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律された感情

 

 アルクスと他の護衛三人との仲は険悪にはなったものの、大きな衝突はそれ以降起こることはなく、淡々と旅は続けられていた。


 降り続ける雨が更に気分を鬱蒼とさせているのか、移動していない間でも、護衛三人が楽しそうに会話をしている姿を見ることはなかった。


 リルヴィアも結局、三人に一度声をかけたきり、話をする機会がないまま旅の終盤を迎えてしまっている。


 ……この村で最後。


 ネフリティス王国の王都が置かれている王城から出発して、十日程が経った。

 国の中の全ての村々を訪れるわけではないが、要所の村を一つずつ右回りに巡っているうちにいつの間にか、長い時間が経っていた。


 ようやく馬車による移動の疲れにも慣れて来たが、明後日には王城に戻らなければならない。


 ここまで付いて来てくれた者達やお世話になった者達には最後に感謝の言葉を一人ずつ言って回りたいと思っている。


 最後に着いた村は山の麓にあるアティ村だ。人口は五百人程の小さな村で、主に王都へと出荷する農作物と林業によって収入を得ているらしい。


 村の横に流れている大きな川は王都まで続いており、街に住んでいる者の生活を潤す大事な水でもある。


 しかし、今は長雨の影響で川の水は泥と同じように濁っており、陸地まで届いてはいないものの水量は溢れそうな程に多い気がした。


 ……早く、王城の塔に戻らないと大洪水を引き起こしてしまうわ。


 大干ばつを防ぐために、こうやって各地に雨を降らすことを目的としているのに、自分が塔の外に居過ぎるせいで悪影響も生まれかねないのだ。


「姫様、夕食の準備が出来たそうです」


 宿屋の窓の外を何となく眺めていたリルヴィアにセリアが声をかけてくる。


「……今、行くわ」


 恐らく、今日が最後の一晩だ。明日になれば王城に帰るだけである。


 だが、本当に自分は役目を果たせたのだろうか。

 ちゃんと、国の人間のために役に立っただろうか。


 役目が終わるという安堵感と自分は正しいことをしているのだろうかという不安が入り混じり、最後の一日をどういう気持ちで過ごせばいいのか分からない。


「……」


 宿屋の食堂へ向かう途中の廊下で、アルクスと鉢合わせする。


 旅を始める前、多かった笑顔は彼から失われている。自分がそうさせているのだと分かっていた。彼の感情を殺しているのだと。


 もし、塔で過ごしていた日々が戻って来るならば、旅に出る前と同じように穏やかに時間を過ごすことは出来るだろうか。

 そして、一緒に過ごした友人としての時間も。


「……どうしましたか」


「ご報告があります」


 畏まった口調は、自分はまだ慣れていない。気さくに話しかけてくれるアルクスの言葉ばかりを思い出してしまうからだ。


「宿屋の手違いで、宿泊できる人数に限りがあると言われまして。何でも今夜は団体客が多くの部屋を占めているそうです」


「え……」


「ですが、こちらの宿屋から離れた場所に借り家があるらしく、そこの部屋を三部屋貸すため、数人はそちらの部屋を使って欲しいとのことです。母屋の方も二部屋だけなら空いているそうです」


「……それなら、人数を分けた方がいいでしょう」


「では、リルヴィア姫とセリアさん達はこちらの母屋を。我々は離れの借り家の部屋を使わせて頂きますが、交代で護衛の見張りを置きますので、それで宜しいでしょうか」


「構いません」


 リルヴィアの言葉にアルクスは(うやうや)しく頭を下げてから、宿屋の主人と話をしにいくためなのかその場から立ち去った。


「……」


 まるでお互いを知らない他人のようだ。自嘲しそうになるのを抑えて、リルヴィアは胸元に下がっているアルクスから貰った朱色の石が付いた首飾りを指先でなぞる。


 もう、温かさは感じない。

 それでもまた、熱が戻って来ると信じている。この旅が終われば、いつか――。


 零れそうになる涙を耐えて、リルヴィアは平然とした表情を取り繕い、セリア達が待つ食堂へと向かった。

 

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