第六十一話 不気味な女
リオンを見て、イレーネが彼に話しかける。
それは、リオンにとって信じたくない言葉だった。
まるで、呪いの言葉のように聞こえた。
イレーネは楽しそうな声で話し始めた。
まるで歌うように、優しく語り掛ける。
「私はね、ずっと会いたかったの。あなたにね…」
「何を…」
「ルイサちゃんが最期に呼んだあなたにね…」
「なッ…!」
リオンは絶句した。
イレーネはルイサが死んだと言った。
それはあまりに残酷すぎる現実だった。
「どういうことだ!」
「そのままの意味よ」
「ふざけるな!」
「ふふふ、知りたい?」
イレーネはさらに続けた。
まるで、恋人に囁くような声で。
彼女の声は、戦場全体に響き渡る。
「すぐ近くにいるわよ…」
「まさか…」
「ふふ…」
イレーネは笑う。
嬉しくて仕方がないといった様子だ。
一方のリオン、先程からイレーネから妙な魔力を感じてはいた。
ルイサに似たような、違うような、奇妙な魔力。
その正体は…
「ここにいるわよ」
そう言いながら、自身の胸に手を当てるイレーネ。
それを見てリオンは確信した。
ルイサは…
「ルイサを殺したのか」
「ええ、そうよ」
イレーネはあっさりと認めた。
その態度からは、罪悪感など微塵も感じられない。
「何故だ?」
「何故って、若かったからよ」
「なっ…」
イレーネのその言葉を聞いて、リオンは悟ってしまった。
この女は狂っている。
自分の欲望のためだけに他人を殺すことを厭わない、恐ろしい女だ。
だからこそ、この女は危険だ。
今すぐにでも倒さなければならない。
だが、どうやって?
「(どうすればいい…)」
イレーネの魔力は、間違いなく自分よりも高い。まともに戦えば勝ち目はない。
だが、それでもやるしかない。
幸いなことに、相手は油断している。
ガ―レットは剣すら持っていない。
確実に勝てると思っている証拠だ。
その油断を突けば…
「(やってやるッ…)」
リオンは剣を構えなおす。
一方、イレーネは余裕の表情だ。
彼女は笑みを浮かべたまま言った。
それは、まさに悪魔のような笑顔だった。
そして、ついに戦いが始まった。
最初に仕掛けたのはイレーネだった。
彼女が右手を広げると、周囲に暴風が巻き起こった。
リオンは剣を構え、それに対抗する。
「あら、抵抗するの?」
「当然だ」
「ふふ、そうこないと面白くないもの」
イレーネは笑う。
そして、次の瞬間にはリオンの目の前にいた。
彼女は右手でリオンの顔を掴むと、地面に叩きつける。
「ぐはぁっ…」
「ほらほら、もっと頑張りなさい」
さらに、彼女はリオンを何度も踏みつけた。
リオンは必死に抵抗するが、うまく力が入らない。
このままではまずい。
なんとかしなければ。
「くッ…」
イレーネの次の攻撃がくる瞬間、リオンはあの能力を使った。
魔眼の発動によって動きを止められたイレーネの隙を突き、リオンはその腕を振りほどき、立ち上がる。
リオンの動きを見て驚嘆の声をあげるイレーネ。
「へえ、魔眼の能力ね」
「はぁ…はぁ…」
「この国で見るのは珍しいわね」
イレーネはそう言い、リオンを褒める。
しかし、それはお世辞にも嬉しいものではなかった。
むしろ、リオンにとっては不快なものでしかなかった。
そんなことは気にせず、イレーネは続ける。
今度は左手を広げ、そこから衝撃波を放った。
リオンはそれをかわす。
「魔眼、リオンのヤツそんなものも使えたのか…」
一方、戦いを見ていたガ―レットは呟いていた。
どうやらリオンの能力は知らなかったらしい。
しかし、今のリオンにとってそんなことはあまり重要ではなかった。
とにかく今は戦うしかないのだ。
リオンは剣を構える。
イレーネも構えた。
お互いに相手の出方を窺っていた…
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一方その頃。
アリスとエリシアは、ヴォルクと共に荒野を駆けていた。
ヴォルクはその姿を大きな狼のそれに変えており、背中にはアリスたちが乗っていた。
既にイレーネたちと戦った場所からはかなり離れているはずだ。
「もう追手は巻いたようだな」
「みたいだね、おじさん」
アリスが答える。
エリシアも無言のままうなずいた。
こうして三人は無事にとりあえずの安全圏まで脱出することができたのだ。
「リオンくんとシルヴィくん、大丈夫かな…」
エリシアが不安げに言う。
彼女にとって、リオンはとても大切な人だ。
だからこそ、心配だった。
「…とりあえず今は待とう」
ヴォルクは言った。
彼としても、今は待つ以外にできることは無いと思っていたからだ。
しばらくすると、アリスが口を開いた。
彼女の顔つきは真剣そのものになっていた。
それは、何か大事な話がある時の表情だった。
それを察したヴォルクは彼女に問いかける。
「どうした?」
「あのイレーネっていう女の人、変だよ」
「そう思うか」
「言葉には言い表せないけど、変というか、気持ち悪いよ…」
確かにそうだ。
アリスはイレーネを少ししか見ていない。
しかしそれでも、イレーネの言動は明らかに異常だった。
自分の欲望のために他人を殺しているような、そんな印象を受けた。
「まあ、俺としてはお前たちが無事ならそれでいいさ」
「…ありがとう」
「とりあえず少し休もう。もうすぐ日が落ちる」
ヴォルクの言葉通り、太陽は既に沈みかけていた。
夜になれば魔物たちも活発に動くようになる。
今のうちに少しでも体力を回復させておく必要があるだろう。
それから三人は休むことにした。
「近くに廃村がある。そこに隠れながら休もう」
そう言って、ヴォルクは歩き出した。
廃村は隠れるのにはもってこいだ。
今の地図には記載もされていないので、見つかる可能性も低い。
知っているのは地元の者のみ。
彼らは慎重に移動を開始した。
「ここだ」
「随分と寂れてるね」
エリシアが言った。
到着したのは、崩れかけた家々が並ぶ小さな集落だった。
辺りに人の気配はなく、まるで墓場のように静まり返っている。
そのうちの一つの廃屋にはいるヴォルク。
見たところ一番損傷が軽い。
「ここにしよう」
「ええ」
「うん」
アリスとエリシアの二人とも異論はなかった。
ヴォルクたちはこの場で一晩過ごすことに決めた。
廃屋の中で、三人は休息をとる。
出来る限り火は起こしたくなかったので、持ってきた携帯食料を食べて空腹をしのぐことになった。
会話の内容はとりとめのないものだった。
だが、そのおかげで三人は緊張することなく休むことができた。
そして、ついに夜になった。
月明かりが周囲を照らす。
「そろそろ寝ろ」
ヴォルクが二人に声をかける。
だが、二人は起きていた。
正確には眠れなかったのだ。
昼間の戦いで消耗していたこともあり、疲労感はあるのだがどうしても眠ることができなかった。
だからといって、起きているわけにもいかない。
結局、二人はそのまま寝ることにした。
ヴォルクは一人、見張りをすることにした。
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