうするつもりだ」


「心配するな。俺たちゃとりあえず屋敷に行けばいい。で、適当に使用人か誰かをとっ捕まえて、居場所を吐かせる。どうだ、簡単だろ?」


「待て、居場所を吐かせるってことは、拷問するつもりか?」


 自分とこの姫が攫われたってのに、ミファーが今更倫理観がどうのこうのと言い始めた。


「おい勘違いするな。ただ尋問するだけさ。手荒な真似はしない」


 時間がないので見え透いた嘘で誤魔化す。


「なら、いいが」


「で、最悪屋敷に襲撃をかける可能性もあるが、こっちは少数精鋭もいいとこだ。そこで、ディルにはサポートに回ってもらいたい」


「いつものことだろ。お安い御用さ」


「話が早くていいね。出発は明朝、それまでに各自休むなり装備を整えるなりしてくれ。異論はないな?」


「私はまだ、この男を信用したわけじゃ」


「ないようだな」


 意見を封殺されたミファーが何やらブツクサと文句を垂れているが知ったことではない。


 ディルとミファーを飯に誘ったが、ミファーが完全に拗ねてしまったようで、プイと首を振られたので、仕方なく二人で酒場に繰り出した。


「で、一体全体何がどうなったら妖精から仕事を請けることになるんだ?」


 ディルがビールを片手に問いかけてくる。


「俺もこの歳になって、人助けってのをやってみたくなってな」


「馬鹿言え。天地がひっくり返ったってそうはならねえだろうよ。それよか、こんな面倒な仕事蹴ってあの女を売っ払っちまった方が良くないか?」


「それじゃ駄目なんだ。隠しといてもアレだから言うが、俺は奴らに毒を飲まされてんだ」


 と、ディルが突然大声で笑い始めた。


「嘘だろ! あのお前が、妖精に毒を盛られたって? こいつは愉快だ!」


「ひでえなおい。昔の仲間がこんなえらい目に遭ってるってのに」


「じゃ、なんだ。解毒剤を餌に仕事させられてるってわけか。傑作だな」


「そうだ。で、あと一週間とそこらで毒が効いてくるって訳だ。全く笑えないね」


「お前もついに過去の行いを清算する時が来たって訳だ。こいつはますます仕事を辞めるわけにいかなくなったな」


「そりゃどういう意味だ」


「だってそうだろ。成功すれば羽根がもらえて、失敗してもお前の死に目が見れるときたら、俺には得しかない」


「言ってくれるな。正直な話、今回の仕事はうまくいくと思うか?」


「そりゃあんた次第だろ。俺はあくまでサポートだからな。それとあの女だ。使い物になるのか?」


「どうだろうな。実際に戦ってるところをみたことが無いしな。あまり当てにしない方が賢明だろ」


「てことは実質俺とお前だけか。嫌んなるね全く」 


 だが、言葉とは裏腹にディルの口からは笑みが溢れている。


「いいのか? 今の仕事投げ出して、こんな博打に付き合っちまって。今の生活だって悪くは無いだろ」


「誘っておいてそれを言うか? 確かに、悪くはない。が、悪くないってのは良いってことじゃない。昔散々あんだけ暴れまわって自由を謳歌してたってのに、行き着いた先が娼館の用心棒ってのは、正直気が滅入るよ。お前だってそうだろ? 危ない橋を渡ってるのが証拠だ」


「そうでもないさ。もう、昔のようにヤンチャが出来る歳でもない。今は魔物をシバいて日銭を稼ぐのが精一杯さ」


 だが、今のディルの生活が羨ましいとも思えないのは事実だ。


 年々体の自由が効かなくなって、満足に仕事が出来なくなるにつれ、過去への憧れが強くなっているのかもしれない。


 それはきっとこいつも同じで、二人ともどうしようもない馬鹿なのだろう。


「あまり飲みすぎるなよ。明日は早くに出るからな」


「分かってるよ」


 そう言いながら、二人して追加の酒を頼んだ。

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