土御門 明
土御門 明は、今日も広い社を掃除していた。
病と人類との、存続をかけた戦いが始まってから年月を重ね、もとは小さな一軒家ほどであったというが、いまやひとつの城ほどに膨れ上がっている。
社に所属、仕えることを光栄だと誇りながら仕事をするものはむしろ多い。
だが明は、仕事は仕事、とドライな考えである。長すぎる廊下を前に、ため息をついた。
水を張ったバケツに雑巾を浸し、力をいっぱい絞る。明はジンと痺れる指先に息を吹きかけた。
そんな明の隣に白く平べったいものが近づく。
「アキラ、サボりは関心しませんネ。」
「……まだサボってないよ、ルンバ。」
プリプリと怒った顔(のような仕草)をするルンバは実際にはルンバではなく、式神だ。
明の所属する浄化班の、上司の誰かが召喚しているのだろう。
このルンバの他にも、社の中では様々な用途の式がそれぞれの務めを果たしている。
「まだとはなんですカ、まだとは。それに私をルンバと呼ぶのはお止めなさい、と何度言ったらわかるんですカ!」
しかし丸く、スイーっと滑るように廊下を移動する様子は、ルンバそのものである。
「はいはい。」
「ハイ、は、一回!」
「ルンバは愛称なんだけど。」
「アイショウ?」
ルンバが体を斜めにする。首を傾げる仕草の代わりだろう。この式神はやけに仕草が人間じみている。
「そう。友人へ、親しみをこめた。」
「ユ、ユウジン。」
「だってそうでしょ?」
「ユ、ソ、ソレなら、しかたありませんネ。」
ルンバがモジモジと小刻みに平べったい体を揺らす。
明は今はルンバのお小言回避のために口にしたが、この白く平べったい式神を好ましく思っていた。
それにしても本格的に冷え込もうとしているここ最近、雑巾がけが辛くなってきた。
(ルンバを十体くらい走らせてくれたらいいのに。)
そう思わずにはいられない明に、ルンバは小突くようにその体をぶつけた。。
「いたっ、いたたた。」
「モウッ!浄化班として、しっかり務めを果たしなサイ!」
「はあい。」
明は雑巾を構え、長い廊下を駆けだした。