転
ドン、ドン、ドン、ドン
ドン、ドン、ドン、ドン
激しくドアを叩く音に目を覚まさせられた。
夜中の三時を過ぎている。
「誰ですか?」
私の問いに対する返事はなかった。覗き穴から外を見たが誰もいない。誰かのいたずらか、と腹を立てながらも戻ろうとした。すると
ドン、ドン、ドン、ドン
再びドアが激しく叩かれた。
「もう!なんだってのよ」
私は足を踏み鳴らし、ドアアイにかじりつく。と、ドアアイの前を誰かが横切った。髪の長い女のようだった。
あいつだ!
例の呪いの箱を送りつけてきたあの女だ、と私は確信した。変な物を送りつけてくるだけではなく、夜中にこんないたずらもしてきたのだ。そのとたん、頭に血が上った。反射的にドアを開け、外に飛び出した。
「ちょっと、あんた!いい加減にしな――」
廊下には誰もいなかった。蛍光灯に照らされた細長い通路があるだけだった。エレベーターや階段の影に隠れているのかと調べてみたが、やはり誰もいなかった。首を捻りながら部屋に戻ろうとして、固まった。
ドアの前にビニール袋が落ちていたのだ。
「うそっ。これってまさか……」
震える手で袋を調べると、それは、私が捨てたゴミ袋だった。
「なんでこんなところに……」
ゾッとした。袋がドアの前に捨てられていたことではない。私を心底怖がらせたのは、袋に入れたはずのあの箱の残骸が一欠片もないってことだった。
ううう、ううああぁ
微かにうめき声が聞こえた気がした。私は慌てて部屋に戻ると鍵をかけた。
うわあぁ、ううううう、あうぁ
おかしい。うめき声はなくなるどころがだんだんと大きくなる。私はキョロキョロと部屋を見回すが、箱はどこにもなかった。
ううううう、ううううううう
それなのに声は少しずつ大きくなっていった。間違いなく近づいている。
「なに、なに?どこよ!」
私は狂ったように顔をふり、箱を探す。
パラパラと埃が私の肩口に落ちてきた。私はぎょっとなり上を見た。
箱が天井に張り付いていた。箱からは二つの腕が飛び出て天井に爪を立てている。
「うわあああ」
私は絶叫する。それを合図に箱が私の顔に落ちてきた。箱にすっぽりと顔を覆われて、私は視界を奪われた。箱をとろうともがいたが、ヌメヌメとした感触のものが私の首に絡みつき、びくともしない。もがいているとバランスを崩して転倒した。
ぎりぎりと首に絡み付いたものがしまり始め、息がつまる。ガリ、ガリ、ガリ、ガリと耳障りな音が聞こえてきた。
痛い、痛い、痛い
ああ、頭、噛られている
薄れ行く意識の中、私はそう思った。
2019/10/22 初稿