不甲斐ない叱責
夕食を摂って、セリア達と片付けを済ませた頃、アルクス達が乗ってきていた馬を木に繋いでいる辺りから突然、怒号が聞こえたため、リルヴィアは思わず小さく肩を揺らした。
「……今の声は」
「アルクスさん、みたいですけど」
一緒に皿の片付けをしていたセリア達も不思議そうな表情のままで顔を見合わせている。耳を澄ませて確認してみるが、やはりこの声はアルクスだ。
自分達の前では一度も怒りの表情などを見せた事がないアルクスが誰かに対して叱責しているらしい。
気になったリルヴィアはセリア達に残りの片付けを頼んでから、大声がする方へと小走りに駆けていく。
「――それ、本気で言っているのか」
聞いたことのない低く、威圧的な声が耳に入り、リルヴィアはぴたりと足を止める。
「ああ、本当だとも。あんな珍妙な姫君のお守なんて、もう御免だと言ったんだ」
「このっ――」
「おい、アルクスっ!」
焦ったようなナスターの声も聞こえる。何か揉めているようだが、その中で自分と思われる言葉が出ていたことにやっと気付いた。
「俺達は好きでこの旅に付いて来ているわけじゃねぇ。出世したいのに、口添えさえ出来ない姫に跪くつもりはない」
その言葉にリルヴィアはぐっと息を詰まらせる。今、護衛のロズという男が言った通りだ。
自分は何の権力も持たない人間で、しかも他の王族からは忌み嫌われている。そんな自分に仕えても利はないと思うし、一般騎士からさらに出世出来るようにと国王に口添えすることも出来ない。
「はぁ……。この雨にも、もううんざりしているんだ。本当に雨を降らせることしか出来ないんだな」
「別に護衛無しでも良かったんじゃないか? 誰も第五王女の顔なんて知らないだろうし。まあ、容姿が特徴的だから別の意味で目立つだろうけど」
最初に毒を吐いたロズに続き、二人の護衛ネビーとムストも同意するように言葉を並べていく。
本当に最初から自分の護衛をする気はなかったようだ。
何となくそのように感じてはいたものの、直接的に自分に対してどのように思っているのか聞くのは耳が痛くなってしまう。
「……」
リルヴィアは廃屋の壁からそっと、喧騒が起きている場所を覗き込んでみた。
横柄な態度でわざとらしく溜息を吐いている三人と対峙しているのは、ナスターに羽交い絞めにされているアルクスだった。
どうやらアルクスの気を静めるためにナスターが取り押さえているらしい。
「アルクス、落ち着けって!」
「落ち着いていられるか! こいつらはリルヴィア姫を侮辱したんだぞ!」
ナスターの腕から何とか逃れようとしつつも、アルクスは目の前の三人に食って掛かる。
「あの方が周りの人間に対して、どれほど心を砕いているのか分からないのか⁉ それをよくも……」
「それじゃあ、お前はあのお姫様が何を思っているのか分かるのか? 『リルヴィア姫』唯一の側近様よぉ?」
「っ……!」
頭に血が上ったのかアルクスは身体をもがいて、ナスターの腕から勢いよく解かれる。このままではまずいと思ったリルヴィアはアルクスに向けて声を張った。
「アルクス‼」
叱責にも近い大声でリルヴィアは叫ぶ。瞬間、護衛三人に向けて拳を振るおうとしていたアルクスは引っ張られるように動きを止めた。
その場にいる全員がゆっくりとリルヴィアの方へと振り向いた。
話を聞かれたことを苦々しく思っているのか、他の護衛三人はリルヴィアから視線を逸らして、気まずそうな表情をしている。
「何をしているのです。臣下同士の暴力は許しませんよ」
出来るだけ、気丈な振りをしつつ、リルヴィアは真っすぐとアルクスを見る。彼は親に叱られた子どものように目を丸くして、唇を噛んでいた。
……ごめんなさい。
心の中でアルクスに謝りつつ、リルヴィアは言葉を続ける。
「どのような理由があるにしろ、暴力はいけません。……その腕を下げなさい」
誰かに命令することなんて今まで無かったが、まさかこのような機会に遭遇するとは思っていなかった。
もちろん、アルクスが自分のために怒っていることは分かっている。だが、場を収めるためにはアルクスを叱責するしか方法が思いつかなかったのだ。
リルヴィアの言葉に従うようにアルクスは力なく、振り上げていた腕をゆっくりと下ろした。それを見て、ナスターも胸を撫でおろすように一息ついている。
すっと視線を他の護衛三人に向けると彼らは叱られるのかと思ったのか、臣下らしく背を真っ直ぐ伸ばし直した。
「……悪天候の中、旅に同行して下さり、ありがとうございます。もし宜しければあと数日だけ辛抱願えませんか」
「……」
リルヴィアの問いかけに男達は答えない。彼らの視線は泳いでいるようで、自分と視線が重なることはなかった。
仕方がないと言え、やはり露骨に嫌がられるのは相当、心の奥に来るものだ。
リルヴィアは自嘲だと気付かれない笑みを浮かべてから、再び視線をアルクスの方へと戻す。
「アルクスはこちらへ……。……他の者は準備を整え次第、明日に備えて休んでいて下さい」
リルヴィアは早口でそう告げて、踵を返す。後ろからは漏れるような溜息と足音が同時に聞こえた。
「……」
振り返って確認しなくても気配がするので、アルクスはちゃんと自分に付いて来てくれているようだ。
暫く歩き、誰の声も届かない場所でリルヴィアは立ち止まる。周りは木々が乱雑に立ち並んでおり、廃屋からは近いが、他の誰かに聞き耳を立てられる心配はない。
アルクスの方へと勢いよく振り返ってから、リルヴィアは頭を直角に下げた。
「ごめんなさい」
「えっ……」
謝られると思っていなかったのかアルクスは声を上げて驚いていた。
「私が不甲斐ないばかりに、あなたを傷付けてしまいました」
「いえ、それは……。私が喧嘩っ早いせいで、あのようなことに……」
「あなたはあの三人を許せないとお思いかもしれませんが、どうかここは気持ちを収めて頂けませんか。……私はあなたが誰かに暴力を振るい、厳しい言葉を吐くところを見たくはないのです」
頭を下げたままのリルヴィアにアルクスは戸惑いを隠せないようだ。
「ですが、あの三人はあなたを……」
「分かっております。しかし、これは私の不徳が致した結果です。あなたが負うべきことではありません。私は彼らの言葉を受けても、何か処罰することはしません」
リルヴィアはゆっくりと頭を上げて、アルクスの瞳を真っ直ぐと見た。
「この旅の目的は、大干ばつを防ぐために各地に雨を降らせることです。それは理解され難いことかもしれませんが誇りある役目だと思っております。……どうか旅が無事に終わるまで穏便に彼らと接してくれませんか」
「……」
アルクスは口を一文字で結び直した。そして喘ぐように呟く。
「それは命令ですか」
「……はい」
自分のことを軽視するような発言があったとしても、我慢して欲しいと命令するのは酷な事だと思う。
それを分かっている上でリルヴィアはアルクスに伝えるしかなかった。
「……畏まりました」
アルクスが無表情のままで頭を下げる。自分は彼が抱いた感情を殺せと命令しているのだ。何と嫌な奴だと自分でも思う。
「……皆のところへ戻りましょう。明日も早いですから」
来た道を戻り始めるリルヴィアにアルクスは無言のまま付いて来る。日中に降った雨により、冷えた空気がその場に佇むように溜まっていた。
動く度に、頬に当たる空気は顏を手で覆いたくなる程に冷たいものだった。




