第八十三話 ガーレットの兄、スレイド
その場に現れたその男。
長い髪、鋭く冷たいその眼光。
シルヴィよりもさらに一回りは大きいその身体。
これまで出会ってきたどんな人物とも違う。
リオンはそう感じていた。
だが一人、この男からある者を連想した。
「ガーレット…!?」
「成程、ヤツの顔はこの俺によく似ていたか」
そう。
ガーレットとこの眼の前にいる謎の男。
その雰囲気がどことなく似ていたのだ。
いや、それだけでは無い。
改めて見ると顔もどことなく似ている…
「我が愚弟が殺されたと聞き飛んできたが、よりによってこのような男に負けるとはな」
「『我が』…?まさかお前はガーレットのッ!?」
「俺の名は『スレイド』。あの愚か者の『兄』だ」
「ガーレットの…兄…!?」
勇者ガーレットに兄がいた。
そんなことは聞いたことが無い…
いや、違う。
たった一度。
ただの一度だけ。
共に旅をしたあの日。
彼は一度だけ聞いていたのだ。
それは…
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あれは旅の途中だった。
ガーレット、ルイサ、キョウナ、メリーラン達と共に。
ふと、彼に話を振ったのだった。
特に深い理由はなかった、単にリオンが知りたかっただけだ。
『なあガーレット』
『なんだよ』
『ガーレットって兄弟とかいないのか?』
『…』
口を閉じる当時のガーレット。
彼にしてはとても珍しい事だった。
いつもはよく喋りる彼が。
『遠い国に…』
『え?』
『歳の離れた…兄がいる…』
当時のガーレットはそう言った。
それ以上は話すことは無かった。
その時の彼の顔、それはよく覚えていた。
普段の彼とは全然違う、とても弱々しく怯えた顔をしていたからだ。
それ以降その話はしなくなった…
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「あッ…あぁぁぁッーーー!」
思い出した。
そうだ、確かにガーレットは言っていた。
『遠い国に歳の離れた兄がいる』
…と。
「ヤツは言っていた…!そして確かに聞いた!」
「あいつが俺のことを話すとは珍しいな」
「ガーレットの奴が…兄が遠い国にいると!」
「この数年、俺は争乱の国々を巡っていたからな」
このスレイドという男。
確かに顔立ちこそガーレットと似てはいる。
しかしそれ以外のほぼ全てが違っているといえる。
体格、髪の色、佇まい。
そして何よりその眼だ。
ガーレットの下衆な目つきとは違う、野獣のような雄々しくも恐ろしい眼。
全身からあふれ出る絶対的な『自信』と肌で感じられるほどの『力』。
明らかにガーレットよりも数段上だ。
「復讐か?弟をやられたから…」
このスレイドという男がなぜ現れたのか。
弟を殺されたことに対する復讐か。
最初はそう考えた。
しかし…
「そんなものに興味は無い」
「なに…!?」
「負けたのであれば、ヤツもそれまでだったということなのだろう」
表情の一つも変えずスレイドはそう言い放った。
かつてのガーレットの怯えたようなあの態度。
弟であるガーレットと兄のスレイド。
彼らの間には何らかの確執が存在していたらしい。
「我らが栄光の血を引く一族。ヤツはその面汚しだ」
ガーレットは停滞した男。
その地点で慢心し上を目指すことをしなかった。
才能はあった。だがそれを生かせない。
愚か者の極致。
ガーレットのことを、スレイドはそう言い捨てた。
「挙句の果てに、どこの馬の骨ともわからぬ雑魚に負けるとはなッ…!」
そう言い放つスレイド。
一方リオンは、改めてこの状況を確認する。
このスレイドという男が何者であれ、少なくともガ―レットよりは確実に強い。
もしかしたらイレーネよりも…?
「…」
そして彼の部下と思われる人物。
黒いローブの青年と小柄な少女はシルヴィが追いかけていった。
全身にトライバル柄の刺青をいれた巨漢がこの場に残っている。
三人とも、いずれも只者ではないだろう。
「エリシアをさらって、なにが目的だ!?」
「貴様と戦うためだ。それと…」
そう言ってスレイドは山の中腹を指さした。
「あの辺りに遺跡がある。そこで決闘だ!」
「なに!戦いたいなら今ここで…」
「勘違いするな、これはゲームだ」
そう言ってスレイドと部下の巨漢は背を向ける。
そして森の中に消えていった。
ただ戦うだけではつまらない、そう言うことだろうか。
この場に残されたのは、リオンとアリスの二人。
「…どうする、アリス?」
「リオンさん、あの人って…」
「ああ、ガーレットの兄貴らしい」
「やっぱりそうだったんだ…私、一緒に行きます!」
そう即答するアリス。
しかしリオンは彼女を連れていこうとは思わなかった。
やはり危険だ。
あの男がどれほどの強さなのかは未知数だが、少なくともイレーネやガーレットよりも上だろう。
だが…
「…わかった」
ここで問答をしていても仕方が無い。
アリスは引き下がる性格ではないことをリオンは知っているのだ。
ならばここは共に行くしかないだろう…
こうして、リオンとアリスの二人はスレイドの後を追い遺跡へと向かったのだった。
一方その頃、シルヴィはエリシアを攫った少女を追っていた。
シルヴィとてこ立派な冒険者としての経験を積んでいる。
相手が何者なのかはまだわからないが、万が一にも逃すわけにはいかないのだ。
「(反応はこっちだッ…!)」
森を駆けるシルヴィ。
小柄な少女は身軽な動きでするすると進んでいく。
この暗闇の中でもその足取りに迷いはないようだ。
シルヴィは更に速度を上げる。
そして少女を視界に捉えた、その時だった!
それはシルヴィの行く手を阻むように立ちふさがった。
「…ッ!」
泊まろうとするも、勢いを殺しきれず、そのまま地面に倒れこむように転んでしまった。
「な、なに!?」
目の前にいた人影はシルヴィに近づいてくる。
あの少女だ。
エリシアは連れていない。
「…ッ!」
それを見たシルヴィはすぐに立ち上がり身構えた。
「(こいつ…強いぞ!)」
直感でわかる、この相手は今まで会った中でも相当に強いと。
だがシルヴィに恐れは無い。
「(それに…)」
シルヴィはちらりと自分の剣を見る。
その刀身は光を帯びていた。
「はッ!」
そう叫ぶと、剣の輝きがさらに強くなる。
刀身に魔力を込めたのだ。
そしてそのまま少女に斬りかかった。
しかし少女はひらりと身を躱す。
「(避けた!?でもまだだッ!)」
シルヴィは攻めの手を緩めない。
素早く少女の背後に回り込むと、今度は水平に剣を振るった。
しかしそれも避けられてしまう。
「(速すぎる!でも…)」
「はッ!」
再度そう叫び、刀身にさらに魔力を込める。
刀身が再び輝きを増した。
これで先ほどよりもスピードと威力が上がるはずだ。
だが…
「…そんな!?」
少女はそれを簡単に回避する。
もう何度か試したがどれも当たらない。
「(なんで僕の攻撃が読まれてる!?)」
シルヴィは内心焦っていた。
少女は一切シルヴィの攻撃を躱しているわけではない。
ただ、シルヴィの攻撃のタイミングと軌道を完全に理解しているかのように避けて見せていた。
そんな動揺を少女は見逃さなかった。
「ッ!?」
シルヴィの背後に回り込み、その首筋に手を当てる。
不気味なほどに冷たい手だ。
意識を吸われそうなほどに。
「…なん…で…」
少女はシルヴィの耳元でこう囁いた。
「『力の差』ってやつです」
シルヴィはそのまま意識を失いそうになる。
しかし、彼女はそれを耐えた。
まだ倒れるわけにはいかない。
彼女は最後の力を振り絞り、背後に向けて剣を横なぎに振るう。
その一撃はあっさりと受け止められてしまった。
しかしそれはシルヴィの計算の内だった。
「はあッ!」
そう叫ぶ。
すると、シルヴィの刀身は更に輝きを増していく。
普段の三倍の魔力を刀身に込めたのだ。
受け止めつづける少女。
だが、威力の増し続けるシルヴィの剣を受け止め続けることはもはや難しい…
「…エリシアをどこへやった?」
少女に問うシルヴィ。
その言葉を聞き、少女は不敵に笑う。
「…ウルカ」
「?」
「私の名前です。最期に教えます」
「最期って…」
「それじゃあさようなら、シルヴィちゃん」
そう言って少女は手を離した。
剣を受け止めているその手を。
ウルカの身体は真っ二つに切り裂かれた。
亡骸が地面に横たわる。
シルヴィはその場に倒れこんだ。
「倒すだけしか…できなかった…」
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