脇役剣聖、飲む
「じゃ、お疲れ」
「おう」
公衆浴場から出たら、すっかり日が暮れていた……いやまあ、数時間は入るつもりだったけど、思った以上に時間が過ぎていたわ。
領主邸に戻ると、クロヴィスがいた。
クロヴィスと二人で、クロヴィス行きつけの酒場へ。ホッジも誘ったがフローネが一人になっちまうし、仕方ないよな。
サティたちは、三人でお茶して、町を見て、そのまま夕飯に向かったそうだ。そのまま公衆浴場で汗を流し、領主邸に戻るらしい……満喫してるねぇ。
ということで、俺は俺で飲ませてもらう。
「な、クロヴィス。最近どうだ?」
「どうもこうも、人が増えすぎだ。てんてこ舞いってやつだよ」
クロヴィス行きつけの酒場は、あまり人がいない。
規模も小さいし、町はずれにある小さな酒場だし、のんびり飲むにはいい場所……というか、領主のくせに俺、ちっとも知らない酒場だった。
クロヴィスはチーズを注文する。
「いろんな商会が出入りしてるから、町の至る場所で工事してるし、知らねぇ店が山ほどオープンしてら。くくく、娼館もいくつかオープンしたんだぜ?」
「マジか!!」
「おうよ。なああ領主様よ、奢ってくれや」
「おいおい、自分で出せっての」
こんなふうに、俺の元部下たちは気さくでいい連中ばかり。
俺が領地をもらい、貴族になっても態度は変わらない……まあ、俺の部下は全員ギルハドレットに来たわけじゃないけどな。
「そういやラス。弟子たちとダンジョン制覇したんだって?」
「まあな。領地を整えるために、いくつかダンジョン潰したんだよ。クロヴィス、冒険者の出入りも増えるだろうから気をつけろよ」
「わーってるよ。それにしても……あちこち手付かずだったギルハドレットが、こうも賑やかになるとはなあ」
「だな……フローネとか大張り切りだろ?」
「ああ。ホッジが死にそうな顔で走り回ってら。オレも忙しいわ」
新しいダンジョン都市計画も進んでるし、ギルハドレットの街の開発も進んでいる。
というか……大規模ダンジョンが三つもある領地なんて、王都以外ではギルハドレットだけらしい。まだ調査していないが、フローネの調査曰く、人間界で屈指の高難易度ダンジョンになるかも……とか。
「あーあ。のんびりしたいのに、上級魔族だの七大魔将だのめんどくせえ……七大剣聖も引退して、ハドの町でのんびり風呂に入りながらダラダラしたいぜ」
「ははは、それはあと三十年後まで取っておくんだな」
「……勘弁しろよ」
「そんなことより、王都で人気の楽団来てるんだろ? 最終日は特設ステージで演奏するとか」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「……ちと、妙なことになってる。明日にでもホッジから言われるだろうが、お前にも言っておく」
「あ?」
クロヴィスは、指をクイクイして俺に顔を寄せる。
「フィルハモニカ楽団の歌姫ミルキィってわかるか?」
「ああ、ステージも見たぞ」
「その子を誘拐するって、予告場が届いた。盗賊団『カルマ』って連中で、リーダーを務めるのは討伐レートSSに指定されてる重犯罪者、『神操』のスレッドとかいう変態野郎だ」
「……はあ? なんだそれ」
「聞いたことあんだろ。重犯罪者は基本的に魔獣と同じ扱いだ。討伐レートSSって言ったら、上級魔族と同じ強さだぞ」
「で、そいつが率いる盗賊団が、ミルキィちゃんを誘拐するって?」
「ああ。『カルマ』のリーダーは『神操』……人を操る神スキルを持つらしい」
「おいおいおい、祭りとか言ってる場合じゃねぇだろ。対策は?」
「お前が来ることになってるからな。それが対策だとよ」
「……マジか?」
「ああ。お前が到着して早々に言わなかったのはホッジのやさしさだぜ? 長湯して、ダチと美味い酒飲んでいい気分だろ? で、明日になったらホッジからこのこと言われるってわけだ」
「……お前のせいで台無しだけどな」
「ははは、まあここは奢ってやるから安心しな。七大剣聖序列六位ラスティス男爵様よ、楽しい祭りに茶々入れるクソどもをブッた斬ってやれ」
「ったく……事が済んだら今度はホッジに奢らせるか」
そう言って、もう一度クロヴィスと乾杯した。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ホッジ、フローネに呼び出され領主室へ。
「早速だけど、クロヴィスから聞いたわね。それであんたにミルキィの護衛してもらうから」
「……唐突すぎるんだが」
フローネ、身重とは思えないくらいハキハキテキパキしてる。
ホッジに視線を移すと、やや疲れたように言う。
「脅迫状のことは聞いただろ? どうやら盗賊団『カルマ』は人身売買に手を染めていてね……若く美しい少女を高値で取引する裏オークションと繋がっているらしいんだ」
「それはいいけどよ……予告状ってなんだよ」
「どうやらボスの討伐レートSS、スレッドは……その、かなり演出好きのようでね。けっこう派手な窃盗を繰り返しているんだ。美術館に予告状を送って、大勢の警備団のいる中で宝石を盗んだり、別の楽団の歌手を公演中に攫ったりとか……」
「アホなのかそいつは……」
「でも、恐ろしいのは……スレッドは、そんな中でも確実に盗みを成功させている。スキル『神操』を使ってね」
「神スキル持ちか……」
「そこで、ラスの出番だ」
ホッジはにっこり笑う。そうそう、面倒を押し付けるとき、ホッジはこういう笑顔するんだよ。
「ラス。ミルキィさんのステージは祭りの最終日。それまで、彼女の護衛を頼む」
「……俺、ダンジョン潰したばかりなんだが」
「女々しいこと言わない!! 昨日、長湯して美味いお酒飲んだでしょ?」
フローネがぷんすか怒る。というか、疑問。
「あのさ、ミルキィちゃんはこのこと知ってんのか? 自分が攫われるかもしれないステージに、わざわざ出るとは思えんが」
「本人に伝えたら『大丈夫です』って言ったわよ。こっちも高い金払ってるし、歌ってくれるならお願いするけどね。あんたもいるし」
「……まあ、わかったよ。とりあえず、俺が護衛に付く。ああ、サティたちには伝えるなよ。あいつら、いくつもダンジョン潰して頑張ったからな。それに、この祭りを楽しみにしてた。厄介ごとは関わらない方がいい」
「はいはい。お優しいことで」
「弟子想いって言え。とりあえず、ミルキィちゃんと話してくる。今はどこに?」
「地下で歌の練習をしてる。他の団員たちと一緒にね」
「わかった。顔出してくるわ」
そう言い、俺は領主室を出て地下……え、ちょっと待った。この屋敷地下まであるのかよ。改築に金かけてやがるなあ。
◇◇◇◇◇◇
地下室に行くと、歌声やら踊りやら楽器やらすごいことになっていた。
総勢三十人くらい。これがフィルハモニカ楽団か。
一番年とったおっさんが近づいて来る。
「失礼、あんた誰だ?」
「ああ、俺はラスティス・ギルハドレット。一応は領主だ」
「えぇ!? りょ、領主様? 領主様はホッジ様じゃあ……」
まあそう言いたくなる気持ちはわかる。だって領主なのにハドの村に住んでるし、俺。
ついでに、七大剣聖のマントや証を見せると、仰天していた。
「なんと!! 七大剣聖……!?」
「ああ。予告状のことは聞いてるよな? 当日まで、ミルキィちゃんは俺が護衛する」
「そりゃ安心だ。ステージの取り止めも考えていたんだが……『最強の護衛を付ける』って言われてな。まさか王国最強の七大剣聖とは!!」
「ってわけで、護衛は任せろ。ミルキィちゃんはいるか?」
「ああ、おーいミルキィ!!」
「は~い!!」
と、楽長に言われてこっちに来る女の子が……って。
「はじめまして!! ミルキィで~っす!! オジサマ、護衛よろしくねっ♪」
「……あ、ああ」
うーむ……最近の女の子は、紙袋を被って挨拶するモンなのか?
しかも目の部分だけ穴空いてるし。
「お、おいミルキィ……その紙袋、どうしたんだ?」
「え、えっと~……実は、お化粧のノリがイマイチでっ」
楽長も驚いてる……やっぱ違うのか。
「あ!! ちょっとお花摘みに行くので、オジサマ、またあとでねっ!!」
そう言って、ミルキィちゃんは行ってしまった。
楽長、俺はポカンとしながらミルキィちゃんを見送るのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「う、うう……どうしよう」
ミルキィちゃんこと七大剣聖序列三位ロシエルは、紙袋を抱えたまま階段傍でしゃがみ込んだ。
「ら、ラスティス・ギルハドレット……護衛とか、いらないのに。でもでも、正体バレちゃう……あぁぁ」
ロシエルは一人悩みながら、何とかラスと会わないようにしなければと思うのだった。





