第六十話 ルイサは死んだよ
「ガ―レット…!」
「リオン…!」
向かい合う二人。
あの武術大会以来、二人が戦うことは無かった。
お互いに剣を抜き、構える。
最初に動いたのはガ―レットだった。
彼は一気に距離をつめ、リオンに斬りかかった。
リオンはそれを受け流す。
そしてお返しとばかりに鋭い一撃を放つ。
「うおッ!」
弾き飛ばされるガ―レット。
それを見たリオンは考える。
「次はどう来る?」、と。
しかし、ガ―レットが取った行動は意外なものだった。
「なかなかやるみたいだな」
そう言って剣を下げるガ―レット。
彼から戦意が一気に消えるのを感じる。それはつまり、降参を意味する。
ガ―レットは両手を上げながら言った。
それを聞いたリオンは眉根を寄せた。
そして、彼は信じられないことを口にした。
なんと彼は自分の負けを認め、降伏を申し出たのだ。
これにはリオンも動揺を隠せない。
「何を言って…」
「勘違いするなよ」
そう言って彼は笑みを浮かべる。
嫌な予感がした。
「俺の代わりに戦ってくれる人がいるってことだ」
そう言うガ―レット。
その言葉を受けてか、馬車から一人の女性が降りてきた。
彼女は、とても優しそうな女性だった。
背は高く、髪の色は銀色に近い灰色をしている。
「頼むぜ、母さん」
彼女はガ―レットの顔を見ると、穏やかな表情を浮かべた。
ガ―レットの年齢から逆算すると、年齢は40代くらいだろうか。
しかし、その年齢の割には若く見える。
まるで20代後半ぐらいにしか見えないからだ。
女性は笑顔のまま答える。
「えぇ、任せてちょうだい」
「頼りにしてるぜ」
「あなたの相手はこの私、イレーネが務めます」
リオンは納得した。
ガ―レットは最初からこの展開を狙っていたのだろう。
彼は最初からリオンと戦うつもりは無かったのだ。
彼女の表情は穏やかだった。
まるで子供を慈しむ母親のように優しい表情をしていた。
だが、そんな表情とは裏腹に、彼女から放たれている魔力は凄まじかった。
明らかに常人のそれではない。
「あなたがリオンね」
「…はい」
「そう、やっぱり」
そう呟き、嬉しそうに微笑むイレーネ。
リオンの頬を冷や汗が流れる。
全身に鳥肌が立ち、本能が危険信号を鳴らしていた。
「へへ」
それを見て笑みを浮かべるガ―レット。
彼の顔は勝ちを確信しているようなものだった。
「俺はここで高みの見物をさせてもらうぜ」
「…見物か」
「お、なんだよ。俺が戦いの途中で乱入するとでも思ってるのか?」
「信用できないからな」
リオンは言った。
当然だ、ガ―レットのことなど信用できるわけが無い。
油断すれば確実に襲ってくる、そう考えていた。
しかし…
「あーわかったわかった。しょうがねえなあ」
そう言うと、ガ―レットは馬車に乗っていたメリーランを呼んだ。
そして彼女に、自身の持っていた剣などの武器を渡した。
丁寧に、小型のナイフなども渡していた。
「預かってろ、メリー」
「は、はい。わかりましたガ―レットさん」
「あーそれと、一応お前もさっきの奴らを追え」
さっきの奴ら、ヴォルクと共にこの場を離脱したアリスとエリシアのことだろう。
それを聞き、黙って頷くメリーラン。
リオンは思わず、メリーランに声をかけた。
「メリー!」
「…リオン」
「…」
それ以上は何も会話を交わさなかった。
メリーランは黙って馬を駆り、ヴォルク達を追っていった。
そんなメリーランを眺めながら、イレーネが呟く。
「メリーちゃんはいい子ね。言うこともきいてくれるし」
「だろ?母さん」
「それに比べて…ッ!」
イレーネは怒りの表情で倒れた騎士たちを見つめる。
先ほどシルヴィにやられた者達だ。
「使えないわね」
彼女は吐き捨てるように言い放つ。
そして、再びリオンの方へと視線を向ける。
その目は、すでに母親の目ではなかった。
そこにいるのはただの女ではなく、一人の戦士であった。
リオンは改めて剣を構える。
ガ―レットは、そんな二人の様子を見て満足そうにしている。
そんな中、リオンはあることをシルヴィに頼んだ。
「シルヴィ、頼みがある」
「なんだい?」
「メリーランを追ってほしいんだ」
シルヴィは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静になった。
そして、小さくため息をつく。
リオンはガ―レットを警戒しつつ、小声で話す。
それは、この状況で最も最適な作戦だった。
それを聞いたシルヴィは苦笑いを浮かべた。
「まあいいか、了解だよ。ボクはあの子を追うことにしよう」
「頼む」
「まかせて!」
そう言って、シルヴィは馬を走らせる。
イレーネの騎馬隊が連れていた馬を拝借させてもらうことにした。
手綱を握るのは、ブルーローズ家にいた時以来だったが、意外にもすんなり乗ることができた。
シルヴィは手綱を握ったまま、後ろを振り返る。
そして、リオンに向かって叫んだ。
彼女の声は戦場全体に響き渡る。
まるで吟遊詩人の歌のように澄み切った美しい声だった。
「リオン!ここは任せて!」
それだけ伝えると、シルヴィは再び前を向いた。
彼女の背中がどんどん遠ざかっていく。
「悪趣味な鎧は嫌いだよ!」
馬が身に付けていた鎧を脱がせながら、地を駆けるシルヴィ。
それを見ながらつぶやくイレーネ。
「あら、お友達に逃げられちゃったみたいね」
「別に構わないよ。それよりも…」
「なにかしら」
「早く始めようじゃないか」
「ふふ、そうね」
剣を構えるリオン。
それに対し、イレーネは一切構えを取らない。
まるで、リオンの動きを観察しているようだ。
「(一体何を考えている?)」
リオンは相手の出方を伺う。
一方、イレーネは余裕の笑みを浮かべたままだ。
イレーネはしばらくリオンを観察すると、ようやく口を開いた。
それは、リオンにとって意外な言葉だった
「あなたがルイサちゃんの兄なのね」
「!?」
思わず動揺するリオン。
なぜなぜそのことを今、言う必要があるのか?
しかし、今はそれを気にしている場合ではない。
目の前にいる女を倒すことが最優先事項だ。
「…だったらどうした」
「ふふふ…」
軽く笑うイレーネ。
彼女は何も答えない。
しかし彼女の魔力、それからは何か妙な物を感じる…
「(この魔力の波動は…?)」
イレーネの魔力には、どこか見覚えがあった。
どこで見たのか、いつ感じたのかは思い出せない。
ただ、この魔力を知っている気がした。
彼女の実力は不明だが、おそらく自分よりも格上だろう。
油断すれば一気に形勢を逆転されるかもしれない。
それに、今は一対一の状況だ。
ガ―レットが介入してくる可能性は低いはずだ。
ならば全力で戦える。
「ふふふ…」
「何故笑う」
それが不思議だった。
リオンが知る限り、戦いの最中に敵が微笑むことなど無いからだ。
むしろ隙だらけに見える。
だからこそ、余計に不気味だった。
そのリオンの考えを見透かしたかのように、彼女は言った。
そして、その笑みはますます深くなる。
まるで、勝利を確信したかのような表情だ。
「嬉しいからよ」
「何が」
「だって、やっとあなたと会えたんですもの」
「だから、なんの話をしている」
「わからないの?」
そう言うと、彼女は両手を広げた。
すると、周囲に暴風が巻き起こり、周囲の木々が大きく揺れ動く。
そして、彼女は言った。
その一言は、リオンにとっては信じられないことだった。
「この私の魔力に覚えはないかしら?」
「魔力…!?」
この感覚、やはりそうだ。
間違いない。
イレーネから感じる魔力は…
「ルイサとよく似ている…!」
そう、妹であるルイサのものだ。
しかし一体何故なのか。
どうしてイレーネがルイサと同じ魔力を持っているというのだろうか。
いや、そもそも…
「…ガ―レット」
「どうした?今は勝負の途中だろ?」
「ルイサはどうした?」
リオンはガ―レットに言った。
そうだ、ルイサがいないのだ。
今はガ―レットと一緒にいるはず。
少なくとも、リオンの認識はそうだった。
リオンのその問いを聞いたガ―レットは、笑いながら答えた。
「ああ、あいつか。死んだよ。殺したんだ」
あまりにもあっけなく、そして簡単に言い放つガ―レット。
そんな彼の言葉を、リオンは信じることができなかった。
ガ―レットは続ける。
その表情は愉悦に満ちていた。
まるで、おもちゃで遊ぶ子供のように無邪気だった。
「まあいいじゃねえか、あいつはお前を裏切ったんだからさ」
「…」
「まあ、俺としてはもっと楽しめると思ったんだがな」
リオンは何も言わなかった。
言えるわけがなかった。
そんなリオンを見て、イレーネが彼に話しかける。
それは、リオンにとって信じたくない言葉だった。
まるで、呪いの言葉のように聞こえた。
イレーネは楽しそうな声で話し始めた。
まるで歌うように、優しく語り掛ける。
「私はね、ずっと会いたかったの。あなたにね…」
「何を…」
「ルイサちゃんが『最期』に呼んだ、あなたにね…」
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