1.過去の記憶
父様はこことは違う世界の人だと聞いた。
父様のお話はいつも不思議で面白くて、私は父様のお話が大好きだった。
「いいかリリー、よく見とけよ。ファイアーボール!」
父様がかざした手から、勢いよく炎の玉が放たれる。
それは目にも止まらぬ速さで遠くの岩にぶつかり、その岩を粉砕してみせた。
「父様すごい! リリーもやる!」
父様の真似をして手のひらを前へと突き出す。
魔力を手のひらへ集めるとちりりとした鈍い感覚があり、少しずつ手のひらが熱くなる。
「ふぁいあぼー!」
父のように勢いよく炎の玉を出すつもりが、手のひらからは指先ほどの炎がぽわんと現れ煙とともにすぐに消える。
これではロウソクの火と同じだ。しかもすぐに消える。
私は眉を八の字に曲げて父様を見た。
「ふはっ。今晩からロウソクはリリーに灯してもらおう」
悪戯っぽく笑う父様は、膨らまして見せた私の頬をつんつんとつついてから頭を撫でてくれた。
「父様、リリーも父様みたいにすごい魔導師様になれるかしら?」
「きっとなれるよ。俺の子だからね」
それから父様は、沢山の魔法を教えてくれた。四大魔法に時魔法、生活魔法、付与魔法。
ゆっくりと丁寧に、私が気になったことは噛み砕いて説明しながら実演して見せてくれる父様の顔はとてもキラキラとしていた。
「いいかリリー、四大魔法は火、水、風、土の属性の事だ。そしてこの四大魔法は組み合わせ次第で氷や雷魔法にすることができる」
片手に水の玉、もう片手に手のひらに収まる小さな竜巻を出してみせた父様は、それをぎゅーっとくっつける。
すると両手の間に氷塊が生まれ、それを私に持たせてくれた。
氷塊は冷たくて、真夏なのにとても気持ちがいいなぁなんて思いながら、浮かんだ疑問を口にする。
「ねぇ父様、炎の玉の時は叫んでいたのに、どうして水の玉と竜巻は勝手に父様の手のひらに出てきたの?」
「あー……えっと、何となく技名言った方がカッコイイ気がするじゃん? 別に名前を叫ばなくても出せるんだよな、実は」
右手を突き出すとボボッと音を鳴らして、炎の玉が出現する。
大きくなってから知ったけれど、本当は詠唱破棄のすごい事をして見せているなんてこの頃は全然知らなかった。
冷たい氷塊を父様に返すと、父様は今度は竜巻で氷塊を削っていく。そして大きく手を振ると、ぱぁっと雪が舞い落ちた。
「綺麗……」
「今度はかき氷にして食おうな!」
「うん!」
父様の出す魔法は不思議で楽しい。時魔法は時間を止めたり遅くする魔法で、私の口元にスローの時魔法をかけた父様はにんまりと笑って指先に小さな火を灯す。
「リリー、これは四大魔法のどれだ?」
「ふぉーのーぉーーー、あーれぇーなーにーこーれー? とーとーさーまーとってぇーーー」
紡ごうとする言葉がやたらとゆっくりで、半ば泣きながら父様をポカポカと殴る。
父様は私の唇に指先をちょんと触れながら大爆笑だ。
「いひっいひひっ! これめっちゃ面白いな!! いひひっ!」
目に涙まで浮かべる父様に怒って、私はふんっと後ろを向いた。
「もう! 父様なんて知らない!」
「ごめんってリリー、ほら、面白いもんを見せてやるから機嫌直せ」
そう言った父様の方を振り返れば、父様は自分の足元にスピードの魔法をかけて高速で足踏みをしていた。
「んふっ……んふふふっ!」
「っだぁ、俺体力無ぇんだよっ」
ぜぇぜぇと息を切らせる父様はクリーンの魔法を自分にかける。
これは汚れや汗を綺麗にする、父様が考えたオリジナルの魔法だ。
「ふぅ。いいかリリー、生活魔法ってのは俺が編み出した魔法で、とても便利な反面とても危ないものもある」
指で空中に四角を描いた父様は、その中に石を投げ込む。するとその石は地面へと落ちずにどこかへ消えてしまった。
「これはアイテムボックスって生活魔法だ。物を魔素に変換して保存しておく魔法で、取り出す時は元の形に作り替える」
もう一度四角を描いた父様がその四角の中に手を入れると、さっき入れた石が出てきた。
けれど、父様の指には魔素の揺らぎを感じて何だかそわそわとする。
「今のを感じたのか? さすが俺の子だな! そう、これは生き物も魔素に変換してしまう。つまり俺がこの中に入ってしまったら俺は魔素として大気に溶け、二度と戻れない」
「ひうっ……」
想像するだけで恐ろしくて、私はスカートの裾をぎゅっと掴んでイヤイヤと首を振った。
そんな私を、父様は宥めるように優しく撫でる。
「頭さえ入れなきゃ大丈夫。魔素から変換するだけだからな。だからリリーには約束をして欲しいことがある。生きているものをこの中には入れない事。いいか?」
「うん、絶対入れない!」
こくこくと首を振って見せたが、あの時私はアイテムボックスなんて魔法は二度と使わないと決心していた。
おかげで今では荷物は付与魔法を施した鞄に詰め込むリュックスタイルが定番だ。
「さて、じゃあこの石に付与をしていこう。そうだなぁ……『クール』っと、あ、字が汚くなった……石に掘るのはなかなか難しいな」
土魔法で固い棒を作った父様は、小さな石にクールの文字を彫って両手で包み込むように握ると、呪文を唱えた。
「エールをキンキンに冷やせるクールを付与する! ふんっ!」
呪文じゃなくて父様の欲望がダダ漏れてるだけだった。
父様が両手のひらを開くと、クールの文字が僅かに虹色に光る冷たい小石が出来上がる。
触れてみると確かに冷たくて、先程作ってくれた氷塊のようには溶けない氷のような小石だ。
「こうやって付与したい物に付与したい魔法を彫り込んだり縫い込んだりして魔素を流してやると起動する。定期的に魔素を流さないと効果が消えていくから気をつけろよ。さー今日は冷たいエールが飲めるぞー!」
けれど、この小石は父様が使う前に母様に取られてしまって、やっぱり父様のエールはぬるいままだった。