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空の部屋

 

 息を潜めつつ、宿屋の母屋へと足を踏み入れる。もちろん、夜であるため灯りは灯されていない。

 アルクスは夜目を利かせながら、二階へ続く階段を目指した。


 ……おかしい。


 確か、自分達が寝る前は見張り役の護衛に火が灯された燭台を渡していたはずだ。だが、今は真っ暗なままで燭台の火が見えることはない。


 階段を上り切って最初に見えたのは開け放たれた二室の扉から廊下へと差し込む月明りだった。

 その二室がリルヴィアとセリア達が今晩泊っている部屋だとすぐに気付いたアルクスは息を飲み込んで走り出す。


「っ、おい!」


 二室の前の廊下で倒れ込んでいる人影が見えたアルクスはすぐさま駆け寄り、片膝を床につけて短く声をかけた。


「おい、大丈夫か⁉」


「うっ……」


 見張り役のロズが呻き声を上げて、表情を一瞬だけ歪ませるが意識が戻ることはない。


「――誰っ? 誰かいるの⁉」


 叫び声が一室から聞こえ、アルクスはロズを再び横に寝かせてから、セリア達が寝ているはずの部屋を覗き込んだ。


「セリアさん⁉」


 そこには何故か縄で縛られて、横たえられているセリアとミーシェの姿があった。ミーシェはまだ気を失っているようだが、セリアは何とか縄を解こうと床の上でもがいていた。


「アルクスさんっ! ちょっと、この縄を……」


 アルクスは軽く頷いてから、素早く剣を抜いてセリアを縛っていた縄を切ってやった。


 強く縛られていたのか、縄が解けたあともセリアは暫く表情を歪ませていたが、はっとしたように青い表情へと変わった。


「ひ、姫様がっ……。早くっ!」


 懇願するようなセリアの表情に再び危機感を抱いたアルクスは踵を返して、リルヴィアが寝ているはずの部屋へと向かう。


「っ!」


 だが、開け放たれた扉の先には誰もいなかった。まるで、そこには最初から誰もいなかったかのように静かな光景が広がっていた。


「アルクスさん、姫様は……」


 セリアも揺らぐ身体を無理矢理に立たせつつ、リルヴィアが寝ていたはずの部屋の中を覗き込んで絶句する。


 すると、廊下で横たわっていたロズが、気が付いたのか自ら呻き声を上げた。


 アルクスは主のいなくなった部屋から廊下へと出て、起き上がろうとしているロズの前に膝を立てて、胸倉を掴んだ。


「答えろ。何があった」


 アルクスの表情を見て、見張りをしていたロズは怯えたように目を見開き、ひっと声を漏らす。


「と……突然、殴られて……」


 それで気を失っていたため、何も知らないという事か。アルクスはロズの胸倉を手放し、セリアの方へと振り返った。


「セリアさん、何があったんですか」


「……部屋で寝ていたら急に扉が開いたんです。驚いて目が覚めたら、知らない男達が部屋の中へ入ってきて……。姫様が私達の名前を呼んでいたのは聞こえたのですが、気付いた時にはもう……気絶して、縄で縛られていました」


 セリア自身も怖い思いをしたはずなのに、気丈に振舞っているように見えた。


「ひ、姫様は……」


「その男達に攫われたのかもしれない。私が借りている部屋にも、外に出られないように細工がしてありました」


 やはり、部屋を分かれて寝るべきではなかった。今更そう後悔しても遅いだけだと分かっている。


 しかし、自分達はリルヴィアが姫であることを旅の途中で誰かに伝えたりはしていない。用心に用心を重ねてここまで来ており、リルヴィアを攫った奴らの目的が一体何なのかまでは分からなかった。


「……追いかけます」


「えっ……」


「セリアさんはミーシェさんとロズのことを頼みます。恐らく、もうすぐナスターもこちらにやって来ると思うので、彼と合流して下さい」


「お、追いかけるってどうやって……」


「道は昼間の雨で濡れたままでしょうから、足跡がはっきりと付いているはずです。それを馬で辿ります」


 それだけ告げて、アルクスが立ち去ろうとするとすぐに後ろから呼び止められる。


「アルクスさん!」


 アルクスが立ち止まって、セリアの方へと振り返ると彼女は悲痛そうな表情で言葉を続けた。


「姫様を……姫様をどうか、頼みます」


「……任せて下さい」


 しっかりと頷き返して、再び踵を返す。


 本当なら、謝るべきは自分の方だ。心のどこかでこの旅は安全なものだと思っていたのかもしれない。

 その結果がリルヴィア達に危険な思いをさせてしまった。


 ……自分が一番、愚かだ。


 アルクスは滑るように階段を下り切り、来た道を辿っていく。


 宿屋の外周りを月明りだけで探るように調べてみると案の定、濡れた土の上を踏み荒らした大量の足跡あった。


 靴の大きさから見て、男だろう。数を見るからに四、五人分くらいの足跡だ。その先を辿ると馬車の車輪の跡が一直線に伸びていた。


「荷馬車に乗せて連れ去ったのか?」


 独り言のように呟いても誰かが答えてくれるわけではない。だが、この荒々しい足跡と車輪の跡を辿れば、リルヴィアがこの道の先にいる可能性はある。


 アルクスは自分がここまで乗って来た馬を置かせてもらっている馬小屋へと急いだ。


 ……絶対に取り戻す。


 どういう理由があって、リルヴィアが姫だと知られたのかは分からない。

 だが、自分がやるべきことはただ一つ、リルヴィアを守る事だ。


 アルクスの青い瞳は月明かりで淡く光り、獲物を狩る前の獣のように鋭いものとなっていた。

 

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