幼馴染の騎士達
夜の宴の席を警備しているアルクスは早く自分の当番が終わらないかと、そわそわと時間を気にしていた。
広間の大時計が時刻を告げる音が鳴るのを先程からずっと待っているが、時間が一向に過ぎる気配はない。
いつもは真面目にやっている仕事だが、今日だけは急いで終わらせてしまいたかった。
「おい、アルクス」
同僚でもあり、幼馴染であるナスター・ファザードが声をかけてくる。
「何だよ」
「今日のお前、妙に苛立ってないか?」
「……そんなことはない」
さすがに幼少期から長年、友人をしているだけあってか、自分の表情を読み取るのは上手いらしい。
「そうか? 昼頃から変な顔をしているように見えたから、何か嫌なことでもあったのかと思ってな」
「それは……」
自分達が警護している場所は広間の大扉の前だ。料理を運んでくる給仕達だけでなく、宴に参加している貴族や政務官達が行ったり来たりしているので、大きな声で世間話をするのは躊躇われる。
人が通り過ぎて、周りから気配が完全に消えたのを確認してから、アルクスは盛大に溜息を吐いた。
「何だ、悩みでもあるのかよ。また、姉ちゃんと比べられたのか?」
「違うって……」
ナスターはもちろん、自分の姉であるイルティとも面識がある。なので、自分が他の騎士から団長である姉と比較をされて落ち込んでいることも知っていた。
「今日はその事じゃない」
「じゃあ、何だよ」
「……言っても、お前は馬鹿にするか呆れそうだから話したくない」
このナスターという男は人をからかうことをしなければ良い奴なのだ。
しかし、幼馴染という関係があるからこそのからかいなので、他の人間にナスターから言われたことと同じ言葉を言われればもちろん、腹が立つ。
「……もしかして、恋か?」
「なっ……」
まさかの問いかけに思いっ切りに顔を顰めたが、自分の表情からナスターはどうやらそのように受け取ったらしい。
「なるほど……。剣術馬鹿のお前がいつになったら淡い恋をするのかと思っていたが、まさか王城の人間に恋をするとはなぁ~。誰だ? 俺の知っている奴か?」
「お前が知っている人間なら、なおさら言うわけがないだろう!」
小声で叱るように言葉を吐いたが、全く効いていないのかナスターはにやにやと笑っているだけだ。
「まぁ、それで? その恋の相手がどうかしたのか?」
「別に俺は恋をしているわけじゃない。ただ……」
「ただ、何だ?」
自分に合わせてナスターは声を落とす。同じように周りを警戒しつつも、話は聞くつもりらしい。
言葉を続けようとして、思わず飲み込んでしまった。
「……」
自分は二日前、素敵な出会いをした。
近衛騎士団の中で小さな宴があった日、酔いを醒ますために木々に囲まれた細い道を歩いていたらとある場所に辿り着いた。
開けた場所に長椅子が一つ置かれており、夜空を見るためだけに用意されたような席だと思った。
こう見えて、物語を読むのが好きな自分は、まるで物語の一場面のようだと何かを期待するように長椅子へと座り、一人で星を眺めていた。
そして、出会ったのだ。白い外套を纏った少女に。
最初は自分が彼女のお気に入りの場所にいることに驚いているようだったが、話をすればするほど楽しさが込み上げてきた。
しかも自分の好きな本のことを知っており、もっと色んな話がしたいと思えた。
だから、彼女の名前を深く訊ねるつもりはなかった。
名前を名乗らないのはきっと高貴な人間に仕えているからだろうと思い、納得していた。彼女の所作や言葉はどれも丁寧で綺麗だったからだ。
そして、夜だけの友人として再び会う事を約束した。
楽しかったのだ、自分は。
それなのに、能天気な自分は彼女が秘めている何かに気付けずにいた。
――リルヴィア・エル・フォースクリフ。
それが「ルネ」という夜の友人の本当の名前だった。この国の末姫だったのだ。
しかも、不思議な噂が流れている姫君で、彼女の存在があるだけで雨を降らせることが出来るのだという。
以前の自分なら、物語の登場人物みたいだと思うだけで、その噂を相手にしなかっただろう。
しかし、今日の昼間に噂が現実だと知ってしまった後には「リルヴィア姫」から目が離せなくなっていた。
あの声は紛れもなく、夜の友人ルネの声だった。自分が驚きの表情をしていた時、彼女もまた昼食会の席を警備していた自分に気付いたようだった。
……あの時、凄く泣きそうだった。
リルヴィアの力によって降って来た雨で濡れたように見えたのかもしれない。だが、自分には彼女が心の奥で密かに泣いているように見えたのだ。
「――おい、アルクス?」
幼馴染に名前を呼ばれて、アルクスははっと我に返った。
「あ、あぁ……。すまない」
「珍しいな、お前が気の抜けた顔をするなんて。……余程、相手にご執心ってところか?」
にやりと笑いながらナスターが小突いてきたので、アルクスは軽く睨み返してやった。
「だから、違うって。……もしさ、知り合いが目の前で泣きそうなのに、泣くことが出来ない状況だったら、お前はどうする?」
「はぁ? 突然、何だよ……」
「いいから、答えてくれ。……その子が泣きそうなのに、自分は手が伸ばせない位置にいるんだ」
まさか姫君だとは思っていなかったので驚いたが、それよりも驚いたのは姫君が夜中に一人で歩いていたことだ。
最初は誰かに仕えている少女だと思っていたので、その仕事の帰りにあの場所に寄っているのかと思っていた。
……それなら、どうしてあの子は一人で夜を歩いていたのだろう。
薄暗い場所に長椅子が一つ。お気に入りの場所というのなら、頻繁にあの場所を訪れているのだろう。
「……」
何を考えても自分には答えが出せない。ただ、隣国の使者の前でまるで見せ物のように扱われていた彼女の心が心配だったのだ。
存在だけで雨を降らせると言われているが、リルヴィアはれっきとしたこの国の姫君だ。
それなのに国王だけでなく義兄の王子達も彼女のことを見せ物か雨を降らせる道具のように扱っていたのは一体どういうことか。
自分が同じ扱いを受けたら、その屈辱によって怒りで満ちてしまうか、悔しさや悲しみが込み上げてくるだろう。
……泣きそうなのに、手が伸ばせない。
昨日、自分はリルヴィアに励まされたというのに、逆の立場になっても同じように彼女を励ますなんてことは出来なかった。
「うーん、そうだなぁ……」
自分が真剣に考えているというのに、場違いなほどにのん気な声が隣から聞えてアルクスは深く溜息を吐く。
「その知り合いの子が泣けないのは、その場で泣いてはいけないと自覚しているからだろうな。……そういう人間っていうのは大概が一人になった時に泣いているものだぜ」
ナスターにしては珍しく、穏やかな声で答えていた。
「お前の想い人がどういう人間かは聞かないでおいてやるが、手が伸ばせないって思っているだけじゃないのか?」
「え?」
「お前が遠慮しているのか? それともその子がお前を拒絶しているのか?」
「それは……」
自分はまだ一人前になったばかりの騎士で、向こうは姫君だ。雨を降らせる力がある、どうこう以前に身分としたものがはっきりとある以上、易々と近づける存在ではない。
だから、夜の友人として言葉を交わしていたのは、本当は自分の夢の中の出来事だったのではとさえ思えてくる。
「その子が泣きそうなのに、お前がその子に遠慮して近づかない方が傷付けているんじゃないのか?」
「……」
ナスターの言葉にすぐ反論出来なかったアルクスは黙り込んだ。
……いや、夢なんかじゃなかった。
自分は彼女に「ルネ」という夜の友人としての名前を与えた。自分の好きな本を彼女に手渡した。そして昨日、優しくこの手を握りしめてくれた感触を何よりもはっきりと覚えている。
自分が遠慮しているだけなのだ。
本当は身分とか、雨を降らせる力とか関係なく、自分は彼女の友人でいたいだけなのだ。
何かを自覚した瞬間、それまで喉の奥に詰まっていたものが、すっと胸の奥へと落ちて行った気がした。
「……ナスター」
「何だ?」
幼馴染が気だるげに答える。
「お前のこと、見直した」
「……ははっ。今更かよ。何年、幼馴染やっていると思っているんだ」
ナスターはどこか悪戯っぽくにやりと笑った。
「もし、その子と上手く行ったら、教えてくれよな?」
「だから、そういう関係じゃないって……」
やはり、からかうところがなければいい奴だと、アルクスはナスターのいつまでも変わらない様子に溜息を吐きつつも苦笑した。
今日は会いに行くと約束はしていない。だが、仕事が終わったあとに行ってみようと思う。
例え、リルヴィアがあの場所に来なくても、彼女がどうして夜を一人で過ごしていたのか確かめたかった。




