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子どもの相手は疲れる

「……何をしているんだ?」

「え? ……きゃっ、お、お、王族の……」


 悲鳴を上げて顔を赤らめる洗濯女中のことは、はっきり言ってどうでもいい。


「お前は何をしようとしているんだ?」


 描きかけていた手を止めて、神呪具を片手にポケッと口を開けて突っ立っている子どもを見下ろす。


「ほえ?」

「……っっっ!」


 口をカパッと空けたまま、コテンと首を横に倒す仕草に、不覚にも吹き出しそうになる。


 ……その間抜け面を止めろっ!


「その樽に何かしようとしていただろう」


 2階の部屋の窓から何となく眺めていたところ、この子どもがテコテコと庭を横切るのが見えたのだ。

 慌てて追いかけてみると、裏庭で何やら洗濯女中と話し込んでいる。しばらく様子を見ていたのだが、じっと樽を見詰めていたかと思うと、唐突に神呪具を構えたので、慌てて割って入ったのだ。


「お前が道中あちこちで騒動を起こしているのは分かっている。今度は何をしようとしている?」


 そう。この子どは、小さい体で周囲に騒動をまき散らす怪物だったのだ。

 これまでは、恐らく王族である私には周到に隠されていたのだろう。だが、一度この子どもに注意が向くようになると、それはあちこちから聞こえてきた。やれ、荷車を壊しただの、包丁を呪いの包丁に仕立てただの、衣類が瞬時に焼け焦げただの。


「親が高名だからと言って何をしても許されるわけではないぞ」


 自分の言葉に苛立ちが募る。私は王族だということで特別待遇されるのだ。だからこそ、こんな風に好き勝手に振舞うことは許されていないし、それが当然のことだと思ってきた。それなのに、自分の境遇に甘んじて好き勝手に振舞うこの子どもに理不尽さを感じてしまう。


「周囲を振り回すのもいい加減にしろ」


 どうやらこの子どもには世話係がいるようで、何か問題を起こすとすかさずその世話係の男が駆けつけて謝罪し、子どもを回収していくのだ。


「お前が皆に叱られることがないのは、行いが正しいからではないんだぞ」


 苛立ちに任せてつい厳しい言葉で糾弾してしまう。だが、この子どもはそれくらい周囲に迷惑をかけているのだ。他の者が言えないのなら、私が言うしかないだろう。


「……わたし、おこられるよ?」

「は?」


 ポケッとした表情のまま子どもが言う。


「しんじゅがしっぱいしたときの話でしょ?」

「あ、ああ」

「わたし、そのあといつもダンにおこられるよ?」


 怒られることが別段悲しくも怖くもない様子だ。


「あたま、ペシッてされて、一つ一つていねいにやれって言われるの」

「………………」


 子どもの言葉に頭を抱える。


 ……それは、悪戯をやらないようにするためではなく、神呪を成功させるための助言だろう!? 


 どうやら、ダンという世話係は、子どもの悪戯を止めるつもりはないらしい。


「悪戯をされれば皆が迷惑する。特に今は旅の途中だ。逸脱した行為は厳に慎むべきだ」


 子どもの悪戯というレベルで済まされない程の騒動を引き起こすのだ。これは止めなければならないだろう。


「いたずらじゃないよ。お手伝いだよ」

「は?」


 子どもがちょっと口を尖らせて言う。


「おせんたく、めんどくさいでしょ? だから、水がかってにグルグルすればらくかなって思ったの」

「……そのための神呪を描こうとしているのか?」

「そうだよ」

「………………」


 少し、興味を覚える。

 私は次期王になる可能性があるため、幼いころから神呪からは遠ざけられてきた。神呪師の仕事を見学したことはあるが、こんな小さな子どもが目の前で神呪を描くというのだ。心が傾く。


「そもそも、なんでそんなに小さいのに神呪なんて描けるんだ?」

「え? わたしがてんさいだからでしょ?」


 ……頭を叩いてもいいだろうか。


「わたしのお父さんとお母さんはすごい人で、わたしもすごいんだって。しんじゅがかけるから、わたしもえらいんだよ」

「……自分が偉いと思っているのか?」

「だってみんなそういうもん。わたし、えらいんだよ」


 そう言って、子どもが無邪気に胸を張る。


 ……なるほど。神呪師ばかりの中でこの才能を見せつけられれば、周囲は無責任にそう刷り込むわけか。


 この子どもが暴走する仕組みが分かって来た。要するに、神呪の才能しか見られていないのだ。この子どもの内面がどう成長するかなどは、誰も気にしていないのだろう。


 ……かわいそうだな。


 なるほど。たしかに、才能があれば幸せというわけでもないのかもしれない。


「……どんな神呪が描けるんだ?」

「グルグルする?」

「………………じゃあ、やってみろ」


 好奇心に負けたようで癪に障るが、神呪にもこの子どもにも、興味を惹かれる。1度だけならまぁ、いいだろう。


「じゃあ、描くね!」


 子どもはそう言うと、樽の横にペタンと座り込んで軽やかにお絵描きを始めた。


 ……いや、神呪を描いているのか!


 その、あまりに無造作な様子に愕然とする。考えたり悩んだりするそぶりもなく、スラスラと、迷うことなく複雑な模様を編み上げていく。


 ……これは……野放しにしていいのか? 


 格が違う。


 才能なんてレベルの話ではない。比較できる者がいない。

 以前、研究所で神呪師の仕事を見学した時のことを思い出す。目の前で発火動具を作る工程を見せられたのだが、神呪師たちは少しずつ少しずつ、それこそ指一本分の長さの線を描くのですら目を皿のようにして間違いがないことを確認しながら描いていた。それがどうだ。


 ……確認は、しないのか? 


 あまりにも滑らかに指が動く。さっき描いたところを確認しながら次に描く線を調整していた神呪師たちとは全く違う。同じ作業をしているとは思えない。


「ハハ……」


 乾いた笑いが漏れる。納得する。この才能を潰してしまうことを思えば、なるほど本人の内面の成長など二の次になってしまうのだろう。


 そう思った瞬間、何かが沸騰する。腹の底から熱いものが込み上げてくる。


 ……そんなわけ、ないだろう!? 


 才能があるからこそ、本人の価値観が大事なのではないのか。この才能を、大人は何に、どう使おうと思っているのか。甘言で操り、意のままにしようと考えるからこそ、内面の成長を促さないのではないのか。


 ……自分で選ぶ自由すら、与えないつもりなのか!? 


 親はどう思っているのか。自分の子どもを、そんな風に利用しようとしているのか。そう考えて、王族も同じだと思い至る。王族の血は絶やすわけにはいかない。王族の血を引く自分は、その血を絶やさないことだけが、求められる。


 ……それでいい、わけがない……!


 唇を噛んで拳をギュっと握る。この子どもは、自分と同じだ。


「できた!」


 目の前の子どもは、私の葛藤など微塵も察することなく、能天気に喜んでいる。


「お兄ちゃん、作動させる?」

「……いや、私は神呪には触れられないんだ」

「そうなの?」


 あまりに無邪気な様子に苦笑が漏れる。周囲の大人の思惑がどうであれ、この子ども自身はまだ何も分かっていない子どもなのだ。


「じゃあ、お姉さんやってみてよ。せんたくものとせっけんをつっこんで作動させるの」


 私と子どもが注目する中、相変わらず顔を赤らめた洗濯女中が神呪を作動させる。


 ……さて、今回はどんな失敗をするんだか。


 そう思った瞬間、樽の中で水が勢いよく暴れ始めた。


「ひっ……!」

「はぁっ!?」


 まるで生き物のようにウネウネと波打つ様子を見て、洗濯女中が息を飲んで尻もちをつく。


「な、なんだ!?」


 波は次第に激しくなり、樽の縁の水面が沈む。


 ……いや……真ん中に集まろうとしているのか!


 波打っていて分かり辛いが、水が確実に真ん中で1つの塊になっている。気持ち悪い。


「あー……、ちょっと力、つよすぎたかも?」


 子どもがコテンと首を傾げた途端、樽の中心で暴れていた水が一気に吹き上がり、上級で渦を巻き始めた。

 あまりのことに思考が停止し言葉を失う。


 ……あれ……虹……?


 生み出された光の奇跡に、停止した脳が反射的に美しいなという明後日な感想を叩き出す。と、渦巻いていた水が一気に上空一面に広がり、そのまま大量の飛沫となって降って来た。


「うっわぁぁぁ!」


 叩きつける水滴に頭を押さえ、思わず悲鳴が口を付いて出る。


「きゃぁぁぁっ!」

「きゃぁあははは!」


 洗濯女中と子どもの悲鳴も聞こえる。


 ……いや、お前のそれは悲鳴じゃないだろう!? 歓声だろう!? 


 結局、神呪は失敗だったようで、全員がずぶ濡れになっただけだった。

 水と一緒に舞い上がった洗濯物は泥にまみれ、私たちも水滴で跳ね返った泥で真っ黒に汚れ、沼と化した裏庭の一画に呆然と立ちすくんでいたところを、追いかけてきたアルナウトに発見され、私は無事、清潔な部屋に舞い戻ることができた。


 ……疲れた。






次話は「神呪バカの子ども」の予定です。かなり未定です。

※タイトルは変更するかもしれません。

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