至福の瞬間
「はあああ……美味しそう……」
もう何分ショーウインドウの前にいるだろうか?
大人気スイーツ店千石屋の厳選フルーツの山盛りスペシャルパフェ。
お値段税込み5千円なり。
それもそのはず、使われている素材は、ぶどう界の貴婦人「シャインマスカット」に、イチゴ王国の新星「スカイベリー」、柑橘界のサラブレッド「せとか」など、5千円でも安いと感じてしまうラインナップ。
一日限定15食なので、オープンと同時に売り切れてしまうという人気っぷりだ。
「パフェラーとしては絶対に食べないと」
そう思ってはいるのだが、先立つものが無い。
紙幣の入っていないお財布を眺めてため息をつく。
逆さにしようとも、二重底を疑っても無いものはないのだ。
さらに言えば、最近外出が減った影響でお腹周りも気になっている。
「仕方ない……バイトでもするか」
店先を離れようとした日和の目に、あるポスターが飛び込んできた。
『千石屋宣伝用イメージモデル募集のお知らせ』
日和の目はある項目に釘付けになる。
「な、なんですって!? 厳選フルーツの山盛りスペシャルパフェを使って撮影あり?」
実は日和は子役モデルとして活躍していた過去がある。
少々体型を戻す必要はあるが、募集要項に親しみやすい一般女性、美味しそうに食べる方とある。
素人限定のようだし、今は現役ではないのでセーフだろう。
「ふ、ふふふ、これはバイトしている場合じゃないわね」
その日から過酷なダイエットと運動、オーディションに備えて演技のリハビリ、面接のシミュレーションが始まった。
一か月後……
見違えるようなスタイルを取り戻した日和はオーディションに臨んだ。
大好きなスイーツを封印してきた日和にとって、あわよくばなんて気持ちで参加してきた者どもなど敵ではない。
「先生……厳選フルーツの山盛りスペシャルパフェが食べたいです……」
魂の叫びと本気の涙に審査員もガチで引いているが、これぐらいのインパクトを残さなければ合格できないのだ。
「おめでとうございます。今から撮影大丈夫ですか?」
日和は見事に合格した。
正直モデルなんてどうでも良い。厳選フルーツの山盛りスペシャルパフェが食べたいのだ。
そう、一秒でも早く。
「はい、もちろん!!」
誰もがつられて笑顔になるような満開の花が咲く。
「メイクしますね~」
パフェパフェパフェ……あああ、メイクなんかいいから早く食べさせて!!
「衣装合わせお願いします~」
パフェパフェパフェ……あああ、服なんていいから早くパフェを!!
「ちょっとだけインタビューを……あ、あの日和ちゃん?」
「パフェパフェパフェ……ぶつぶつ」
心ここにあらず。
おそらくパフェ食べ放題の世界に異世界転生しているのだろう。
「さ、先に撮影をしようか?」
「パフェですか!!」
「あ……うん」
ようやくパフェが食べられると、にっこにこの日和。
ところが……
「…………あの? これは一体?」
撮影が始まってすぐ、日和の表情がこわばる。
「ん? 何って厳選フルーツの山盛りスペシャルパフェだけど?」
「これって偽物じゃないですかあああ!!」
日和の温和な顔が夜叉、羅刹もかくやと豹変する。
「ひ、ひぃっ!? あ、ああ、本物だと撮影している間に溶けちゃうからね」
高級カメラを落っことしそうになるカメラマン。
「駄目です!! 本物を使ってください、お願いします」
「し、しかし……」
「大丈夫です、絶対に一発で最高の笑顔をお見せしますから!! こっちは命懸けているんです、遊びじゃないんです!! あなたもプロならわかるでしょうが!!」
「お、おおう……何でそこまで」
「は、早く……私が何とか理性で抑え込んでいる間に……長くは持ちません……ぐわああああ!?」
「わ、わかった!! は、早くパフェを!! 大至急だ!!」
「にゃはあああ……至福なのです~♡」
撮影は大成功。
日和の至福の表情が話題となり、千石屋のパフェは売り上げが前期比三倍になったとか。
「…………人気すぎて売り切れってどうなってんのよおおおお!!!」
日和の絶叫がこだまする。
自業自得である。
ノベルアップ+内での自主企画ではありますが、企画主のますこさまから、快く転載許可をいただきましたので、こちらにも投稿させていただきました~(*´▽`*)
イラストからお話を生み出す企画、とっても楽しかったです。