第五十六話 ガーレットの逃亡
リオンたちがリスター国を訪れているその頃。
とある日、執事に命令し、茶の準備をさせるイレーネ。
広い部屋にイレーネはいた。
執事が持ってきた紅茶を口に運ぶ。
以前はルイサと共に飲んでいたが、今は違う。
部屋にルイサの姿は無い。
「ふふ…」
しかしルイサが消えてしまったわけでは無い。
イレーネはそう考えていた。
自身の身体の中にいる、と。
その時…
「つッ…!」
一瞬、イレーネの右手の動きが止まった。
思わず茶を落としそうになるも、何とか落とさずに済んだ。
どうやら、まだルイサの魔力が完全に身体に馴染んでいないらしい。
「まだ僅かに、あの子の意識の残滓を感じる…」
茶を置き、思い切り右手を握りしめる。
そして手を開く。
この動作を何度か繰り返すイレーネ。
と、そこに一人の執事が部屋に入ってきた。
彼はイレーネにあることを告げた。
それを聞いた彼女はある事を彼に伝えた。
「わかったわ。ガ―レットにも教えてあげてね」
「はい」
執事が部屋を出る。
一人になったイレーネは再びティーカップを手に取る。
そして再び口へ運んだ。
彼女の表情には笑みが浮かんでいた。
その笑みはまるで……
獲物を見つけた蛇のように怪しく、不気味だった。
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一方その頃。
メリーランはこの屋敷の別館で一人、休んでいた。
執事が持ってきた食事を静かに食べ、部屋に置かれていた本を読む。
たまに散歩に行く。
この屋敷に来て数日、そんな生活を続けていた。
「暇ですね…」
彼女はぼんやりと天井を見ていた。
しかしそんな彼女の生活は一変することになる。
「メリー、いるか!?」
そう言って入ってきたのはガ―レット。
なにやら慌てているようだ。
そう思ったメリーランだったが、すぐに理由は分かった。
恐らくいいことなどでは無いだろうということは容易に想像できた。
「ど、どうしたんですか?」
「今すぐこの屋敷を出るぞ!」
「え?どうしてですか?」
「実はな…」
そう言いながら、ガ―レットは理由を語り始めた。
どうやら以前のバッシュ・トライアングルを王都に招き入れてしまったこと。
身元も分からぬ悪人を武術大会に参加させ、多大な被害を出してしまったこと。
ロゼッタを初めとする多数の女性に対する性的な被害。
その他諸々…
それらに対するガ―レットに対する処分が決まったとのことだ。
「あッ…」
これらは公式に発表されたことでは無い。
王都にいるイレーネの手の者からのリーク情報だ。
そのため、まだ『公式的には』ガ―レットに処分が決まっているわけでは無いという扱いだ。
とはいえ、すぐに彼は犯罪者としてこの国によって処分される。
「けどどこに…?」
「それなんだが、リスター国に母さんの知り合いがいてな…」
イレーネの知り合いがリスター国にいる。
リスター国でも比較的高い地位にいる者だ。
その人物に囲ってもらおうというわけだ。つまり亡命である。
だがそれは非常に危険を伴う行為でもある。
それに…
「(あの男がいるかもしれない)」
ガ―レットには不安があった。
それは以前に出会ったあの男の存在。
あの男が来る可能性は決して低くないと考えていた。
リオンだ。
しかしその不安はすぐに安心へと変わる。
今の彼には、イレーネがいるからだ。
彼女がいれば大抵の問題は解決できるだろう。
「わかりました、行きましょう」
「よし、じゃあ準備してくれ」
こうして二人はリスター国へ旅立つことになるのだった。
一方、イレーネもその準備を進めていた。
ガ―レットのやった行為は重罪だ。
たとえ息子であろうと、庇いきれるものではない。
もし仮にイレーネが匿うとしても、必ずどこかでボロが出る。
それにもし、イレーネの屋敷を調べられたら…
「そろそろこの屋敷も飽きたわねぇ…」
屋敷には若い女を殺してきた多数の証拠が残されている。
それを見つけられたらイレーネも破滅だ。
ちょうどいい機会だ、この際それもまとめて消してしまおう。
彼女はそう考えたのだ。
「準備は?」
「すべて完了しています。馬車と人手の手配、荷物や金品の積み込み…」
「さすがね」
執事たちに命じ、屋敷中に油を撒かせた。
その油に火を放つイレーネ。瞬く間に炎に包まれる屋敷。
イレーネはその光景を見ながら、静かに微笑むのであった。
それを別館から眺めるガ―レットとメリーラン。
別館は距離があるため燃えてはいない。
「屋敷が燃えていく…」
メリーランが静かに呟く。
彼女にとっても思い出深い屋敷だ。
喪失感を感じているのだろう。
一方のガ―レットは、燃える屋敷を見ながら笑みを浮かべていた。
「母さんも本気みたいだな。頼りになるぜ」
外にはイレーネの乗る馬車、執事、荷物などをのせた複数の馬と、十数人の兵士が待機していた。
彼らはガ―レットたちを逃がすためだけに集められた兵士たちだ。
いずれもイレーネに従う者たちだ。
燃え盛る屋敷を背に、リスター国を目指すイレーネ達。
ガ―レットとメリーランも、用意された馬車に乗る。
だが、その道中は平穏とは程遠いものとなるのだった。
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数日後の深夜。
焼け落ちたイレーネの屋敷。
村の者達によって封鎖されたその場所には誰もいない。
そんな場所に一人の男が現れた。
背が高く、体格も良い。
年齢は十代後半くらい。
顔立ちは整っており、髪は濃い茶色のような赤色をしている。
そしてまるで闇に溶け込んでいるような、全身黒ずくめの格好。
「ここか…」
以前、王都で崩壊した試合会場に現れたあの男。
彼は焼跡を調べ始めた。
誰もいない焼跡だ、探し物はすぐに見つかったらしい。
大した時間もかからず、『それら』を懐にしまう。
そして…
「次、だ…」
そう言い残し、彼はその場から離脱した。
その姿は夜の闇に溶け、消えていく様だった…
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