神呪バカの子ども
あれから、私は子どもを見かけるたびに話しかけるようにしている。神呪も気になるのだが、あの子どもをそのままにはしておけないのだ。
あのずぶ濡れになった日、部屋に戻って暖かいお茶を飲みながら事の経緯を話すと、クァンは感心したように何度も頷き、アルナウトは吹き出し、レクスは驚き狼狽えた。
……いや、3人とも反応がおかしいだろう!
「ナリタカ様を見ても動揺もしないとは……相当変わった子どものようですね」
まずはクァンが口火を切る。感心するところがおかしい。
「……なんで動揺するのが普通だと思うんだ」
「あの子どもは4歳だそうです。それくらいの女児であれば、既に美しさというものに感心を持っていてもおかしくない。ナリタカ様の端麗な顔面にも心を動かさないとなると……相当な曲者ですね」
曲者なのはたしかだが、あの子どももたぶん、こいつには言われたくないと思う。
「それにしても、ナリタカ様のあの泥まみれのお姿……! 私、お仕えしてから初めてですよ。あのように小汚いナリタカ様を見るのは。ププッ」
「……ナリタカ様が悲鳴を……。剣を突き付けられても微動だにされないナリタカ様が、悲鳴を……!」
……あの子どもは周囲の者に恵まれない可哀そうな子どもだが、私の方も十分可哀そうなんじゃないか!?
3人の様子に憮然とする。アーシュがいなくて良かった。あの4歳年上の従者見習いはこの3人よりさらに私への敬意が足りない。あんな所を見られたら絶対に一生笑いものにされる。
戦闘ができず馬にも乗れないため置いてきぼりにされた年上の従者を思い出してげんなりする。
「まぁ、冗談はさておき」
「……ホントに冗談だったのか?」
「あの神呪の腕は買いですね」
胡乱気に見る私を綺麗に無視して話を進める。
「……使えると言っていいのかは微妙なところだがな」
将来有望な子どもは、できるだけ小さい内に囲ってしまう方がいい。その目的は、自分の陣営の基盤を固めるというよりは、政敵に有利になりそうな目を摘むためという色合いが濃い。
……良いものを手に入れたいのではなく、相手に手に入れさせないため、か。バカバカしいな。
恐ろしく不毛な話に思えるが、現実に目を向けると結局自分もそういう選択をせざるを得なくなる。そういう時、自分がいったいなんのために動いているのか、生きているのかという疑問にぶつかり苛立ちが増す。
「しかし、それ程の才能を消してしまうのはもったいないですからね」
「………………」
……自分で使いこなすことができなければ、敵の手に渡る前に消してしまえということか。
僅かな吐き気を覚えて奥歯を噛みしめる。虫唾が走る。
「まぁ、消す必要はないのではございませんか? 子ども同士が仲良くじゃれ合うのは良いことです」
「ナリタカ様はまだ未成年のお子様ですからね。お子様同士で多少何かあっても、大人は介入しない方が良いものです」
目の前の茶番に嫌気がさして、参加する気にもなれない。
私を子ども扱いすることで子どもの不敬は見ぬふりをすることが決定したようだが、使えないと判断した瞬間、こいつらの手の平は見事にひっくり返るのだろう。
……あの子ども、私とは関わらない方が良かったのかもしれないな。
だが、あれが敵の手に渡ると考えると、やはり放っておくことはできないわけで。
自分の存在そのものが、誰かに不幸を招くもののように思える。王族とはいったい何なのか。
「ナリタカ様も珍しくあの子どもがお気に入りのようですからね。良かったですね。子ども同士で」
「………………は?」
アルナウトのあからさまに嫌味っぽい末尾は無視することとして、先頭には無視し難い不可解な言葉が入っていた。
……お気に入り?
「誰が、誰をだ?」
「ナリタカ様が。あの神呪師の子どもを」
「………………は?」
……いやいやいや、そんなわけがないだろう。
あんな問題ばかり引き起こす子どもを気に入るやつなんかいるのか?
「だって、ナリタカ様、ものすごくキラキラした目であの子どもを探してるじゃないですか」
「………………は?」
……こいつは誰の話をしてるんだ?
誰が、いつ、目をキラキラさせて何を探していたというのか。というか、目をキラキラってなんだ。気持ち悪い。
「いやぁ、ナリタカ様の好みってあんな感じなんですねぇ。私、いろんな意味で驚いてますよ。ププッ」
「……っっっ!」
絶対におもしろがっている。揶揄われているだけだ。ここで乗ったら私の負けだ。
……乗らずに我慢しているんだ。ここは私の勝ちだ、アルナウト!
そう言い聞かせるのに、何故か敗北感が消えない。おかしい。いや、おかしいのはアルナウトだ。あいつ、自分の主が王族だという認識は持っているのか?
「……そうですね。あの時も、なんだか随分取り乱したようにあの子どもの世話を焼こうとして……」
「……レクス、それは頼むから口に出さないでくれ。というか、記憶から抹消してくれ」
駆け付けたレクスに抱きかかえられながらも、あの子どもが風邪を引くのではないかととても気になったのだ。あれだ。馬鹿な子ほど手を焼きたくなるというやつだ。
「まぁ、ナリタカ様にも子ども同士仲の良いお友達ができたということでしょうな」
「ええ。実に微笑ましいですね」
「ナリタカ様が他人の健康状態を気になさる日がこんなに早く来るなんて、思ってもみなかったですからね」
「………………」
言いたいことはあるが、これであの子どもに近づくことができる。消させるわけにもいかないだろう。今回だけは、この3人の不敬罪も受け入れてやることにした。
……覚えていろよ、3人とも!
「それで? それは何をしてるんだ?」
「しんじゅぐ作ってるの」
「……は?」
子どもは相変わらず飄々としていて、私に目をかけられることを光栄に思っている様子はない。
そして相変わらず、言っている意味が分からない。落ちていた木の枝に、まさにその神呪具で何か描いているのだ。
……神呪具を、作る?
「……作れるものなのか?」
「…………もしかして、お兄ちゃん、おバカさんなの?」
……不敬罪だろう!? これは完全に不敬罪適用だよな!?
キョトンとした顔で当然のように上から目線で来る子どもに、頬が引き釣るのを感じる。
……後ろで吹き出したお前も不敬罪だからな、アルナウトっ!
「しんじゅぐ作れなかったらしんじゅ描けないじゃない」
「いや……そういう意味じゃなく」
何を当たり前のことをとでも言うように、ちょっと小ばかにされているのを感じる。だが、これは子ども同士のじゃれ合いだ。耐えるしかない。
「神呪具が作れる神呪師は限られていると聞いたことがあるぞ」
「ああ。わたしもこの前おしえてもらったばっかりなんだよ」
「……この前?」
少なくとも、この半月程は、旅路だったはずだ。この4年しか生きていない子どもにとっての「この前」というのが何ヶ月くらいなのか予測がつかない。
「うん。きょうこうがぼんやりしてた間」
「境光が……って、つい先日か!? この旅の間でのことなのか!?」
「そうだよ」
4歳の子どもにとっての「この前」は、本当に数日のことだった。だが、神呪を習得するのは大変難しいと言われる。旅の宿でそんなにサラッと教えられるものなのか?
「誰に教えてもらったんだ? 両親か?」
「ううん、けんきゅうじょのみんな。お父さんとお母さんにはおしえてもらったことないよ」
「……ないのか?」
それは意外だった。てっきり、家族揃って神呪三昧の生活を送っているのだと思っていた。
「ダンとかみんながおしえてくれるの。それでわたしがいろいろ考えてたら、お父さんとかお母さんもいっしょに考えたりするんだ」
ダンというのはあの世話係のことだ。どうやら、ただの世話係ではなく神呪師でもあるようだ。
「でも、お父さんとお母さん、いっしょにけんきゅうしてるといっつもおいはらわれちゃうんだよ」
「……両親を世話係に追い払われるのか?」
……それは、もしやこの子どもから両親を遠ざけようとしているのでは?
やはり、この子どもは大人に利用されようとしているのだろう。誰かが守ってやらなければ。
「うん。お父さんとお母さんね、わたしといっしょにしんじゅ考えだすとお仕事したくなくなっちゃうの」
前言撤回。ただの神呪バカ家族だ。
次話は「美しいと思えるもの」です。
※タイトルは変更するかもしれません。
そして、いつ更新できるかも分かりません。すみません……。