動かぬ異変
アルクスは物音が聞こえたような気がして、つい目を覚ましてしまう。
もしかするとリルヴィア達の護衛の見張りを交代する時間だろうかと思ったが、それにしては窓の外に浮かんでいる月はまだ少ししか傾いていない。
すっと隣を見ると、ベッドの上で両手と両足を極限まで広げて寝ているナスターの姿があった。熟睡しているらしく、アルクスが起き上がってもその気配に気付くことはない。
時間としては少し早いかもしれないが見張りを交代しに行こうかと、ベッドから立ち上がり、靴を履いた。腰に長剣を差してから、外套を羽織る。
「……」
本当はリルヴィアがどういう気持ちでこの旅に臨んでいるのか察しているつもりだ。だが、彼女は不安を隠して、自分には大丈夫だと笑みだけを見せる。
……俺がそうさせているのかな。
もしそうならば、側近失格だ。リルヴィアの心を守ると言っておきながら、気を遣わせているようならば、側近としての自分の存在の意味はないだろう。
ふっと、気合を入れ直すように短く息を吐いてからアルクスは顏を上げる。
……この旅が終わったら、ちゃんと話し合おう。
そして、以前のように夜だけの友人として彼女に接したい。楽しく気楽に、誰にも邪魔されることないまま同じ時間を過ごしたい。
ずっと一緒に居たいと思うのは図々しい願いだと分かっている。それは姫君であるリルヴィアに対して抱く感情ではないと。
だが、芽生えたものは仕方がないのだ。感情というものを抑え切れる程、自分は器用な人間ではない。しかし、隠すことは出来る。
真面目な表情を作ってから、アルクスは扉の鍵を開けて、取っ手を握り、力を込めて捻った。
「……?」
だが、外側へと開くはずの扉は微塵も動くことはない。もう一度、鍵をしっかりと開けたか確認したがやはり鍵は開いていた。
金属製の取っ手を何度も捻って、向こう側へと押すように力を入れるが動きはしなかった。
「――アルクス?」
扉の金属音が擦れたことで、熟睡していたナスターを起こしてしまったようだ。
「ああ、すまない。……この扉の建て付けが悪くてさ」
「はぁ? 建て付けなんて悪かったか?」
ナスターも起き上り、靴を履いてから扉の前へとやって来る。
「ちょっと貸してみろ。……ん? 本当だな……。でも寝る前は普通に開け閉め出来たけれど」
「……一度、一緒に押してみるか」
力任せにして、扉が壊れないか心配だが、このままだと閉じ込められたままである。あとで宿屋の主人に扉の建て付けが悪かったと報告した方がいいだろう。
「いくぞー」
ナスターの掛け声に合わせて、アルクスは同時に取っ手を捻ったまま力任せに扉を押してみる。すると、ほんの少しだけ扉が動いたと同時に何かを引きずるような鈍い音がしたのだ。
「何だ、今の音……」
ナスターも不思議に思ったらしく、少しだけ開いた扉の隙間から廊下側を覗いてみる。
「ん? 何だ……?」
「どうした?」
「いや、扉の向こうに大きな影が見えるんだ」
「は?」
アルクスも扉の隙間から向こう側を覗いてみる。確かに何か大きな影が見えるがそれが何なのかは分からない。
丁度、腕一本くらいなら隙間に入りそうだと思い、左手を伸ばしてみると扉の向こう側に何か大きいものが置かれていることに気付いた。
「……木箱か? だが、寝る前にはなかったはずだが……」
「どうだ、動かせそうか?」
ナスターがそう言って急かすが、さすがに自分の腕一本でどうにかなる重さではない。
「片手で押しても動かないな……」
「もう一回、一緒に扉を押してみるか」
「そうだな……」
だが何故、就寝前は扉の前に置かれていなかったはずの木箱が置かれているのだろうか。しかも空箱ではなく中身が入っているため、かなり重いもののようだ。
……嫌がらせか?
他の護衛三人が最初に頭に浮かんだが、仮にも仲間だ。自分達を部屋に閉じ込めるような真似をして一体どのような意味があるのだと考えていた時だった。
「……閉じ込める」
自分で言った言葉に、どこか違和感を覚えたアルクスは顏を上げる。
どうして自分達を閉じ込めているのか。
それは――外に出させないようにするためではないだろうか。
嫌な予感が頭に過ぎったアルクスは扉に背を向けて、窓へと手を伸ばす。
「お、おい、アルクス?」
「お前、二階から無事に飛び降りられる自信はあるか?」
「えぇっ⁉ ……まぁ、受け身が成功すれば何とか」
「よし。それじゃあ、準備が整い次第、この窓から出てこい。あと、隣部屋の二人も起こしてきてくれ」
「起こしてきてくれって……。お前はどこに行くんだよ」
アルクスは窓を開けてから、縁に片足をかけてナスターの方へと振り返る。
「リルヴィア姫達のところだ。どうも嫌な予感がする。出来るだけ、急いで来いよ」
「わ、分かった」
ナスターが戸惑いながらも力強く頷いたのを確認してから、アルクスは窓から勢いよく外に向かって飛び出した。
空中で体勢を整えつつ、地面から直接伝わる衝撃に備える。
着地と共に鈍い衝撃が足の裏から伝わって来るが、痛みを無視してリルヴィア達が眠っている母屋に向けて走り出した。




