第五十二話 幻影光龍壊
「それで、ルイサとキョウナは?」
メルーアの何気ない一言。
その言葉を聞いて固まるリオンたち。
あの二人については、あまり話したくないからだ。
ガ―レットたちとの出来事をそのまま話すわけにもいかない。
しかし、メルーアは構わず続けた。
「二人とも元気か?」
まるで世間話をするように聞いてくる。
だが、リオンの目つきが一瞬変わったことにメルーアは気づく。
触れてはいけないことだったのか。
メルーアはそれを理解した。
「…きかない方がよかったか」
そう言って苦笑いを見せる。
リオンたちは黙っていた。
そんな沈黙を破ったのはシルヴィだった。
彼女は明るい声で答える。
それはいつも通りの彼女だった。
だから、その場の空気を変えようとしたのかもしれない。
「り、料理まだかな?ボク、ちょっと聞いてくるよ」
そう言って店のカウンターへ尋ねに行くシルヴィ。
メルーアはそれを見てふっと笑って見せた。
だが、すぐに真剣な顔に戻る。
今度はエリシアに向かって話しかけた。
リオンの隣に座っている彼女に。
そして、こう尋ねた。
「なあ、エリシア。少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「うん、何?」
エリシアは首を傾げながら答えた。
すると、メルーアは彼女の瞳を見つめながら尋ねる。
「お前さん、何か悩んでないか?」
エリシアはきょとんとした表情で見返す。
何を言っているのだろうかと不思議に思っているようだ。
「悩み?」
「ああ、そうだ」
「別にないけど…」
エリシアはそう言いながらも考え込むように俯く。
だが、やはり心当たりはないらしい。
メルーアはしばらくその様子を観察していた。
だが、エリシアが嘘をついている様子は無いと判断したのか、ふうと息を吐いてから立ち上がった。
「まあいいか。わからないなら別にいいさ」
「どういう意味だ?」
「なんでもないさ」
メルーアの言葉。
それが何を意味しているのか分からず、リオンは眉根を寄せて首をかしげた。
一方で、シルヴィが料理を持って戻ってきた。
彼女が持ってきた料理は以下の通り。
獣肉の盛り合わせソテー。
くず肉と野菜のスープ。
内臓と豆の煮もの。
固いパン。
以上である。
この店では比較的安価なメニューだ。
しかし栄養は満点で味もよさそうだ。
「おお!うまそうじゃないか!」
メルーアは嬉しそうな声を上げて席に着く。
早速食べ始めた。
「うーん!うまい!」
幸せそうに頬張る彼を見て、リオンたちも食事を始めた。
まずはスープを一口飲む。
「うん、おいしい」
アリスが満足そうに呟く。
次にメインディッシュの肉を食べる。
柔らかくとてもジューシーで美味しかった。
匂いが少し気になるが、獣肉などそんなもの。
慣れれば気にならなくなる。
エリシアも気に入ったのか、先ほどより食べるペースが速くなっている。
そんな中、メルーアも食を進めていた。
一皿目を平らげると、すぐさま二皿目に取り掛かる。
かなりの大食いだ。
「メルーア、よくそれだけ食べられるなぁ」
「え?そうか?」
「そういえば昔から食べるの早かったよな」
「ははは、そうだな」
笑いながら次の料理を口に運ぶメルーア。
リオンもそれに合わせて食事をする。
アリスとシルヴィはゆっくりと味わいながら食べている。
この二人の性格が表れていた。
エリシアはというと、既に三皿目に手を付けている。
最年少の少女であるが、地味に本当に凄い食欲だとリオンは思った。
「ところで、お前らはこれからどこへ行くつもりなんだ?」
「ああ、俺たちは…」
メルーアの問いに対して、リオンは自分たちの目的を話した。
荒野と砂漠を超えた先にある国。
『リスター国』、その国にある魔法学園に手紙の入った小包を届けるということを。
それを興味深そうに聞いていた。
「へぇ~」
メルーアは感慨深いといった感じで腕を組んでいる。
そして、少し間をおいてから話し始めた。
「それより、早く食わないと冷めちまうぞ」
そう言われて慌てて料理に手を付ける三人。
エリシアも落としてしまったスプーンを拾い上げ、再び食べ始めた。
その後、食事を終えた彼らは店を出た。
メルーアとはここでお別れだ。
少し寂しさもあるが、旅人同士の再開などこんなもの。
「じゃあな、お前らと会えてよかったよ」
「ああ、こっちこそ楽しかったよメルーア」
「またどこかで会うかもしれないな」
「かもね」
メルーアの言葉に同意するリオン。
確かに不思議な縁があるものだと思った。
「それと…」
メルーアはエリシアの方を向く。
彼女の目を見つめながら言った。
「何かあったらいつでも言ってくれ」
エリシアはその言葉を聞いて首を傾げたが、やがて笑顔を見せる。
「うん!」
元気よく返事をする彼女に、メルーアも微笑んで返した。
こうして彼らと別れる。
と、その時…
「いたぞ!アイツらだ!」
「ボスの仇だ!全員やっちまえ!」
以前、リオンが倒した盗賊集団。
ベルドアの一味が武器を手に襲ってきたのだ。
その数は五十人以上。
以前よりも人数が増えている。
恐らく周囲の別の盗賊団と組み、復讐しに来たのだろう。
「あいつら、以前の!」
「知り合いか?」
メルーアが尋ねる。
それに対し、リオンが簡単に説明した。
説明を聞いたメルーアが軽く笑いながら言う。
まるで何かを楽しむかのような笑みを浮かべながら。
「リオン、ここは任せてくれないか?」
そう言ってメルーアが前に出る。
余裕の笑みを浮かべていた。
その様子から察するに、自分の力を試したいようだ。
メルーアの強さがどれほどのものなのか興味があったリオンは了承する。
「わかった。だけど、殺さないようにしてくれ」
「了解だ」
メルーアが構える。
それを見て、相手も一斉に襲いかかってきた。
「死ねえ!」
「ぶっ殺してやる!」
叫び声を上げながら迫る男たち。
それに対してメルーアは、静かに呟いた。
瞬間、彼の姿が消える。
いや、消えたように見えただけだ。
実際には一瞬にして相手の前に立ちはだかったのである。
そして、勢いよく拳を突き出した。
「『幻影光龍壊』ッ!」
その声と共に、魔力で形成された龍が放たれる。
轟音と衝撃が周囲に響き渡った。
それが収まった時、そこには気絶した男達の姿しかなかった。
メルーアが振り返り、こちらを見る。
相変わらず笑みを浮かべていた。
だが、先ほどの笑みとは明らかに違う。
獲物を狙う肉食獣のような鋭い視線だった。
それに気圧されたのか、アリスとシルヴィは怯えている。
エリシアだけは目を輝かせて見ていた。
「なあ、リオン…」
唐突にメルーアが話し出す。
「このメルーアは強くなるために旅をしている」
「ああ」
「そのためには強い敵と戦いたい。お前みたいにな」
「メルーア…」
「もっと強くなりたい。誰にも負けないくらいな」
彼の言葉を聞き、リオンはあることを思い出す。
それは遠い昔、自分がメルーアと戦った時に感じたことと同じだ。
子ども同士のけんかでしかなかったあの頃。
あのころから随分と遠くへと来てしまった。
しかし、自分とメルーアは何も変わらない。
そう感じるリオン。
「リオン、世界は広い。こんなところで終わるんじゃねぇぞ」
「ああ、わかっているさ」
「いつか世界を目指せ、リオン」
メルーアはそれだけを言うと、踵を返して去っていった。
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