七大魔将『滅龍』カジャクト③/怒り
神器と臨解。
当然だが、俺もある……でも、アレはちょっとヤバすぎて使いたくない。
そう考えていると、鎧から声が聞こえてきた。
『ラスティス、キミが何を考えてるか何となくわかるけど……キミの内に眠るバケモノを使うなら、ボクの出番はなくなる。アレは恐らくボク以上のバケモノだ』
「…………」
俺は昔、団長に神器の覚醒を手伝ってもらった。
その時、臨解にも至り……気が付けば、団長を殺しかけていた。
そして、『使いこなせるまで絶対に使うな』と言われている。
スキル『神眼』……俺は神器を使わず、ただ見るだけの眼として使っている。
でも、カジャクトは違う。
俺がルプスレクスの牙と、己の眼を使い戦うように、カジャクトは竜族としての力と、七大魔将の力を使って戦っている。
俺と絶望的に違うのは、カジャクトは二つの力を合わせ、昇華させたところだ。
「『臥龍牙』!!」
「ッ!!」
カジャクトの輝く爪が、俺の速度、ルプスレクスの速度を上回った。
爪が刃となって飛ぶ。俺は躱しきれず、辛うじて剣で受け流すが……完全には流しきれず、刃の一部を肩で受けてしまう。
「っぐぁ!?」
肩が抉れて血が噴き出す。
カジャクトはニヤリと笑い、さらに速度を上げた。
「さぁさぁさぁ、まだまだ行くわよ!!」
「くっ……」
速度が上がっていく。
残像が増え、俺の身体に爪が触れる機会も増え、ダメージを受けるようになる。
ルプスレクスも叫ぶ。
『ラスティス!! くそ、カジャクト……まさかここまで強くなっているなんて。はっきり言って今の彼女はボクに手傷を負わせた魔王以上の強さだ……くっ』
「おいルプスレクス、大丈夫か!?」
ルプスレクスの声がブレる。
鎧に亀裂が入ったせいかと思ったが、違った。
『……ボクは争いが苦手だ。でも、血の滾る戦いがあることは知っている。今の彼女と戦いたい……そんな気持ちが沸き上がって来たよ』
「……お前」
『ラスティス。カジャクトは、キミとボクの二人と戦いたいと言った。じゃあ……選手交代と行こう』
「ったく、お前もやっぱりウズウズしてたんじゃねぇか!!」
俺は納刀し、構えを取る。
するとカジャクトが距離を取り、ニヤリと笑った。
「何? さっきからブツブツ言ってるけど」
「カジャクト……俺ばっかり相手するのは大変だろ? 選手交代だ!!」
俺は抜刀し、もう一度ゆっくりと剣を鞘に納める。
「『理想領域』展開」
◇◇◇◇◇◇
周囲が夜になり、大きな断崖が現れる。そして、月をバックに断崖の上に坐するのは、巨大なる銀狼。
『ウォォォォォ──……ン』
「あ……」
カジャクトは、その姿を見て瞳を潤ませ、喜びに顔をほころばせる。
「ルプスレクス……」
『……久しぶり、カジャクト』
ルプスレクスは断崖から飛び降りると、カジャクトの近くまで寄った。
そして、カジャクトは。
「……ああ、夢を見ていた。この姿、この力で……あなたを倒す夢を。そして今……ようやく、現実となる」
カジャクトの全身が黄金の鱗に包まれ、身体が膨れ上がる。
背中には黄金の翼。薄い光の膜に包まれた翼が開く。
そして、完全にドラゴンとなったカジャクト……『滅龍』カジャクトのドラゴンとしての姿が降臨、ルプスレクスと向き合った。
『ルプスレクス……本気で挑むわ』
『ああ。今まで侮って悪かったよ、カジャクト……キミは間違いなく、七大魔将最強だ。ボクも、この世界で初めて全力を出せる』
ルプスレクスの毛が逆立ち、前傾姿勢となる。
完全な戦闘態勢だ。ルプスレクスも後先を考えていない、戦うだけの魔族となる。
そしてカジャクトも……翼を広げて飛んだ。
『ゴアァァァァァァァ!!』
『ガルァァァァァァァ!!』
ドラゴンと狼。
二体のバケモノの全力が、領域内に響き渡る。
領域がぶっ壊れそうになる。何度も言うが、いかにビャッコが『ザコ』なのかわかった。この二頭、世界を壊せるくらいの力がある。
ルプスレクスが飛び掛かり、カジャクトの首に喰らいつく。
だがカジャクトは首を振ってルプスレクスを振り落とし、ルプスレクスに向かってブレスを吐いた。
ブレスがルプスレクスに直撃。だが体毛に守られたルプスレクスが無傷でカジャクトに飛び掛かり、今度はクビに喰らいついた瞬間、地面に叩き付けるよう身体を反転させた。
地面に叩き付けられたカジャクト。だがダメージはない。
そのまま起き上り、再び威嚇。
負けじと、ルプスレクスも威嚇する。
『ガルルルルァァァァァッ!!』
『ゴルルァァァァァァァッ!!』
怪物同士の戦い。
俺はルプスレクスの『中』で、一人の観客のように戦いを見ていた。
今、俺はルプスレクスの中にいる状態だ。
「す、すっげぇ……」
もう俺じゃどうしようもない戦いだ。
ルプスレクスの視線の先にはカジャクトしかいない。かなり離れた場所にサティたちがいる……あ、よく見るとウェルシュたちが守ってくれている。
全員、唖然としているようだ。
「ルプスレクス、頑張れ!! 負けるんじゃないぞ!!」
俺も応援する。
頑張れルプスレクス。負けるなルプスレクス。
最強のドラゴンと、最強の狼。どっちが勝っても俺は祝福できそうだった。
◇◇◇◇◇◇
三分ほど、カジャクトとルプスレクスの攻防は続いた。
カジャクトは鱗が嚙み砕かれ至る所で血が流れ、ルプスレクスも体毛が赤く染まっている。互いに、何度も爪や牙を使って互いを削った結果だ。
『ゼヒュ、ゼヒュ、ゼヒュ……』
『ゴフー……ゴフー……ゴフー……』
互いに息が荒い。
どっちが勝ってもおかしくない。それくらい、カジャクトは強い。
すると───聞こえてきた。
『決着を付けよう……カジャクト』
『そうね。楽しい時間はあっという間……さあ、これが最後!!』
カジャクトが翼を広げると、黄金の輝きが全身を包む。
そして、首を上に向け、顔も上に向けて口を開けると、黄金の光が球状になり集まっていくのがわかった。
そしてルプスレクスも、全身に白銀の光を纏わせる。
カジャクトがこちらに首を向けると、黄金の光が発射された。
『ゴアァァァァァァァ!!』
まるで太陽のような熱。
逆に、ルプスレクスの白銀は全てを凍らせるほどの冷気を纏っている。
冷気を放出するのではない。ルプスレクス自身が冷気となり突進する。
『ガルァァァァァァァ!!』
黄金と白銀。
異なる二つの色が互いに衝突。
閃光と共に対消滅を起こし──。
『───なっ』
「悪いな!! お前が言った通り……俺とルプスレクスでお前を倒す!!」
力を使い果たしたルプスレクス、そして領域が消滅。
鎧すら維持できなくなった俺が、無防備なカジャクトに接近。
残された全ての力を使い、全力でカジャクトに斬りかかる。
「『閃牙』!!」
俺の全力の『閃牙』をカジャクトに放つ。
腕が軋み、冥狼斬月に亀裂が入った。
そして、カジャクトの身体に斜め一閃の傷が入り、血が噴き出した。
『ガッ……!? ぁ……』
「ぐ、ぉぉ……っ!!」
俺も限界を超えた『閃牙』を放ったおかげで、右腕にひびが入った。
まだ倒れるわけにはいかない。そう思い、納刀したままカジャクトを見据える。
カジャクトは血がドクドク溢れ……ドラゴンから人の姿に戻った。
右肩から左脇にかけて刀傷が走っているが、すぐに塞がる。
傷一つない綺麗な身体になるが……カジャクトは胸を押さえ、血を吐いた。
「ガハッ……!? か、核に、傷が付いたわね……やる、じゃない」
「ぜぇ、ゼェ、ゼェ……」
腕に激痛が走る。
俺の弱点……俺は剣士だから、腕が使えなくなればそれだけで『詰み』だ。魔族みたいな超回復もないし、何より『閃牙』は集中力と瞬発力が必要だからもう放てない。
すると、カジャクトは。
「あはは……あは、あっはっはっはっは!! あー……楽しかったぁ。もう最高!! ラスティス、ルプスレクス!! ──私の負けよ!!」
バカ笑いしたかと思えば、負けを認め……仰向けに倒れた。
ポカンとしていると、ウェルシュやサティたちが近付いて来る。
「「「「姐さん!!」」」」
「ごめん!! 私の負け!! いやー強かったわ。やっぱり、私の愛したルプスレクスは最強ね!!」
カジャクトは立ち上がり、笑って俺に手を伸ばす。
俺も手を伸ばしてカジャクトの手を掴み、握手した。
「よし!! 喧嘩おしまい!! あんたら、メシ食ったら帰るわよ!!」
「「「「へい、姐さん!!」」」」
「お、おい……大丈夫なのか?」
「ん、なにが?」
「お前、ただ俺と戦いに来たわけじゃないだろ。魔王に何か言われるんじゃ」
「まあそうだけど、あんたには関係ないわ。私は全力出してあんたと戦って負けた。ありのまま報告するから」
「……カジャクト」
「何、辛気臭い顔──」
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間、カジャクトの胸に『尖った枝』が突き刺さった。
◇◇◇◇◇◇
「───う、ぶ」
いきなりのことで、誰も……俺も反応できなかった。
尖った枝が引き抜かれると、カジャクトの背後にいた『老人』がニコリと微笑む。
「し……シンク、レティコ!!」
「ほっほっほ。ようやく隙を見せおったなあ……やれ」
老人が合図をすると、滅龍四天王の四人の胸に『枝』が突き刺さった。
「う、ウェルシュさん!!」
「なっ、グイバー!!」
「ジラントさん!!」
「……ッ」
サティたちが叫ぶ。だが、ウェルシュたち四人は『核』が破壊され、身体が燃え始めた。
ウェルシュがサティに手を伸ばす。
「あー……せっかく、友達に……」
「う、ウェルシュさん……」
スレッドは、グイバーの手を掴む。
「馬鹿、毒……」
「うっせえ!! 関係あるか!! ちくしょう……!!」
エミネムはジラントの手を掴む。
「そんな……!!」
「……あはは。人間に心配、されて」
ロシエルはラドンを見つめる。
「…………」
「…………ふ」
滅龍四天王が消滅……いつの間にか、老人の傍に四人の魔族が立っていた。
そして、老人。『緑鹿』シンクレティコが、今にも死にそうなカジャクトに『杖』を突き付けていた。
「魔王様からのお言葉じゃ……『敗北者は七大魔将に必要ない』とな」
「がはっ……あ、アンタ、私が、弱くなるの、待ってて……」
「そう。ルプスレクスと闘えば貴様とて無事では済まん。ふふ、実に簡単な仕事だった。わしの眷属ではお前の眷属に勝てんかったが、こうも隙を見せるとは」
「お、まえ……!!」
「おお、おお……核が砕けてなおその生命力とは。ふふ、よーく見ると『核』の修復も始まっておる。砕いた程度じゃ最強の竜族は死なんようじゃ」
シンクレティコが、杖をカジャクトに向ける。
「…………」
俺は──……。
◇◇◇◇◇◇
「───……許さねえ」
これほどまで、頭に来たことがあっただろうか。
すでに灰となり死んだ滅龍四天王。
サティは泣き、スレッドは歯を食いしばり、エミネムも泣き、ロシエルは顔を伏せる。
フルーレはすでに臨戦態勢だが……もう、俺は限界だった。
「おい」
完全にキレた。
「ん? おお、ルプスレクスか。すまんな、すぐこいつを片付けるから待っておくれ。お前はカジャクトを弱らせた実績に免じ、最後の言葉を残す権利をやろう」
俺はもう、目の前にいるジジイを魔族とは思わなかった。
冥狼斬月の柄を強く握り、静かに言う。
「開け──『万象眼』」
俺の両目が赤く輝く。
そして、瞳に羅針盤のような目盛りと数字が刻まれる。
決して使うことのない封印を、今解いた。
眼神器カトブレパス。俺の、神スキル『神眼』の神器。
「神眼臨解──来たれ……『万象神眼』」
俺は『臨解』した。
たとえそれが正しくないことだとしても。
命を、誇りを、全てを賭けて戦ったカジャクト、ルプスレクスを侮辱し、戦うことでわかり合えた滅龍四天王をゴミのように殺したこのジジイを、どこまでも残酷に殺すために。





