変わらぬ朝
朝、目が覚めて最初に思い出したのは、昨日の出会いについてだった。
「……」
自分にとって都合の良い夢だったのだろうか。ベッドから降りて、窓の外を見るもここからでは近衛騎士団に所属している者が生活している宿舎は見えなかった。
……アルクスさん。
人懐っこく、話し上手で明るい人だった。それも自分が作り出した幻影だったのだろうか。
一つ残っていることは「ルネ」という名前だけ。昨晩、アルクスに名付けてもらった「夜の友人」としての名前だけが胸の辺りにひっそりと残っている。
ふと、足音が聞こえた気がしてリルヴィアは扉の方へと顔を上げた。それと同時に扉が数回叩かれる。
「姫様、起きておられますか」
侍女のセリアの声だ。
「起きているわ」
「失礼致します」
支度を整えることは一人でも出来るが、セリアはいつも自分の役目だからと言って手伝ってくれていた。
「……今日の朝食は野菜のスープと魚を辛味のソースで絡めて焼いたものです」
渡された服へと着替えつつ、下の階の調理場から流れて来る美味しそうな匂いに期待を寄せる。
「ミーシェは王城の厨房に?」
「はい。パンを貰いに行っています」
塔には簡易の調理場が付いており、いつもそこでセリアとミーシェが交代で朝食を作ってくれていた。
しかし、さすがにパンを焼ける竈はないので、王城の厨房で作られているパンを毎日分けてもらっているのだ。
「ミーシェにはいつも悪いわね……。ここから王城の厨房はとても遠いのに」
「いえ、あの子は年上との付き合い方が上手いですから。私が行くと機嫌が悪そうに見えると言われて面倒ですし」
確かに姉のセリアよりも妹のミーシェの方が、人付き合いが上手い方だと思う。
王城の方に知り合いが多いのか、年上の知り合いから可愛がられてお菓子を貰って帰って来ることがしばしばあった。
一方、姉のセリアは冷静で生真面目と言えば聞こえは良いが、感情が表に出ることは少ないため、機嫌が悪いとよく他人から勘違いされてしまうらしい。
「でも、私はそういうセリアもセリアらしくて好きよ。それに人には適材適所があるから、セリアはあなたらしくいられることをすれば良いと思うわ」
「……姫様」
ふと、セリアがこちらを見つめつつ首を傾げた。
「何か、いつもよりも楽しそうに見えますが……。良い事でもありました?」
「えっ?」
突然の問いかけに思わず声が裏返ってしまいそうになるのを何とか押しとどめることが出来たのは奇跡に近いだろう。
「特に……何もないけれど。あ、イルティさんから借りた本が面白かったから、つい夜更かししちゃったの」
「そうですか……。でも、夜更かしはほどほどにして下さいよ。あ、灯り用の油が足りなくなったら言って下さい。すぐに持ってきますから」
心配しているのか、甘やかしているのかは分からないがセリアの素っ気ない口調の中に優しさを感じたリルヴィアは小さく苦笑しつつ頷いた。
「姫様っ。朝食の準備、整いました……」
部屋へと呼びに来たミーシェは急いで帰って来たらしく、肩で息をしていた。
そんなに急がなくてもここには自分達しかいないのだから咎める人などいないのに、ミーシェはいつも出来立てのパンを早く届けようと王城の厨房から走って来るのだ。
着替え終わったリルヴィアは二人ににこりと笑いかける。
「ありがとう。それじゃあ、朝食にしましょうか」
いつもと変わらない朝のはずなのに、今日は心が弾んでいるのは気のせいではない。
……今日も天気が良いわ。
窓の外は快晴だ。今夜も雲一つない夜空であることを願うのは、きっと自分の楽しみが一つ増えたからだろう。
夢じゃなければいいと思いつつ、拭いきれない不安を隠した表情でリルヴィアは静かに目を伏せた。




