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第六十九話 ガ―レットの最期

 王国の兵士が乗ってきた馬、それを強奪して逃走したガ―レット。

 キョウナの攻撃で腹に大きな傷を負いながらも、なんとかその場を離脱した。

 …地面に血を垂らしながら。


「はぁ…はぁ…くッ…」


 ガ―レットは険しい表情で荒野を進んでいた。

 足場が悪いためか、彼の足取りはかなり遅い。

 時折、ふらつくような仕草を見せるがそれでも馬を駆り、走り続けた。


「くそ…ッ!」

 ガ―レットは内心苛立っていた。

 自分はリオンに負けたのだ。しかも完膚なきまでに…

 母親のイレーネをけしかけた、それでも負けた。


「…俺は負けた」


 その事実が重くのしかかる。

 悔しさで身体が震えた。

 ガ―レットはリオンのことを詳しく知っているわけではない。

 だが、それでも実力差は理解しているつもりだ。

 リオンが自分よりも格上だと認めている。

 だからこそ悔しかった、自分の弱さに怒りを覚えたのだ。


「ぐぅ…」


 さきほどキョウナに受けた傷が痛む。

 腹に深々と突き刺さった彼女の鉤爪。

 あれを食らったせいでかなりのダメージを受けてしまった。


「キョウナ…くっ…あッ…」


 魅了の魔法をかけていたはずのキョウナ。

 いつの間にか効果が解け、以前の大会でも邪魔をされてしまった。

 そして今回も…


「あの女め…」


 リオンと一緒にいた女、シルヴィ。

 あの少女も邪魔だった。

 彼女さえいなければリオンを倒せていたはずなのに…

 ともかく、今はこの傷を治さなければならない。

 近くの町までたどり着けば、あとはどうとでもなるだろう。


「ぐぅッ!?」


 そんなことを考えていたガ―レットだが、突然激痛が走った。

 ガ―レットは苦痛の表情を浮かべながら、自分の身体を見下ろす。

 すると…


「ああああッ…!」


 彼の傷は、自身が考えているよりも遥かに重傷だったのだ。

 明らかに異常な量の血が噴き出している。

 内臓が大きく損傷しているようだ。

 このままでは死は確実だろう。


「(馬鹿な…ッ!なぜ、こんなことに…)」


 ガ―レットは呆然とした表情を浮かべる。

 だがすぐに我に返った。


「(こんなところで死ぬわけにはいかない…俺はまだ…!)」

 その想いだけでガ―レットはひたすら馬と共に走り続けた。

 傷口から流れ出る血を気にも留めず、一心不乱に馬で荒野を駆け抜ける。

 だが、やはり限界が近いようでガ―レットは馬から崩れ落ちそうになる。


「(くそ…ッ!こんなところで死ぬわけには…)」


 手で押さえても血が流れ続ける。

 薄れゆく意識の中で、ガ―レットは思う。

 リオンやキョウナにも勝てないまま、この命を散らすわけにはいかない。

 だが、意識が…


「くそッ!もっと速く走れ!」


 そう言って馬に蹴りを入れるガ―レット。

 蹴られた馬は驚いて走り出し、ガ―レットは振り落とされてしまった。

 そのまま落馬し、地面に叩きつけられるガ―レット。

 その衝撃で傷口がさらに開いたのだろう。

 再び血が流れ始めた。

 激痛に顔を歪めるガ―レット。


「くそッ…くそッ…!」


 弱音を吐きながらも、懸命に耐えるガ―レット。

 もはや立ち上がる気力すら残っていない。

 彼はただ空を見上げていた。


「(俺は…ここで死ぬのか…?)」


 そんなことを考えた時、ふと彼の脳裏に一人の女性が浮かんだ。

 メリーランだ。

 彼女は回復魔法が使えた。

 もしここにいれば、傷を治せたはずだ。

 どこへ行ったのか、肝心な時に役に立たないヤツだ。

 そう考えるガ―レット。


「メリー…」


 キョウナはメリーランの服を奪い、あの場にいた。

 メリーランに変装していた、つまり本物の彼女はどこにいるのだろうか。

 しかし、今となってはもうそんなことはどうでもよかった。

 ただ、メリーランの名前が自然と声となって出てきた。


「うぅ…」


 地面にうずくまるガ―レット。

 傷から血が止まることなく噴出してくる。


「(頼む、これ以上でないでくれ…)」


 彼はそう祈ることしかできなかった。

 だが、彼の願いは無慈悲にも打ち砕かれる。

 意識が遠のくガ―レット。

 もう身体の感覚もなくなっている。

 その時だった。


「…え」


 ガ―レットの視界に誰かが映った気がした。

 それはイレーネに殺されたはずのルイサだった。

 虚ろな瞳でガ―レットを見ているルイサは、そのままガ―レットに近付いてきた。


「うああああッ!」


 突然のことに驚くガ―レット。

 しかし、ルイサはそんなことお構いなしにガ―レットの身体に手を伸ばす。

 だが、その手は身体に触れることなく消えた。

 当たり前だ、ルイサはもうこの世にいない。

 今、彼が見ているのはただの幻覚に過ぎない。


「あ…あぁ…」


 ルイサだけでは無い。

 これまでガ―レットが魅了の魔法で操り、イレーネが殺した少女たちの姿

 それが幻覚となって現れた。

 ガ―レットが名前も覚えていない者もいる。

 彼女たちは悲しそうな表情を浮かべている。

 手を伸ばしながら、ゆっくりと近付いてきた。


「うわあああああああ!やめろ…来るな…」


 拒絶の言葉を口にするガ―レットだが、幻覚には何の意味もない。

 ゆっくりと、確実に近づいてくる。

 ガ―レットの目から涙がこぼれ落ちた。


「くそッ…!なんで…」


 後悔してももう遅い。

 彼女たちはもうすぐそこまで来ているのだ。

 ガ―レットは必死で抵抗しようとする。

 しかし、その手はやはり彼女たちの身体をすり抜けるだけ。

 幻覚であるはずの彼女たちの表情は悲しみに満ちているように見える。

 そんな表情をされては彼にできることなど何もないのだ。

 ただただ涙を流すことしかできなかった。

 悔しさ、情けなさ、悲しさ。

 様々な感情が入り混じりガ―レットの心は壊れかけていた。


「くそッ…!なんで…なんでこんなことに…!」


 腹から大量の血を流しながら叫ぶガ―レット。

 彼の表情が恐怖に染まってく。

 彼は直感的に理解していたのだ。

 もうどうしようもないということを…


「ああッ…!」


 魅了の魔法など知らなければ…

 リオンと出会わなければ…

 ルイサとキョウナに手を出さなければ…

 大会で負けなければ…

 イレーネを頼らなければ…

 あの時、馬を奪わずにそのまま捕まっていれば…

 ガ―レットは選択肢を間違い続けていた。

 そのツケを払わされる時がついに来たのだ。


「嫌だ…俺は死にたくない…!」


 ガ―レットは必死の抵抗を続ける。

 だが、そんな彼に奇跡が起こることはない。


「うぁ…あッ…!」


 幻覚の少女たちがガ―レットに触れる。

 その感触をガ―レットははっきりと感じ取った。

 触れた箇所から身体に冷たさが広がっていく。


「冷たい…身体が…どんどん冷たくなっていく…!」


 身体から力が抜けていく感覚に陥るガ―レット。

 しかし、幻覚の少女たちは容赦しない。

 次々と触れてくるのだ。


「(くそッ…!)」


 ガ―レットは心の中で悪態をつく。

 だが、彼の心はすでに折れかけていた。

 もう動く気力すら残っていない。

 ただただされるがままになるしかなかった。


「ああ…うぁ…」


 ガ―レットの目から光が失われる。

 もう抵抗する気力すら残っていない。

 ガ―レットは大きく目を見開いた。

 彼が最後に感じた感覚。

 それは全身に走る寒気だけだった。



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