4,騎士の誓い
「小指、曲がらないよね?」
「っ……!!」
ついに少女の頬にはつぅっと涙が筋をつけた。
小刻みに震える身体は少年を全身で拒絶しているようで、哀れにも見える。
けれど、少年はさらに少女の頬にするりと手を伸ばした。
「ここ、怯えた表情の時にも動いてない。皮下で石化症が進行してる。小指も、骨が少しずつ石化してる」
そう言われてみてみれば、他の指は軽く曲げられているのに小指だけはピンと伸び、引きつった少女の表情は確かに非対称で頬の一部の筋肉がうまく動いていないように見えた。
少年はふぅっと息を吐くと、立ち上がり奴隷館の主を見すえる。
「商品価値が下がると酷い目にあうから何も言えなかったんだと察します。……アルバートさん、僕は真っ当な商売をしている方には何も言いません。でも、ここの館は違うみたいだ」
少年が空中にぐるりと大きな円を描くと、空間が歪み円の中から城下警邏隊がなだれ込むように出てくる。
おそらく空間魔法の一つである転移魔法だろうそれの、流美な魔素の流れと綿密な魔法構築の素晴らしさ、さらには詠唱も陣も無しに高度なはずの空間魔法を使ってしまえる凄さに、リリーは大きく目を見開いたまま固まってしまった。
その姿はまさに父そのもの。
早鐘を打つような心臓の音、噛み締めた唇からは鉄の味化する。
偉大な魔導師として名を馳せるも国に裏切られ殺された父と、少年がどうしても重なって見えたリリーは、震える指先で少年の服の裾を掴んだ。
「? どうし……あぁっ、唇から血が!」
慌てた少年はリリーの口元に自分の袖口を当てるが、リリーは跪きその手をそっと持ち上げて自分の額へ押しつけた。
相手の指先を自分の額へ頂くその行為は、我が身を全て捧げる騎士の誓い。
燃える髪を持つ母が、死んだ父の手を取り誓っていた姿をなぞるように、リリーは少年の指を額へと付けたまま動かない。
「あの……これは……」
困惑した少年に、城下警邏隊の一人がそっと意味を教えてくれた。
眉を下げた少年は、リリーがなぜ唐突に自分に誓うのかが分からずオロオロするばかり。
「許すと仰ってあげなさい。彼女はカズマを真の主としたいようだ」
「ヘイゼルさん……でも……」
「この館は閉鎖されても奴隷たちは他の館へ移動されるだけだ。そうしたら彼女は君に会えなくなる」
リリーの肩が跳ね、さらに強く額を押し付ける。
その様子を見て、少年は小さな声で呟いた。
「……許す」