フィルハモニカ・ステージ②/蜘蛛の糸
斬った感じ……これは『糸』だ。
操作系の神スキル。あの仮面野郎スレッドは、糸を絡ませてモノを操るのか。
糸は見えないくらい細い。でも、腕の動きに合わせていたから、手首にあるリングから糸を放出しているようだな……大したもんだ。
俺は冥狼斬月を構えて言う。
「念のため言うけど……投降するならこれで終わりにしていいぞ」
「笑える冗談だ」
「やっぱそうだよな」
「ああ。ミルキィちゃんは───…………オレがいただく!!」
スレッドは両手を複雑に動かし、ステージの装飾である模造剣や模造槍を掴み、俺に向けて投げてきた。
「『閃牙』!!」
「なっ!?」
だが俺は模造武器をバラバラに破壊。ついでに糸も両断。
スレッドは器用にステージを飛び回る。
「『槍糸』!!」
「っ!!」
糸を束ね、先端を尖らせ飛ばしてきた。
けっこう速いが、俺からすれば止まって見える。
首を傾けて回避し、スレッドに急接近。
「『蜘蛛ノ巣』!!」
「おっと」
スレッドは、自分の目の前に糸で編んだ《蜘蛛の巣》を展開。やばいやばい、突っ込んでたら蜘蛛の巣に激突して切れてたかも。
「あんた、見えてんのかい?」
「ああ。いい目を持ってるんでな」
「へ……それがあんたの『神スキル』かい。羨ましい!!」
「そりゃどうも」
俺とスレッドの戦いはステージ上で行われている。なので、観客たちがざわめいているが、以外にも出し物と勘違いしたのか、興奮している人もいた。
そんな時だった。
『ミュージック~~~!! スッタート!!』
「「え」」
ミルキィちゃんがステージの中央に出てきて、そんなことを叫んだ。
これには、俺も驚いた。
『私のステージ、これからだよっ!! みんな、張り切っていこーっ!!』
『『『『『ミルキィちゃ~~んっ!!』』』』』
「ちょ、ミルキィちゃん、ステージって」
『オジサマ、守ってね♪』
「……ははは」
「くぅぅぅ!! いい、いいねミルキィちゃん!! ますますホレたぜ!!」
スレッドは両手を複雑に動かし、糸を大量に編んでいく。
すると、糸で形づくられた巨大な『蜘蛛』が二匹、スレッドの左右に並んだ。
「行くぜ、『阿吽ノ蜘蛛』!! おっさん、本気で来いよ!!」
「……ああもう、どうにでもなれ!!」
俺は冥狼斬月を構え、向かってくるスレッドを迎え撃つのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
サティは興奮しながら、光る棒を振り回していた。
「ミルキィちゃーんっ!!」
「ちょっとサティ、興奮してる場合じゃないわ。あれ、どう見ても敵よ!!」
「はっ、そうでした!! つい展開に興奮しちゃって」
「……待ってください、フル-レさん」
エミネムが止める。フル-レは今にも剣を抜き、ラスティスの援護に向かおうとしていた。
だが、エミネムは『光る棒』を両手に持ち、片方をフル-レに渡す。
「な、なにこれ」
「応援しましょう!!」
「え」
「この熱気……ミルキィちゃんが歌い出したということは、もしかして師匠は計算づくかもしれません。お祭りを壊さないように、あの敵を出し物の一つとして魅せて、ステージをさらに盛り上げたのかも!!」
「か、考えすぎだと思うけど……」
「それに、師匠なら負けません!!」
「……まあ、確かに」
フル-レは、光る棒を受け取り、軽く振った。
「ラスティス。ここは、あなたに任せるから」
「師匠~!!」
「ミルキィちゃーんっ!!」
サティはミルキィを、エミネムはラスティスを、必死に応援するのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
ミルキィは歌っていた。
(確かに、ラスティスに正体がバレるのはめんどくさい……でも!!)
踊り、歌い、笑顔を振りまく。
観客の声が響き、ミルキィの身体を刺激する。
汗を流れる。踊るたびに汗が飛び散る。
(ここは、ボクの居場所。ボクのステージ……誰にも、ボクの歌を邪魔する権利なんて、ない)
今、この瞬間こそ、ミルキィが生きる時間。
「ミルキィちゃぁ~ん!!」
「やべっ」
スレッドの糸が、ミルキィに向かって伸びる。
だが、ミルキィは踊りの中に回避動作を交え、伸びてきた糸を華麗に回避する。
『ふふ、触っちゃ駄目よ?』
「おぉうっ……か、可憐だ」
「……今、避けたのか?」
ラスティスが可憐さよりも疑問を持っている……だが、そんなことはどうでもいい。
ミルキィだけじゃない。この瞬間を生きているのは、フィルハモニカ楽団の団員たちも同じ。
全員が、ステージに誇りを持っている。
汗を流し、楽しそうに楽器を鳴らし、楽長もスレッドなど見ておらず指揮棒を振っている。
「きゃーっ!! ミルキィちゃーんっ!!」
「確かに、興奮するわ。王都イチの歌姫の名も、伊達じゃないわね」
「な、なんだか震えますっ!!」
ミルキィは、ラスティスの弟子たちが光る棒を振っているのを見て、投げキッスした。
観客は大興奮。ミルキィも楽しさが止まらない。
(やっぱり、楽しい。歌うの、大好き!!)
ミルキィのテンションが、最高潮に達した時だった。
「ヒャッハー!!」
「いよーっと!!」
ステージのセットを破壊するように着地した男女。
一人は、燃えるような赤い髪をした女。もう一人は顔色の悪い青年。
いきなり現れた二人に、ラスもスレッドもミルキィも驚いた。
「ねえそこの二人、あたしらと遊ばない?」
「まあ、そこそこに……楽しくさ」
「───…………こいつら、魔族!!」
ラスは瞬間的に理解し、剣を抜こうとした……が、赤い女が一瞬でラスの懐に入り、強烈な前蹴りを放った。
「っ!?」
「お、防御した。やるじゃん」
ラスティスは鞘でガード。すると、冥狼斬月から声。
『ラスティス。こいつら……竜族だ!!』
「竜族……!?」
「あら、知ってる? 魔界最強種族、竜の力」
バキバキと、赤い女……ウェルシュの顔に亀裂が入る。
そして、背中から翼が生え、右足が赤い鱗に包まれた『竜脚』となった。
「アタシはウェルシュ。ハーフの竜人。知ってる? ハーフ」
「半分だけ、竜族の力を解放できるってことだろ……!! っくそ、半分のくせになんつー力……ッ!!」
「クォーター、ハーフ、スリークォーター、そして最強であるフル。まあ、フル解放して、さらに内に眠るドラゴンの力を解放できるのは姐さんだけ……アタシは『滅龍四天王』の一人、『赤竜』ウェルシュ。よろしくね、強いおじさん」
ラスティスはウェルシュの足を外し、距離を取る。
すると、もう一人……グイバーが左腕を振りかぶる……が。
「あれ」
「おいおいおい、なーにしちゃってんの?」
スレッドの糸が、グイバーの腕に絡みついていた。
「……糸、うっざいな」
「なっ……」
すると、巻き付いた『糸』がジュルジュルと溶けていく。
「ボク、滅龍四天王の一人、『毒竜』グイバー……まあ、溶けてみる?」
「ハッ……やなこった」
もう、ただ事ではない。
ラスティスは全力で叫んだ。
「サティ、フルーレ、エミネム!! 観客たちを逃がせ!! こいつら魔族だ!!」
「はい!!」
「って!? なんでお前いんの!?」
なぜかサティが隣にいた。
エミネム、フルーレがサティが今までいた場所を見てギョッとしている。
同時に、ラスティスの声が拡張し響いたのか、観客たちが一気に逃げ出した。
「皆さん、落ち着いて下さい!! フルーレさん!!」
「ええ、客を誘導する!! ラスティス、そっちは任せた……サティも!!」
「はい!! 修行の成果、見せます!!」
「……ああもう、仕方ねぇ!! おい仮面野郎、そっちは任せた!!」
「一時休戦ってか、いいね!!」
ラスティスはサティと並んでウェルシュと、スレッドはグイバーと対峙した。
◇◇◇◇◇◇
誰も、気付いていなかった。
「…………」
ミルキィは、マイクを手にしたまま立っていた。
(ボクの、ステージ)
最高潮だった。
最高に楽しかった。
それを、めちゃくちゃにされた。
「…………」
この瞬間、ミルキィではなくなった。
「…………殺す」
七大剣聖序列三位ロシエルは、その場から掻き消えるようにいなくなった。





