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子どもの関心

 涸れた井戸があるという話を聞いて来てみたら、あの子どもに先を越されていた。

 大人が5~6人で手を繋がないと囲えないような大きな井戸を一心不乱に覗き込んでいて、私が近づいても気づきもしない。


 ……いや、気付いても無視している可能性もあるか。


 なにせ王族に敬意を払わない無礼千万な子どもだ。どちらの可能性もあり得る。世話係の男は何をしているのか。


「その井戸は枯れているんだろう?」


 なんの不具合かな知らないが、近隣の複数の井戸が枯れていることが判明した。


「可哀そうにな……こんなに広範囲の井戸が枯れては近隣の住人はもう、ここを捨てるしかなかっただろう」

「捨てるの?」

「人は水がなければ死ぬんだ。当然そうなるだろう」

「かわいそうなの?」

「……それまで暮らしていた土地なんだ。思い出もいっぱいあるだろう。それを捨てなければならないんだぞ? 可哀そうだろう」

「ふーん」


 その、無感動な返事に違和感を持つ。住み慣れた家を捨てる話をしているのだ。いくら幼いとは言っても、これほど無関心なものだろうか。


「……住み慣れた土地を出ていく決断は簡単ではなかったろう。行く先も簡単には見つからなかっただろうしな。そうして迷っている間に犠牲になった者もいるのではないか? そういう時に真っ先に犠牲になるのは子どもと年寄りだ」

「なんで水がないと生きていけないんだろうねー」

「……は?」


 子どもの少しズレた疑問とその能天気な声音に、思わずポカンと口を開けて見下ろす。


「人のからだって、どうなってるんだろうね」


 そう言って、自分の体をしげしげと見詰めている。まるで、村のことなど耳に入っていなかったかのようだ。


「……犠牲になった者の中には、お前くらいの子どももいたかもしれない」

「へ? ……ああ、そっか。そうだね」

「……もし、その時お前がこの村にいたら、お前も死んでいたかもしれないんだぞ?」

「うーん? ……そうだねぇ」

「……悲しいとか、怖いとか……そういう思いはないのか?」

「うーん……でも、わたしが死ぬかどうかわかんないし……死んじゃったらどうやってかなしむの?」


 その、あくまで疑問を口にしているだけという子どもの様子に愕然とする。


 ……死というものを、自分のこととして捉えられていないんだ。


 そう分かった途端、ゾッとした。

 類稀な才能を持ち、これからも様々な動具を作り出すであろうこの子どもは、人というものにあまりに無関心だ。クァンは曲者だと言ったが、曲者どころの話じゃない。この子どもが他人に対して美しいとか美しくないとかの判断を下さないのは、平等とか内面を重視しているとかいうわけではないのだ。単純に、他人に関心を持っていない。


 ……この子どもは、この後どうなるんだ?


 神呪は危険なものだというのは王族にとってはごく当然の認識だ。便利である反面様々なことに応用が効く。この子どもが更に知識を付けて、より複雑な動具が作れるようになった時に、それを悪用されないとは限らない。この子どもが成長して尚、今のように人の命を軽んじるような人間だった場合、その影響はどこまで広がるのだろう。


「……お前は……」


 命の尊さを覚えろと言いかけて、口を噤む。無邪気にこちらを見上げるその表情は、阿呆のように見えて、だがその目の奥にはチラチラと知性がと意思が見え隠れする。恐らく、ただ表面だけなぞるように植えられた知識や価値観など、この子どもの内側の奥深くまでは浸透しないのだろう。


「…………お前の世話は、あの世話係が一手に引き受けているのか?」

「そうだよ。わたしのほごしゃなの」

「保護者って……親は?」

「おや? おやはお父さんとお母さんだよ?」


 ……つまり、両親は保護者としての役割を果たす立場ではないということだろうか。


「……あの世話係は…………」


 お前に命というものについて教えてはくれるのか、と問いかけて、どういう言い回しをすれば伝わるのか分からずに口ごもる。


「…………頼りになるか?」


 結局、こういう曖昧な聞き方になってしまう。子どもの相手などしたことがなかったので、的確な語彙が見つからない。


「うん、すごいんだよ! しんじゅもかけるし、なんでも知ってるの! それに、わたしのこと何でもわかるんだよ」


 何となく出た質問に、思いがけなく世話係への大絶賛が返ってきて、ちょっと驚き、少しムッとする。


「私だって結構知識はあるんだぞ」

「……そうかな?」

「そうだ。もしかしたら、私の方が物知りかもしれないぞ?」

「それはないよ」

「……何故そう言い切れる?」

「だって、お兄ちゃん、しんじゅ知らないじゃない」

「……くっ!」

「それに、くすりのこととかしょうばいのこととか。お兄ちゃん、知ってる?」

「……薬? 商売?」


 神呪師に全く必要なさそうな知識だ。それに詳しいことをこの子どもが知っているということは、その知識を披露する場があったということだろうか。神呪師が薬学や商売の知識を披露するという状況が全く分からない。


「ガラスのこととか、木のしゅるいとか」

「…………私だって、図鑑に載っているものなら…………」

「あと、虫のなまえとか」

「………………」


 意味が分からない。


 ……神呪師に必要な知識じゃないだろう?


「……じゃあ、私がそれらの知識を持っていたら、私の方がすごいか?」

「ううん。お兄ちゃんじゃ、ぜんぜんかなわないよ」


 ……なんだそれは。


「だって、わたしのこと、あんまり知らないでしょ?」


 ……なるほど。


「じゃあ、私がお前のことに一番詳しくなれば、私の方がすごいと認めるんだな?」

「ううん。ダンが一番」


 ……話にならない!


「言っておくが、わたしは王族の中でもかなり賢い方なんだぞ」

「おうぞくって、なんにんいるの?」

「現時点では17人だ」

「じゃあ、あんまりすごくないよ」

「研究所の神呪師はそんなに多くないだろう」

「でも、せかいにはいっぱいいるもん」

「………………」

「せかいでいちばんなの」


 そう言い放って、もう興味をなくしたように、再び井戸を覗き込む。


 ……今日は比較的大人しい、かな。


 レクスが昨日、わたしを受け止めた際に体を打ったので、今日は休みを取らせている。わたしも部屋で大人しくしている予定だったのだが、庭を横切る子どもが目に入って、思わずついて来てしまったのだ。たぶん、他の護衛が付いて来ているだろうが、レクス程親しく接しては来ない。


 ……何をやらかすか分からないからな。


 この子どもには見張り役が必要だろうに、世話係が見える範囲にいない。絶対、巻いて来たんだ。


「んしょ、んしょ。ねぇ、お兄ちゃん、あのひも取ってよ」

「うん? 桶? だが、この井戸は枯れているんだぞ。水は汲めないぞ」

「だからいいんじゃない」

「は?」


 そう言って、子どもは桶になにやら神呪を描き始める。


 ……これは、マズいんじゃないのか?


 騒動の予感しかしない。部屋に戻って人を呼んで来るべきか。


「でーきた!」


 迷っている間に、子どもが目的の神呪を描き終えてしまったらしい。


 ……しまった。


 この子どもは私の許可を待つなんてことは絶対にしない。


「何をする神呪だ?」

「とぶやつ」

「は?」


 ……とぶ?飛ぶ?この間の神呪か?だが、あれは失敗だったんじゃないのか?


「……何をする気だ?」


 悪い予感がする。


 たぶん、この子どもの答えは私の予想と合っている。


 ……予想、はずれろ!


「いどにはいるの」


 ……当たりかー!


 私は賢いのだ。私が確信に近い予想をしたら、外れることはそれ程多くない。そして、当たったことがこれ程残念なこともまた、それ程多くないはずだ。






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