【没ネタ供養】スミレの悲劇
「で、話を戻そう。我が友はなぜ、夜中にラティーの籠を抱えてフォルトラを走らせる必要があったのかな?」
「彼女が困っていたんだ。……随分と趣味の悪いご主人様のせいでね」
「なるほど。まあ今の所は、概ね前向きに応援してあげるよ。君の度重なる欠席だってフォローしてあげてるんだし」
「ヴァーリス……」
「ただし僕は君の友達でもあるが、一応主君でもある。第二のスミレの悲劇を起こらせるつもりはないからね」
「……スミレの悲劇?」
「本当に人のことに興味がないなあ。ファントマジット魔法伯の次男が、メイドと駆け落ちした話だよ。二十年ぐらい前になるかな」
(二十年前なら覚えているわけがないし興味がなくて当たり前じゃないか)
「アレは一応、跡継ぎじゃなかったから出て行かれても勘当だけで済んだんだ。お前はただでさえジェルマーヌ公爵家の嫡男な上に、顔面凶器の傾国兵器。くれぐれも逃亡劇は繰り広げてくれるなよ。さすがの僕でも笑っていられない事態になるからね」
「それがなんで、スミレの悲劇なんだ?」
「ファントマジットの貴色がスミレ色なのさ。それも魔法伯だから、魔法を使うときだけ目の色が変わる家系だった。長男は母方に似て、紫の目を継いでいたのは弟の方。おまけに病弱で、先代魔法伯は大層溺愛していたんだそうだ。だからこそ、メイド風情と手を取ったことがどうしても許せなかった。……まあ、すぐ音を上げて帰ってくると思っていたようだがね」
(魔法を使うときだけ紫色に変わる目……)
「駆け落ち後はどうなったんだ? 悲劇と言うことは……うまくいかなかったのか」
「夫婦仲は睦まじかったそうだよ。一子にも恵まれた。が、やはり持病持ちの温室育ちにはさ。働き続けないと生きていけない環境はいささか過酷すぎたんだ。数年後、妻子を残したまま、呆気なく過労死してしまった」
「それが悲劇か」
「いんやさらに続きがある。悲しみに暮れる魔法伯は、息子を奪った元メイドのことは相変わらず憎んでいたが、忘れ形見のことは気にかけていた。どうやら父親から貴色を受け継いでいたらしくてね。だから孫だけなら引き取ってやってもいいと、困窮しているはずの女に打診した。しかしこれが逆効果。我が子を取り上げられることを恐れた女は、行方をくらましてしまった。そしてようやく足取りをつかめた時には……死んでいた。あの頑固な年寄りもさすがに相当後悔したそうだよ。自分が追い詰めなければ、と」
「……子どもは?」
「消息不明。ファントマジットはまだ捜索を続けているらしいがな。せめて生死ぐらいは――と」
「ヴァーリス。タルコーザという姓に心当たりは?」
「さて、どこかで聞いたような気もするが……ぱっとは思い出せないな。なんだ? お前が他人の名前を覚えているなんて、一体何が起こるんだ?」
「……気のせいかもしれないが、偶然と一蹴するには条件が一致しすぎていることがある」
「ひょっとしてそれは、君の初めてのお友達に関連することなのかな」
「…………」
「見えなくてもわかるぞ? 今ものすごーく嫌そうな顔をしているだろう」
「まあいい。僕が必要なら使いたまえ、ユーグリーク。僕がいつも君にそうしているように」