出会い
この世界は神呪で創られた。
神々の力が不規則に吹き荒れる中、偶然生まれた神人が、その吹き荒れる神力を神呪によって制御し、切り取るように創ったのがこの世界だ。
「なんで子どもがいるんだ?」
休憩のため馬動車から降りて、木陰でお茶を飲んでいると、後方の馬動車から小さな子どもが降りてくるのが見えた。これから神物を討伐しに行こうという旅には全く相応しくない、小さな女児だ。3、4歳くらいだろうか。
「研究所の神呪師の子どもだそうです」
今回の旅に当たって付けられた父の従者であるクァンが答える。元々あまり情熱的なタイプには見えなかったが、どうでも良いと思っているのが丸分かりだ。子どもに目を向けることもしない。
「ふぅん」
神呪師というのは、今も僅かに伝わるその神呪という技術を使って、人が生きていくための動具を作り出す職業だ。
私が乗ってきたこの馬動車も、馬車に神呪が描いてあるもので、御者が神力を流して作動させれば動力となる。方向などの細かい指示はできないので馬は必用だが、馬の負担を減らすことで、使い潰す馬の数は圧倒的に減らせる。
「親は高名な神呪師です。お近づきにならないよう」
私の周囲にはあまり子どもがいない。親戚なんかにはいるのだが、立場が立場なだけにあまり子どもという生き物とは接点を持たないようにと言われている。何か粗相があった時に、処罰されるのはたいがい相手の方になるのだ。
「分かっている」
私だって余計な犠牲を出したくはない。神呪には興味があるが、子どもになど興味はないのだ。
興味はないのだが、この世には不可抗力という現象があるわけで。
「……何をやっているんだ?」
遠くから四つん這いで飛び跳ねながら目の前に来られてはさすがに無視できない。が、子どもの方はと言うと、無礼にも私の問いを綺麗に無視して目の前で跳び跳ねている。
「……おい!」
「恐れながら、虫を捕まえようとしているのだと思われます」
ピョンピョンと跳ねて私の前を通り過ぎて行った子どもの様子を見て、近衛騎士のレクスが生真面目に答える。いや、レクスが特に生真面目なわけではない。これが王族に対する普通の対応だ。
「虫?」
レクスの言葉に少し興味を惹かれる。
「……ご覧になりますか?」
そう言ってアルナウトが、両手を手のひらを内側に重ねてズイッと差し出して来る。丸く空洞を作っているその中に、虫がいるのだろう。その爽やかな笑みに白い目を向ける。
「……書物で見たことがあるぞ」
「書物は平面ですが、こちらは立体です。書物よりずっとおもしろいですよ」
……差し出して来たのがお前だから躊躇うんだ!
アルナウトが仕えるようになって何年か経つが、この男が爽やかに笑う時には絶対に裏がある。私は賢明にも最初の1年で悟った。
王宮の庭で美味しそうな木の実を見つけた時も、毒味と言って先に食べたアルナウトがあまりに絶賛するから食べてみたら、その想像を絶する渋さにすぐさま吐き出すという醜態を晒してしまった。しかも、その様子を見ながらこの男は、爽やかな笑顔で作法がどうこう言ってきたのだ。
あと、私が令嬢からの手紙の返事を任せていたら、勝手におかしなことを書いて、そのあと王宮の廊下でその令嬢とすれ違った時に悲鳴を上げられたりもした。一体何を書いたのか、いまだに判明していない。
……たしかに、返事を確認せずに任せっきりにしていたのは私だが!
「……念のために聞くが、その虫は本当に、書物に載っているような正真正銘の虫なのか?」
「何を当たり前の事を」
そう言って、アルナウトは大袈裟に驚く。
「正真正銘、虫です。ナリタカ様ももうすぐ12歳におなりあそばすのですからね。こういった経験も必要でしょう。さぁ、手を出して」
アルナウトは胡散臭いのだが、虫は気になる。
書物に載っていた虫は、先端が割れた長い角が頭のてっぺんに付いていて、それを補佐するような短い角がその下に付いていた。その強そうな頭部と、やや丸みを帯びたかわいらしい胴体の差が面白くて興味を持ったのだ。
「む、虫……だよな?」
おずおずと両手を器のようにして差し出す。
「はい。虫でございます」
「あ、いや、やっぱり……」
アルナウトの満面の笑みに、背筋を冷や汗が伝う。
……絶対ダメなやつだ!
慌てて手を引っ込めようとしたが、すかさずアルナウトの手が私の手のひらの上で開かれる。
「……ひくっ」
不覚にも、頬が引きつり喉が鳴る。
手のひらに乗っているのは、なんだか筋のある薄い羽根と、毛の生えたような長く折れ曲がった足を持つ黒い生き物だった。
「どうです?初めて戯れる虫は」
「………………」
声が出ない。
体が固まってピクリとも動けない。もちろん思考も停止したままだ。
「……アルナウト…………」
ため息交じりに呆れたような声を出すクァンの声に、思考が少し戻って来る。
………………。
ギギギと音がしそうな動きで振り返る。手のひらにはまだ、奴が鎮座したままだ。
「………………」
両手を無言で差し出す。
恐らく、まだ顔は固まったままだ。周囲の視線が居たたまれない。
「やれやれ。たかが虫ですぞ?」
……虫!? これが虫!? 私が知っている虫と違い過ぎるんだが!? というか、早く取れっ!
クァンはため息を吐きながら首を左右に振るばかりで虫をどけてくれる気配はない。というか、心なしか体が後ろに反っている気がする。
「あーっ! 虫ーっ!」
私の手を巡ってクァンに無言の戦いを挑んでいると、横から小さな手が伸びてきて、私の手のひらの虫を両手で掬う。
「お兄ちゃん、ありがとー!」
そう言って、子どもはさっと身を翻して後続の馬動車の方へ駆けて行った。
「………………」
「ああ……、子どもに取られてしまいましたねぇ」
固まる私とクァンの横で、アルナウトがのんびりと残念そうな声を出す。
……お前はもう少し王族を敬えっ!
「空が青いその世界は ~世界に空を創った少女の話~」のナリタカとアキが出会った、旅のお話しです。
https://ncode.syosetu.com/n0749ge/
次話は「おかしな子どもと私の邂逅②」ですが、いつ投稿するか未定です。
文字数を短く切って投稿しているので、10話前後になる予定です。