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異世界転移者の娘  作者: へち
序章
3/4

3,奴隷と少年

 リリーは肌寒さに身体を震わせ、閉じていた瞼を持ち上げる。

 のろのろと天井付近にある小さな窓に視線を向けると、鉄柵の隙間からぱらりと雪が落ちてきていた。


「はぁ……寒いはずだわ」


 腕を擦りながらできるだけ小さく体を丸める。

 擦り切れだらけのシャツは薄く、肌を刺すような気温は容赦なくリリーの体温を奪っていく。


「かえりたい……」


 あの頃に。自分の一番幸せだったあの幼い頃に帰りたい。

 何度も夢想しては現実との対比に絶望し、リリーの瞳は色を失っていった。


 ここは、地獄のようだ。


 顔の造形や魔力など、等級により区切られた檻は、けれども奴隷の性格は考慮されていないせいか諍いが耐えない。

 特に、入ってきたばかりの新人や奴隷落ちしたばかりの者は狙われやすく、古参の奴隷がいじめのようなことをする。

 食事は三日に一度、葉屑の浮いた薄いスープと固いパンのみ。水は瓶の中に入った雨水で、夏場は腐ってどろりとしている。

 誰も彼も死んだ目をして、ひたすら俯いて座るか寝ている。

 排泄は垂れ流しで、檻の中は常に異臭が漂っていた。


「Bの16、17、18、こちらへ来い」


 ガチャリと鳴る鉄扉の開く硬質な音と共に、男の声が檻の中に響く。

 18と書かれた己の手枷を見て、リリーは檻の前へと進んだ。


「手間をかけさせるなよ」


 冷たく言い放つ男に連れられて、雪の積もる外へと出されたリリー達は、頭から水魔法をかけられる。

 身を切るような冷たさに小さく唸ると、男はふんと鼻で笑った。


「客の前へ連れて行く。その前に着替えないとな。ほら、その汚物だらけの汚ぇ服を早く脱げ」


 思わずリリーの頬にかっと朱がはしる。

 リリーは16歳、他の2人もそう年は違わないように見える。

 けれど、ここは奴隷館であり自分は奴隷だ。口答えは許されず、言われたことはすぐに実行しなければならない。

 羞恥に顔を歪ませながら衣服を全て脱ぐと、全裸になったリリーは唇をぐっと噛んだ。


「ふんっ、女としての価値もない。着替えは舘の中だ。ほら、早く入れ!」


 手枷に繋がった鎖を引かれ、転びそうになりながら館の中へ入ると、シンプルなワンピースが3枚乱雑に床に投げ捨てられていた。

 それを慌てて引っつかみ、まだ濡れた肌の上から着る。

 髪からはぽたぽたと雫が垂れ、歯の音が合わずカタカタと震えるが男は一切お構い無しに再び鎖を引き、客のいる部屋まで連れて行かれた。


「失礼します。条件に合う三人を連れて参りました」


 扉を開けて一礼をすると、男は一人ずつ奴隷を紹介していく。

 リリーの番になり、一歩前へ進むと客である少年の顔が見えた。


「リリー、16歳。先の戦争で戦災孤児となり孤児院経由でこちらに来ました。魔力は中級ですが四大魔法の他生活魔法と時魔法が使えます。本来ならA級に出せる程の能力ではありますが、ここに傷があるためB級となったお買い得な奴隷です」


 男は下着もつけていないリリーの服を遠慮なく捲ると、あるはずのものが無いその右胸を叩いた。


「なっ?!」


 少年は耳まで真っ赤にして素早く腕で顔を隠すと、小さく「しまってください」と声を揺らす。

 その態度に、リリーは何故か父の面影を重ねた。


「カズマ様へのお礼ですから、好きな者をお選びください」


 少年の横に立っている恰幅の良い奴隷館の主は、焼きごてを火鉢に入れながらニコニコと笑う。

 少年はリリーをちらりと見て再び耳を赤くし、パクパクと唇を動かしてはふうっと息を吐いた。


 カズマ……語感の似たその名前に、リリーはそわそわとした居心地の悪さを感じる。

 もしも父が今の自分を見たらどう思うだろうか、そう考えてぶるりと身体が震えた。


 伏せていたはずの目が、自然と少年を見つめてしまう。

 父に似た名前を持つ少年に、助けて欲しいと願ってしまう。


 そうしているうちに少年は、意を決したようにリリーの隣を指さした。


「あの……彼女……」


 ふっと視線がまた地面を見つめ、自分が期待していたことに小さくため息をついた。

 もう何度も願ったし、裏切られてきたではないか。願いなんてなんの意味もない。裏切られるだけのもの。

 リリーは再び薄暗く寒く異臭のする地下へと戻され、死んだように身動きも取らず日々を過ごすのだ。

 自分勝手な期待を裏切られ傷ついたと思ったその時、少年は意外な言葉を口にした。


「彼女、呪われているみたいですよ。早く治療しないと大変だ」

「へ?」


 館の主は間抜けな声を出すと、視線をリリーの隣へと向ける。

 指をさされた少女はびくっと肩を跳ねさせて後ろへ後ずさった。


「まさか……身体検査はちゃんと行っているはず。そうだなヤコブ?」

「はい! 先程も全裸にして……」


 ただ水をかけて裸にしただけだ。詳しく何かを見られたわけじゃない。

 リリーの横の少女はまた一歩後ずさると、ヘナヘナと力なくその場に座り込んでしまった。


「言えなかったのでは?」


 少年は少女の前まで歩み寄ると、両膝をついて少女の手を取る。

 そのあかぎれだらけの手は特に石化してる風でもなく、呪いと言われてもいまいちピンとくる症状は出ていないように思えた。


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