妖精狩り
金が無い。冬は魔物も冬眠するからだ。
腰に下げた剣が、最後に血に濡れてから随分と経つし、路銀を入れた袋も大分軽くなってきた。
こうなる前に少しでも暖かい地域へ向かうべきだったと後悔しても、道はすっかり雪に覆われて身動の取れる状態ではない。
レンガ造りの建物の間を抜ける冷たい風に震えながら、コートで首元を隠す。明かりの灯った宿を前にため息をつくと、少しでも風をしのげる場所は無いかと一人さまよう。
野宿をするにしても人通りの多い場所では落ち着かないので、自然と人気のない方へと足が進む。
しかし、ここで良いかと思う場所には既に同じ様な先客がおり、いよいよ街のハズレまで来てしまった。
森で野宿するよりは、ここらの道で寝転がっている方がまだマシだと適当に座り込もうとした時、路地裏の暗がりから何やら話し声が聞こえてきた。
好奇心の湧いた俺は、逢瀬か何か知らないが冷やかしてやろうとそっと顔を覗かせると、二人の男の背が見え、その奥に一人の若い女の姿が見えた。
仲良し三人組が話しているというよりは、どちらかと言うと男二人が絡んでいるといった様子で、女の表情からは恐怖と怒りが見てとれた。
ああ、これは面倒だな。男たちの風貌から見て俺と同じく魔物狩りの奴らだろうし、話し合いで済む手合ではない。
ここで介入してもどちらかが血を見ることになるし、第一俺は一人だ。お嬢さんには悪いが、気付かれる前にこの場から離れるとしよう。
「妖精だろ」
妖精、妖精と言ったか。俺は離れるのをやめ気付かれないように聞き耳を立てる。
「違うと言っているだろ」
「いいや、確かに見た。あんたのローブの隙間から羽根が見えた」
「そんなの何かの見間違いだろ。いいからそこを退いてくれ。急いでいるんだ!」
「なら、今ローブを脱いでくれよ。あんたの言う通り羽根が無いんなら通してやるさ」
じりじりと男に距離を詰められ、女は腰から剣を抜いた。
「おいおい、そうカッカするなって。背中を見せてくれりゃそれで済む話だろ」
「うるさいだまれ!」
しかし、威勢の良かったのもそこまでで、女は手から剣を落とすと呻き声を上げてその場にへたり込んでしまった。
男の一人が落ちた剣を拾い上げ、もう一人が女の顔面を蹴飛ばし、鈍い声とともに女は倒れた。
「黙って従ってりゃ良かったもんを。おい、確認するぞ」
「やめろ、やめてくれ......」
女が男の足首を掴むと、すかさず女の腹に蹴りが飛んでいく。
「うるっせえな! おい、引っ剥がすのが面倒だから切っちまえ」
「あいよ」
「やめて......」
女の懇願も虚しく、男はローブに切れ込みを入れると、ビリビリと左右に割いていき、女の背中から透き通った羽根が現れ歓声が上がった。
「うほほー! 本当じゃねえか!」
「だから言っただろ〰。お嬢ちゃん、嘘は良くないねぇ」
本当に妖精だった。あの羽根は間違いない、こうなると話は変わってくる。何としてでもあの女を助ける、いや、捕まえる必要が出てきた。
なにせ妖精は高く売れる。しかも生きている状態であれば、その値はぐっと跳ね上がる。うまくいけばこの冬を乗り切るどころか一年の間は遊んで暮らせるかもしれない。
危険を冒す価値は十分にある。
俺は剣を抜き、有頂天の奴らに気付かれないよう、影に潜みながらそっと近づき、一気に駆け寄る。
「あ?」
男が振り向き目を見開くがもう遅い。首に向かって剣を振り下ろすと、男の頭がボールのように跳ね、壁にぶつかり転がり落ちた。
「なっ、てめぇ!」
もう一人が剣に手を伸ばすが、掴むより先に腹を蹴飛ばし、倒れた男の腹に剣を突き立てた。
男はぐぅと唸ると、ゴボゴボと血を吐いて暫くのたうち回ったあと、静かになった。
「おーい生きてるかー」
倒れた妖精を足で小突くも反応がない。焦って顔に耳を近づけると、浅いが呼吸はあり、伸びているだけのようだ。
「たく、死んでたら大損するってのに、滅茶苦茶やりやがって」
騒ぎを聞いて邪魔者が来る前に移動したほうがいい。
羽根がバレないよう妖精にコートを着せ、背負ったところで妖精の体が異様に冷たいことに気がついた。
まずいな、このままでは売る前に死んでしまうかもしれない。どこかで暖を取りたいが、そんなところがあるならこんな街ハズレまで来ていない。
「死んだら大損、死んだら大損!」
とにかく暖かい場所を探すために歩き出し、その間にも背中の妖精がどんどん冷たくなり、焦って通りに出たところで先程の宿が目に入った。
「あーもうしょうがない!」
慌てて中に入り、宿の主人が驚いているのも無視してカウンター越しに声を浴びせる。
「一泊一部屋!」
「な、なら二人部屋が二階に」
「一人部屋でいい! 一番安い部屋の鍵は?」
店主がおっかなびっくり差し出してきた鍵を奪い取ると、さっさと支払いを済ませて部屋に向かう。
部屋に入るとベッドに妖精を下ろし、俺はその場に座り込んだ。ここなら暖かいしもう大丈夫だろうが、痛い出費だ。
戦利品を確かめるように妖精を見ると、端正な顔立ちに透き通るような金色の髪、妖精でなくてもそこそこの値で売れそうだ。
頬についた傷は蹴られたせいだろうか。まあ、これが原因で値が下がるということは無いだろう。
なんてったって妖精の価値はその効力にある。聞いた話じゃ血肉骨は勿論、内臓や毛に至るまで、全てが薬の材料として使える高級品らしい。
ただ、めったに人前に現れるものでもないらしく、かく言う俺も野生を見るのは初めてだ。
卵でも扱うかのように優しく頬に触れて、血を拭う。他に傷でもついてないかと体を舐めるように見渡すと、足首に赤黒く染まった包帯が巻き付いているのが見えた。
「変えたほうがいいか」
ゆっくりと包帯を剥がしていき、鞄から真新しい包帯を取り出すと丁寧に巻き直していく。
一通り処置を終わらせ、妖精の額に手を当てて体温を確認する。
「とりあえず、大丈夫そうだな。さて、稼がせてくれよ」
一つしかないベッドを使ってしまっているため、仕方なく床に横になり眠りについた。