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神眼カトブレパスと瞳の獣アザトース

 その威圧感に、サティたちは一時悲しみを忘れた。

 ラスティス・ギルハドレットの神器『万象眼(カトブレパス)』。

 瞳に羅針盤のような模様が描かれた神器だ。

 そして……ラスティスの背後に浮かぶ『得体の知れない何か』が、あまりにも異質だった。


「───な」


 七大魔将『緑鹿』シンクレティコと、その部下である四人の魔族が動けない。

 辛うじて、シンクレティコが声を絞り出せた。

 ラスティス・ギルハドレットは言う。


「使いたくなんてなかったけど、使うわ。お前、存在しない方がいい」


 青筋を浮かべ、ラスティス・ギルハドレットは『冥狼斬月』の柄に手を添える。

 そして、小さくため息を吐いた。


「おい『万象神眼(アザトース)』……久しぶりにやるぞ」

『!※‘@?7WWWW』


 全く理解できない『何か』を発した『何か』が、ラスティス・ギルハドレットの周囲に浮かんでいる。

 まず得体が知れないのはその形状。

 大小さまざまな羅針盤と時計が合計で二十四個集まり、漆黒のモヤが包み込んでいる。

 モヤはまるで輪郭。浮かぶ時計の中で最も大きな時計の針がクルクル回転し、モヤが瞼のように大きな時計を包み、ニヤリと笑ったように見える。

 その異質さに、シンクレティコは汗が止まらない。


「用は済んだ。帰らせてもらおうかの」


 シンクレティコが杖を振ると、背後に大きな『穴』が現れ、シンクレティコと眷属を飲み込んだ。

 そして───シンクレティコは消えた。


「帰還、魔法……クソ!! あの野郎……準備に時間かかるとか、言ってたくせに!!」


 カジャクトが怒るが、ラスティスは頭をボリボリ掻く。


「『時ヨ戻レ(アザー)』」


 ラスティスがそう呟くと、アザトースの時計の一つが回転する。

 そして、目の前に再び『穴』が現れ、シンクレティコと眷属が現れた。


「のかうおらもてせら帰。だん済は用」


 妙な言葉を発し数秒───ギョッとして周囲を見渡すシンクレティコ。

 ラスティスは言う。


「もう逃げられないぞ? お前はアザトースの『眼』に囚われた。お前はこれから死ぬ。しかもただ死ぬんじゃない。お前は俺の全力をその身に受けて死ぬ。全力だ……俺の究極抜刀術を喰らわせてやる」

「て、転移!!」


 シンクレティコが穴に消える。だが、すぐにアザトースの時計が回ると元に戻る。

 もうシンクレティコはアザトースに囚われた。どこへ逃げようが必ず、確実、絶対、間違いなく、ラスティスの前に戻ってくる。

 シンクレティコは震え、杖をラスティスに向けた。


「ならば、貴様を殺して───!!」

「『時ヨ止マレ(トース)』」


 シンクレティコは魔法を放つ。

 魔族で最も優秀な魔法師であるシンクレティコ。その魔法は森を焼き、大地を割り、海を蒸発させる……が、絶大な魔力を持つシンクレティコの魔力が、なぜかゼロになった。


「はぁ? なな、ま、魔力……ワシの魔力は!?」

「ないよ。お前の魔力は止まってる。わかる?」

「と、止まる?」

「ああ。お前の魔力の時間を止めた。時間を止めちまえば、物だろうが空気だろうが魔力だろうが絶対に破壊できない。もうわかっただろ? 俺の臨界『アザトース』は、一つ一つに時間能力がある二十四の時計を持つバケモノだ。お前の消滅は確定事項。もう何をしても無駄無駄」

「う、ぅ……」

「お前も、お前の部下も死ぬんだ。さて……次は俺の神器を見せてやる」


 ラスティスの左目の羅針盤が回転する。

 すると、ラスティスの背後に透き通る淡い水色の羅針盤が現れ、回転を始めた。


「『第二の黄金時代(アイオーン・ドライブ)』!!」


 そして───あり得ないことが起きる。

 羅針盤が回るにつれて、ラスティスの身体に変化が起きる。

 髪が伸び、筋量が増え、ややくたびれていた顔立ちが若々しくなっていく。

 羅針盤の回転が止まると、そのまま針が逆方向に回転を始める。

 この場にいた全員が、ラスティスの変化に驚愕……最初に口を開いたのは、サティだった。


「し、師匠……わ、若く、なってる?」

「大正解。この左目『万象眼(カトブレパス)時空(アイオーン)』は俺自身の『時間』を操ることができる眼だ。まあ、若返ったり、逆にヨボヨボの爺さんにもなれるし、子供にもなれる」

「おお……師匠、若い頃ってめちゃくちゃイケメンですね!!」

「ふふん、そうだろそうだろ」


 本心だった。

 全盛期。十八歳のラスティスの姿は、今のややくたびれた感じが消え、若々しさと活発さがあった。

 ラスティスも、身体の衰えを感じていた三十代の重さが消えたことを感じている。


「そして右目、『万象眼(カトブレパス)時間クロノス』は……」

「───」


 ビシリと、シンクレティコと眷属たちが完全に停止した。

 シンクレティコたちの背後に時計が浮かび、針がゆっくり回転する。


「この右目で見た位置を中心に半径十二メートル圏内の時間を完全に停止する。停止時間は二十四秒と短いけどな。でも、二十四秒あれば問題ない」


 ラスティスは構える。するとサティが言う。


「あれ……でも師匠、さっき時間を止めちゃえばどんな物も破壊できないって」

「言った。でも、俺は例外───まあ見てろ」


 ◇◇◇◇◇◇


 若返ったラスティスは、完全に停止したシンクレティコたちに向けて構えを取る。

 腰を落とし、『冥狼斬月』の柄に手を添える。


「俺には三つの切り札がある。一つは『色即是空』、もう一つは『輪廻転消』……どっちも三十代のおっさんで鈍り始めた身体じゃあキツくてな……でも、今なら問題ない。俺が編み出した究極の『閃牙』なら、停止した時間だろうが何だろうが斬れる」


 残り、十秒。

 ラスティスはカジャクトに言う。


「カジャクト。悪いな……お前の仲間の仇は、俺が討つ」

「……お願い」


 残り、四秒。

 ラスティスは全神経を集中。

 派手な光、詠唱、演出などない。

 脇役らしい、地味で派手さのない……だが、確実な一撃が放たれた。


「───『天衣無縫(てんいむほう)』」


 キン───……と、静かな鍔鳴りが聞こえた。

 その結果に、サティは目を何度も擦る。


「あ、あれ? 斬った……あ、あれれ? 空間、え?」


 空間が(・・・)ずれていた(・・・・・)

 意味が不明だが、そうとしか表現できない。

 シンクレティコたちは両断されている。そして時間停止が解除されると同時に、一瞬で塵となり消えた。意味が理解できない光景に、全員が押し黙る。

 そして、ラスティスがため息を吐いた。


「ふう……終わり。はあ、久しぶりにキレちまった……悪いなアザトース、そしてありがとよ」

『wwwwwwwwww』


 アザトースの時計が全てグルグル回転し、モヤがグニャグニャと動く。

 まるで喜んでいるような。そして、喜び終えると静かに消えた。

 ラスティスは神器を解除……すると、元の三十代のラスティスに戻った。


「……ふう。みんな、終わったぞ」

「「「「「…………」」」」」


 サティ、フルーレ、エミネム、スレッド、ロシエル、そしてカジャクト。

 誰もが声を出せなかった。

 そして、最初にサティが駆け寄り、頭を下げた。


「師匠、お疲れ様でした!!」

「……ああ。っと、悪い……くそ、アザトースの野郎……だから、使いたく……」

「えっ、わわわっ!?」


 ラスティスはフラフラし、そのままサティに抱き着くように倒れ……意識を失うのだった。

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〇脇役剣聖のそこそこ平穏な日常。たまに冒険、そして英雄譚。 3 ~自称やる気ゼロのおっさんですが、レアスキル持ちの美少女たちが放っておいてくれません~
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― 新着の感想 ―
[一言] 新魔王の名前もアザトースですが、何か関係あるんですかね
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