第七十九話 暗躍する男
「ふふふ、ははははは!」
大きな声で笑うイレーネ。
解放された嬉しさからだろうか。
そうだ、この男に何か礼をしたい。
イレーネがこんなことを考えるのは非常に稀だ。
それほどの悦びを、今の彼女は感じているのだろう。
「ふう、ぜひあなたにはお礼がしたいわ。何がお望みで?」
「あなたの命」
「え?」
「あなたの命を貰い受けたい」
次の瞬間、イレーネの目の前には剣が迫っていた。
そして、その剣は彼女の身体を切り裂き…
いや、イレーネはそれを避けた。
ギリギリで回避したイレーネは、そのまま後ろに飛び退く。
「なにが目的かしら?」
余裕そうな態度を保つイレーネ、しかし実際は焦っていた。
しかしなぜ?どうして? そんな疑問が頭に浮かぶ。
いや、今はそれどころではないか。
とにかくこの場から逃げなければ! そう考えたイレーネは魔法を
放つ。
しかし…
イレーネの放った魔法は、男に当たる前に消えてしまった。
そしてそのまま、男は距離を詰めてくる。
「速い! 」
イレーネはなんとか距離を取ろうとするが、すぐに追いつかれてしまった。
そしてまた剣を振るわれる。
イレーネは咄嵯に身を捻って回避する。
今度はなんとか避けることができたようだ。
だが、危ないところだった。
「なぜ私を殺そうとするの?」
「…」
男は答えない。
無言のまま、再び剣を構える。
「答えなさい!」
イレーネは叫ぶが、それでも男は何も答えなかった。
ただ静かに立っているだけだ。
その態度が余計に不気味さを際立たせるのだった。
「仕方ないわね」
イレーネは魔法を詠唱し始めた。
だが…
男は再び距離を詰めてくる。
イレーネはそれをギリギリで回避した。
「くっ…」
イレーネは舌打ちをする。
このままではまずい。
どうにかして状況を変えなければ…。
しかしどうすればいい? 考えろ!考えるんだ! 必死に思考を巡らせるが、解決策は出てこない。
「う、うああああああ!」
イレーネは最大の魔力を込めて魔法を放つ。
巨大な炎の塊が、男に向かって飛んでいく。
大爆発が起こり、
辺り一面に煙が充満する。
「やった…? 」
いや、まだだ。
イレーネは油断せず、煙の中に目を凝らす。
するとそこには、無傷の男が立っていた。
傷一つ無い姿で立っている男を見て驚愕するイレーネ。
「そんな馬鹿な!」
「ふふ…」
「ありえない! 」
そんな思いが頭を過るが、今はそれどころではないだろう。
男は再び距離を詰めてくる。
そしてまた剣を振るってきたのだ。
今度は避けきれないと判断したイレーネは、咄嗟に防御魔法を展開した。
「この魔法は、聖級魔法に匹敵するほどの防御力を持つ!あなたの攻撃なんか…」
イレーネがそう言った瞬間、防御魔法が砕けた。
信じられなかった。
今までどんな攻撃にも耐えてきた防御魔法が破壊されたのだ。
次の瞬間、イレーネの視界は反転し、目の前にいたはずの男の姿が消えていた。
「え、魔法が割れ…」
いや、違う。
防御魔法を砕いたのではない、この男は剣で貫いたのだ。
そしてそのまま剣を振り抜いた。
鋭い痛みが走ったかと思うと、血が噴き出した。
「あ…え…」
剣は深々とイレーネの身体に突き刺さっている。
身体から力が抜けていくのがわかる。
視界がぼやけてくる。
意識が薄れていくのを感じた。
そして身体に衝撃が走り、地面に倒れ伏す。
何が起きたかわからなかったが、すぐに理解する。
自分は今、この男に斬られたのだと。
「ああ…」
ああ、私は死ぬのか…
そんな考えが頭を過る。
「(リスター国までたどり着ければ…)」
そう思うイレーネだったが、その思いは叶わなかった。
もう限界だ…
だがどうして?なぜ自分が斬られたのか?
わからない…わからない…ワカラナイワカラナイワカラナイ…ワカラナイ…
意識が遠のく中、最後に見た光景は男が剣についた血を振り払う姿であった…
そこで彼女の意識は途絶えたのだった。
男は、イレーネが絶命したのを確認すると、剣を引き抜く。
「あ、あああ…」
その様子を見ていたメリーランが恐怖に震えていた。
無理もないだろう。目の前でイレーネが殺されたのだ。
彼女が感じている恐怖は計り知れないものであろう。
「…」
その視線をメリーランに向ける謎の男。
まったく興味が無い、そう言うかのような表情をしている。メリーランはガタガタと震えている。
恐怖に支配され、声も出せない様子だ。
「ひ、ひぃぃぃ!」
そのまま逃げだすメリーラン。
男はそれを追わなかった。
追う必要も無い、そう考えているのだろう。
「ふっ…」
男は小さく笑い、その場を立ち去った…
彼の目的はイレーネを始末する事。
それだけだ。
そしてそれは、『とある人物』からの依頼でもある。
とある人物、その正体は…?
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