脇役剣聖、考える
ラクタパクシャ様、負けた、たすけて。
考えるまでもない。魔界に戻ったラクタパクシャに、何かあった。
ビンズイが、俺に助けを求めるほどのことだ。
「……ラクタパクシャ。あいつに、何かが」
小鳥に手を伸ばすと、役目を終えたように消滅した。
「…………」
あいつが、何かに負けた?
負けたってことは、何かと戦った。そして負けた……七大魔将であるアイツが負ける相手なんて、それこそ魔王か、同じ七大魔将……待てよ。
七大魔将で一番危険なヤツ、『破虎』ビャッコ。
もしかしたら、そいつが……? それとも、他にいるのか?
わからん。それに、考えても、人間界にいる俺にはどうしようもない。
「……どうか無事で」
俺に何ができるか。
今、できるのは……あいつの無事を祈るくらいだ。
◇◇◇◇◇◇
何となく、むしゃくしゃしたまま外に出ると、サウナの試運転が始まっていた。
浴場の隣に設置された小さな建物。浴場内から出入りできるように新しいドアが設置されたようだ。
職人たちが何やら話をしている。そして、ムキムキのスキンヘッド職人が俺に気付き、近づいてきた。
「旦那!! サウナ設置完了でさぁ!!」
「あ、ああ」
「ささ、確認をお願いします」
浴場に入り、新しく設置されたドアを開ける。
そこは三人くらい入れる個室で、『サウナ用魔道具』が中央に設置されている。魔道具内にある『魔石』が熱せられ、そこに地下水を浴びせると蒸気が発生。室内が高温になる。
職人がスイッチを入れると、魔石が一気に熱くなり、地下水が自動で浴びせられ蒸気が発生した。
「おお、すごいな」
「温度は魔道具で調整できますんで。魔石は百年は持つんで予備は用意してきませんでした。予備が欲しい場合は、いつでも声かけてくだせえ」
「ああ、ありがとう」
「じゃ、ウチらはこれから、村の公衆浴場にサウナ設置に行くんで!!」
「おう。あ、仕事終わったら酒場で飲もうぜ。俺の奢りでな」
「そりゃ楽しみだ。じゃ、また!!」
職人たちは行ってしまった。
正直、サウナで大喜びする気分じゃない。ラクタパクシャのことが気になっていた。
「師匠!!」
「うおっ……さ、サティか」
「あ、サウナできたんですね。へー、これがサウナかあ」
「風呂上りか……エミネムは?」
「お着替えしてます。なんか、胸にサラシ巻くのが毎回面倒らしいです。おっきいって大変ですね」
「…………」
エミネム、胸にサラシ巻いてたのか……え、じゃあデカいのか?
見た感じ、そうは見えなかったが……あんまりツッコむのはやめておくか。
「あの、師匠。どうかしたんですか? さっきまでサウナの資材を気にしてたのに、完成品を見てもあまり喜んでいないというか……」
「あー……ちょっとな」
「……何かあったんですね。それも、重大なこと」
「……」
「師匠、私にお話できますか?」
「……何かお前、したたかになったな」
屋敷の裏庭に移動し、ベンチに座る。
もうすぐ夕方だ。間もなく夜になる……屋敷の方からは、いい香りがする。ミレイユが夕飯の支度をしているのだろう。
俺は、ビンズイの『セキレイ』が来たことを話した。
「……ラクタパクシャが、何かと戦って負けた。俺に助けを求めてきたが……今、できることは何もない」
「ラクタパクシャさんたちが……」
「参ったぜ……何もできないから、いろいろ考えちまう」
「……師匠」
「ん?」
「修行です!!」
「は?」
と、サティは立ち上がり、樽に差してあった木剣を取り、俺に放る。
「できることがない、そんなことありません!!」
サティは木剣を俺に向ける。
「確かに、人間界から魔界にすっ飛んでいくわけにはいきません。でも……いつか、ラクタパクシャさんたちを救うチャンスは、きっと来ると思います!! その時、私や師匠が強くなって、ラクタパクシャさんたちを助けられればいいと思います!!」
「…………」
「だから、その時まで……強くなりましょう!!」
「サティ……はっ、そうだな」
俺も立ち上がり、サティに木剣を向ける。
「お前の言う通りだな……よし、サティ、かかって来い!!」
「はい!!」
こうして、俺はサティと木剣での模擬戦をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
いい汗を掻いた。
俺は村の酒場に顔を出し、職人たちと労う。
そして、夜遅くに屋敷に戻り、キッチンで水を一気飲みした。
「ふう……」
サティのおかげで、いろいろスッキリした。
そうだ。今、ごちゃごちゃ考えても仕方ない。俺は、今できることを精一杯やるだけだ。
ラクタパクシャ……死んではいないと思う。必ず助けることができる日が来るはず。
「あの、ラスティス様」
「ん。ああ、エミネムか」
寝間着姿のエミネムが来た。
そういや……デカいとか言ってたけど、うん。デカいな。
何がとは言わん。十七歳にしてはデカいということで。
「あの、サティから聞きました。ラスティス様が悩んでるって……それで、私にできることがあれば」
「ああ……ありがとな。なんか、気を遣わせた。俺は大丈夫だから、気にしないでくれ」
「……でも」
俺は、エミネムの頭に手をポンと乗せる。
「わっ」
「大丈夫だ。だから、今日はもう寝な」
「……はい」
「明日も訓練だ。ちゃんと寝ておけ」
「はい。じゃあ、おやすみなさい」
エミネムは、ペコっと頭を下げて部屋に戻った。
参ったな。子供たちに心配かけてるし、教えられた。
「ラクタパクシャ……どうか、無事でいろよ。俺が必ず、助けてやるからな」
そう呟き……俺は、サウナに向かうのだった。