第五十五話 彼女の名はクロエ
「…」
無言でその後姿を見送る一行。
結局、あの子は一体誰だったのだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、リオンはレイナに話しかけた。
「あの、彼女が何者か分かりますか?」
「ええ、もちろんですとも」
そう言うとレイナは説明を始めた。
彼女の名前はクロエと言うらしい。
魔法学園の二年生であるという。
先ほどの話から察するにシルヴィと知り合いらしいが…
「シルヴィ、彼女とは知り合いなのか?」
「クロエ・クロエ…あッ!?」
突然大きな声を上げるシルヴィ。
どうやら彼女も思い当たったようだ。
シルヴィはというと、どこか複雑な表情を浮かべていた。
だがすぐに元の表情に戻る。
それからクロエについて語り始めた。
どうやら彼女はリオンと出会うずっと前。
シルヴィが剣術の修行をしていた頃の知り合いだという。
「なるほど、そういうことだったのか」
「うん、そうだね…」
「それで、今はどんな関係なんだ?」
「…ただの腐れ縁だよ」
苦笑しながら答えるシルヴィ。
その言葉からは、様々な感情が入り混じっているように感じた。
同じくらいの成績だったが、剣術の腕は若干シルヴィの方が上手だったという。
「あれ、そういえば…」
その時リオンは思い出した。
以前シルヴィと話した時、彼女は昔から剣の腕が低いと自虐していた。
ロゼッタとの修行や武術大会などを経て彼女は成長したのだ。
しかし、昔のシルヴィとそう変わらないかそれ以下ということは…?
「あはは、ボクは弱いままだよ」
「えっ、どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。ボクは今でも弱い。だけど少しだけマシになったんだよ」
そう言って寂しげな笑みを浮かべるシルヴィ。
その様子からリオンは理解した。
どうやらシルヴィにも色々あるようだと。
しかし、そのことを踏まえてもクロエはシルヴィに決闘を挑んできた。
理由は分からないが、恐らく彼女にとって大事なことなのだ。
「シルヴィ、大丈夫か?」
「…うん、問題ないよ」
そう言いながらも、彼女の瞳には不安の色があった。
それは仕方ないことだろう。
何故なら、相手はかつての同級生。
そんな相手ならば、当然のことである。
「心配しないでリオンくん。この勝負は必ず勝つつもりだから」
「シルヴィ…」
「だから安心して欲しいんだ」
「分かった」
リオンはシルヴィの手を握る。
するとシルヴィは頬を赤く染めた。
それから彼女は照れたような表情を見せる。
それからしばらくして、シルヴィは口を開いた。
決意に満ちた表情で――
そして数日後。
クロエの指定した決闘の日。
学園の広場にてシルヴィとクロエの剣による決闘が行われることに。
周囲には大勢の生徒達が集まっていた。
そしてシルヴィはというと、緊張した面持ちだ。
そんな彼女にリオンは声を掛ける。
シルヴィはこちらを見ると微笑んでくれた。
だが、やはり普段よりも元気がないように見える。
「シルヴィ、頑張ってくれ」
「ありがとう、リオン。絶対に勝ってくるよ」
「ああ、応援している」
そう言ってシルヴィの頭を撫でてやる。
彼女は嬉しそうに目を細めた。
しばらくそうした後、シルヴィはリオンから離れる。
「じゃあ行ってくるね」
「ああ、行ってこい!」
シルヴィは歩き出す。
そしてクロエの待つ場所へと向かった。
そしてリオン達は見守る。
二人の少女の戦いの始まりを。
「よく逃げずに来てくれたわね」
「ふん、君こそ怖くて逃げたんじゃないかと思ったけどね」
「あら、随分と言ってくれるじゃない」
クロエは不敵な笑みを浮かべる。
対してシルヴィも負けじと不敵に笑って見せた。
こうして二人は睨み合う。
周囲は緊張感に包まれていた。
「この決闘、私が勝つわ」
「へぇ、そう思うかい?」
「ええ、だって私の方が強いもの」
自信満々に告げるクロエ。
それに対してシルヴィは静かに呟く。
「…だったら試してみる?」
シルヴィの言葉を聞いてクロエは笑う。
それからゆっくりと剣を取り出した。
決闘用の木製の剣だ。
同時に周囲の空気が張り詰めていく。
そんな中、シルヴィも自らの武器を構えた。
それから両者は動き出した。
先に動いたのはクロエの方だ。
彼女は得意の剣術の定石通りに攻撃を仕掛けてくる。
だが、シルヴィはその攻撃を見事に捌いてみせた。
「ふぅん、なかなかやるじゃない」
クロエが呟く。
それから反撃に転じるシルヴィ。
しかし、クロエはそれを上手く回避した。
互いに一進一退の攻防を繰り広げる二人。
その戦いの様子を見て、周囲から歓声が上がる。
どうやら観客にとっては面白い展開になっているようだ。
「それはどうも…!」
そう言いながら、カウンターをしかけるシルヴィ。
クロエはそれを避けようとするが、僅かに反応が遅れてしまう。
結果、シルヴィの攻撃を食らうことになった。
クロエは苦痛の声を上げる。
一方でシルヴィはというと、先程までの緊張が嘘のように消え去っていた。
今の彼女は冷静である。
そしてその瞳には確かな覚悟があった。
「…ッ!」
それからシルヴィは連続で攻撃を加えていった。
クロエは必死に耐えていたが、やがて限界を迎える。
遂には地面に膝をつくこととなった。
それを見たシルヴィは勝ち誇るように言う。
「これで終わりだよ」
そして止めとなる一撃を放つシルヴィ。
この決闘はシルヴィの勝ちだ。
「…まさかここまでとは思わなかったわ」
「まだボクのことを見下す気?」
「…いいえ、もう認めざるを得ないようね」
クロエは素直に自分の非を認めた。
そして真剣な眼差しで宣言する。
そこには以前のように馬鹿にしたような雰囲気はない。
シルヴィもまた彼女の言葉を正面から受け止めた。
それからクロエは言う。
その言葉はとても力強いものだった。
「私はもっと強くなる!だから、次に戦う時は全力で勝負よ!!」
「うん、分かったよ!」
こうして二人の少女は固い握手を交わしたのであった。
二人の決闘の一部始終を目撃した、魔法学園の生徒たち。
彼らの話題の中心となっているのはシルヴィのことだった。
彼女は一躍有名人となったのだ。
リオンとしてはシルヴィの実力が認められて嬉しい。
だが、その一方で不安もある。
というのも、彼女があまりにも可愛すぎるからだ。
そのため、他の男共の目を引くことになるだろう。
これは困った問題だった。
とはいえ、どうしようもないのが現実なわけで…
結局、リオンに出来ることはシルヴィをしっかり守ることだけだ。
リオンは密かに決意を固めるのだった。
シルヴィがクロエに勝利をしてから数日後のこと。
リオンは彼女と共に街を歩いていた。
目的は買い物のためだ。
エリシアは武器の調整、アリスは薬品の調達。
リオン達が向かった先は食料品店。
そこで食料を購入をするつもりなのだ。
この町での用事も終わった。
国に戻るため、出発の準備をしていた。
ちなみにクロエは、別れる際には名残惜しそうにしていた。
また機会があれば是非来て欲しいと言われた。
おそらく社交辞令ではないだろう。
クロエはシルヴィとすっかり仲良くなったようだ。
そんなこんなで必要な物を買い揃えた後、町の外へと向かうことに。
町を出てしばらく歩いたところで、シルヴィはこちらを向いて話しかけてきた。
「ねぇ、リオン」
「何だい?」
「色々と迷惑をかけてごめん」
「気にすることはないさ」
そう言って微笑んでみせる。
するとシルヴィは少しだけ顔を赤くした。
それから恥ずかしそうに俯く。
だが、すぐに顔を上げて再び口を開いた。
どうやら何か伝えたいことがあるらしい。
なのでリオンは黙って聞くことにした。
シルヴィは話を続ける。
「ボク、本当に感謝しているんだ。君がいなければ今のボクはいなかったと思う。君がいたからボクは変われたんだよ」
「…」
「だから、ありがとう」
と言ってシルヴィは頭を下げた。
それに対してリオンは首を横に振る。
それからこう言った。
「それは違うよ。シルヴィのおかげで俺は強くなれたんだと思う」
「…」
「だから、お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、シルヴィ」
そう告げると彼女は満面の笑みを浮かべた。
その表情を見て思わずドキッとする。
だが、それを悟られないように平静を装う。
一方、シルヴィはと言うと、頬がほんのりと赤くなっている。
照れているようだ。
「えへへっ、そう言われるとちょっと恥ずかしいなぁ」
そう言いながら笑うシルヴィ。
それから彼女は深呼吸をする。
そして改めてリオンの顔を見つめてきた。
「ねぇ、これからどうするの?」
「と、とりあえず買い物を済ませよう!アリスたちも待ってるし」
と、答えてから、慌てて付け加える。
シルヴィは残念そうな声を出す。
そして、寂しそうな目を向けた。
その姿を見ていると心苦しくなる。
だが、仕方がない。
買い物を済ませ、アリスたちの元へと戻るリオンたち。
これから荒野を超え、国へと戻るのだ…
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