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美しいもの

「できたー」


 脱力して項垂れる私を他所に、子どもが神呪を描いた枝を誇らし気に高く掲げる。


「これでね、大きいしんじゅかくの!」


 そう言って、地面にガリガリと神呪を描き始める。その姿を見てくらりと眩暈を起こす。


 ……き、木の枝で……神呪を……。


 こんな離れ業をこなすのは、絶対この子どもだけだろう。つくづく規格外、というか、奇想天外な子どもだ。


「……おい」


 いつもならスラスラと描いてさっさと作動させる子どもが、今回はやけに時間をかけている。


「んーっと……ここがばしょだから……つなげて……」


 なにやらブツブツ言いながら、一心不乱に描き続ける。


「…………おい?」


 なんとなく、いつもと様子が違う気がする。


 ……集中している、のか?


 こちらの言葉など全く耳に届いていないかのように淡々と描き続ける。もしかしたら、私の存在自体が忘れられているかもしれない。


「……お、い…………」


 再度声をかけようと、しゃがみこんでその横顔を見て、息を飲む。


 肩にかかる漆黒の髪が滑り落ちる。その隙間から覗く、神呪を見詰めて異様に光り輝く灰色の、いや、銀の瞳。


 心臓がドクンと大きくなり、一気に不規則に震え出す。


 ……え?


 頭が真っ白になって、体が硬直したように動かない。生まれて初めて味わう感覚に、ひどく戸惑う。無性に惹き付けられて、目が離せない。

 何度も何度も、美しいと言われた。自分でもそう思っている。鏡を見れば分る。私の顔の造作は美しい。だが、これはそういった類のものではない。


 ……なんだ? これ。


 相手は小さな子どもなのに。見ていると心臓が委縮し、呼吸が止まる。息をしてはならないような気さえして、頭の中が靄がかかったようにぼんやりとする。触れることも離れることも、何かを破ってしまうような感覚に陥って動けない。


 ……目、が。


 光を反射してキラキラと輝く銀の瞳が自分に向けられることなどないことを感じ、それにどこかでホッとする。人々の耳目を集めなければならない身なのに。


「……様、ナリタカ様」


 子どもの横に跪いて呆然と子どもを見詰める私の横で、ふと、私の名を呼ぶ声が耳に届く。


「ナリタカ様!」


 どこか遠くで聞こえていたその声が、突然耳元で聞こえてハッと我に返った。


「…………レクス?」


 私の隣に膝を付き、肩をガシッと掴んで、レクスが怪訝そうな顔で見ていた。


「ナリタカ様……いったいどうされたのかと……」


 レクスが大きく息を付いて手を放す。その後ろでは、アルナウトが同じように安堵の息を付いていた。


「……私は、何かおかしかったのか?」


 2人の様子に不安がよぎる。自分でもまだ少し頭が麻痺しているように感じるのだ。他人にどう見えているのか注意しなければならない。


「いえ。傍目にはただ子どもと話しているように見えていたと思います。ですが……違いますよね?」

「………………」


 レクスがチラリと子どもに視線を投げる。


 子どもの方はと言えば、私たちのやり取りには全く興味を示さず、まだ一心不乱に神呪を描いている。


「どうかなさったのですか?」

「いや…………」


 なんと説明したら良いものか、自分でもよく分からない。美しさに震えた? 気配に圧倒された? 


 ……というか、どちらにしても自分で口にしたくない。


 なんとなく、負けた気がする。別に勝負しているわけではないが。


「…………なんでもない。下がっていろ」

「………………はい」


 ……ただの子ども、だよな。


 立ち上がって、斜め上から子どもを見詰める。いつもはペタンと地面に座り込んで神呪を描いているのだが、今日は大きなものを描こうとしているようで、しゃがんだり少し腰を上げてみたりと、動きながら描いている。その様子は本当に、ただの子どもの絵描きにしか見えない。


「でーきたー!」


 しばらく見ていると、子どもが立ち上がって両手を空に突き上げて歓声を上げた。そこにはもう、先ほどの神々しさのようなものは微塵もない。


「……何ができたんだ?」

「んっふっふー。あのね、空、飛ぶの!」

「………………は?」


 ……今、何て言った?……空?


「お兄ちゃん、そこから力、流してみて?」

「いや、だからわたしは……」

「あ、そっか。しんじゅ使えないんだっけ。ふべんだね」

「うぐっ……!」


 以前から薄っすらと感じていたことだが、他人から言葉にして言われると結構刺さる。


 ……好きで使えないわけじゃない!


 動具が使えないと、日常生活に差し障る。なんでも誰かにやってもらわなければならないのは、身分があるとはいえ、なんだか赤ん坊みたいで嫌になることもある。


「使ったらどうなるの?」

「……王位につけなくなる」

「おうい?」

「王だ。一番偉い人で、この世界を支える役目を負う者だ」

「ふぅん」


 分かっているのか分かっていないのか分からない表情で首を傾げている。


「お兄ちゃん、王さまになるの?」

「……いや……まだ分からないが……」

「ふぅん」


 何の邪気もなく真っ直ぐに見つめて来る大きな瞳に、なんとなく目を逸らす。


 ……王位に就きたい者などいない。


 この世界を支えることに一生を捧げるのだ。同じ捧げるなら自分で何も動かせない王よりは宰相などの方がいい。


「うーん……じゃあ、わたしがやるから、お兄ちゃんちょっとここに立っててよ」

「いいが……何をするんだ?」

「ナリタカ様」


 咎めるようなレクスを手で遮る。


「だからね、飛ぶの」

「いや、だから、それが意味が分からないんだが」

「えー、なんでー?」


 怪訝そうな顔で首をコテンと横に倒す。こうしていると本当にただの子どもにしか見えない。


 ……いや、ただの子どもなら王族にもっと敬意を払うよな。


「……ハァ。分かった。じゃあ、アルナウトにやらせるからお前はこっちに来い」

「えっ、いいの!?」

「ナリタカ様!」

「最小限にしといてくれよ」


 わたしには分からないが、動具を動かす際の力は加減ができるらしい。それを最小限に抑えれば何か起きたとしても被害は最小限で収まるだろう。


「じゃあ、おじさん流してー」

「お、おじ……」


 子どもの不意を突いた一撃にアルナウトが衝撃を受けている。ちょっと留飲が下がったことはバレないようにしておこう。どんな報復をされるか分かったものじゃない。


「アルナウト」

「で、では……」


 あまりの衝撃によろめくアルナウトを促す。衝撃を受け過ぎだ。


「……え?」


 アルナウトが力を流し始めたのだろう。何か足元がざわつく気がして視線を下に向けると、ふわりと砂埃が立ち上がったところだった。


「……は?」


 砂埃はあっと言う間に足元で渦巻き、膝より下の視界を遮る。


「はぁっ!?」

「わぁーっ!」


 ふわりと微かに体が浮くような感覚がして、マズイと思った瞬間に下から猛烈な風が吹きあがる。


「ナリタカ様っ!」


 一瞬にして、地面に片手を付いたアルナウトが眼下に映る。


「う、うわーっ!」

「ナリタカ様ー!」


 ……ぐっ!


「っ!」


 体に強い衝撃が走る。耳元で微かにレクスの声が聞こえて慌てて飛び起きると、レクスが私の下敷きになって倒れていた。


 ……レクスが受け止めてくれたのか。


 ホッとした瞬間、あの子どもの存在を思い出してハッと振り返ると、あの子どもはなんとまだ上空にいた。


「キャー!」


 ……楽しそうだな。


「おい、お前それ、どうするんだ?」

「ゆっくり下ろしてー……あっ」

「……!」


 子どもが半身をこちらに向けた瞬間、子どもが空気の渦から弾き出される。


「わーっ」

「レクス!」


 息を飲んで、咄嗟に自分の護衛の名を叫ぶ。私にとって、助けるという言葉はそのままレクスを指す。


「ギャッ」

「……っ!」


 レクスが子どもを受け止める。私よりはるかに小さい体だ。受け止めるのは楽だったはずだが、顔を顰めている。どこか怪我でもしたのだろうか。


「レクス、大丈夫か?」

「ええ。ご心配なく」


 レクスは優秀な護衛だ。無茶などしない。護衛業務に差し支えると判断すればそう言うはずなので、心配するなというからには心配ないのだろう。


 ……レクスはいいとして。


「……なぜ、最初に私だけ弾き出されたのだ?」


 一応、子どもに確認する。最終的に弾かれるにしても、本来なら私もあんな風に滞空していられたはずではないのか。別に羨ましいわけではないが。


「お兄ちゃん、体が大きすぎたんじゃない?」

「大きいとダメなのか?」

「さぁ」

「………………」


 そう口にするくらいなのだから、この子どもなりに何か根拠があるのではないかと思うのだが、きちんと整理できていないのか会話にならない。


「……ハァ。もういい。今日は疲れた。戻るぞ。お前も来い」


 まだ遊ぶと言い張る子どもを引っ張って、きっちり神呪師たちに引き渡してから部屋に戻った。


 ……もう寝たい。なんなんだ、あの子ども。






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