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幼馴染の話

 

 特使の旅を始めてから四日過ぎた頃。アルクスの友人であるナスターはあまり、自分達に気を遣わなくてもいいと思ったらしく、最初と比べて砕けた態度で接してきてくれるようになっていた。


 四つ目に訪れた村、ホルルン村の宿屋でリルヴィア達は夕食後にナスターを囲うようにして話に耳を傾けていた。


「――いやいや、アルクスはこう見えて、猫を被っているんです。姫様は真面目なアルクスしか知らないでしょうけど、たまに抜けている時があるんですよ。食事中に寝ちゃって、皿から料理を溢していましたし」


「まぁ……」


 ナスターの話にリルヴィアが声を上げて笑うとアルクスは余計な事を言うなと訴えるような鋭い視線をナスターに向けて送っていた。

 セリア達もナスターの人懐こい性格に慣れたのか同じように話に耳を傾けている。


 この旅に本を持参してこなかったことを何度か後悔したが、こうやって自分の知らない話を進んで聞くのは楽しかった。


「二人はどれくらいの付き合いなんですか?」


 ミーシェが首を傾げながら訊ねる。彼女は物心ついた頃から侍女として仕えてくれていたので、幼馴染というものを知らないのだ。


「そうですねぇ。五歳くらいの時にはもうお互いの家に行き来していましたからね。あ、もちろんお若い頃のイルティ団長も存じていますよ。あの人は昔から常に無表情でしたが、情に厚い性格で……。それでいて、アルクスと同じようにたまに抜けているところがあるんで見ていて面白かったですけれど」


「……姉上、じゃなくって団長に叱り飛ばされるぞ」


 溜息交じりのアルクスの言葉にナスターは苦笑する。すると、ナスターの愉快そうな表情がふっと別のものへと変わり、視線が移動した。


 リルヴィアもゆっくりと視線を動かすと、その先には別の護衛騎士であるロズ、ネビー、ムストの三人が卓を囲ってひそひそと言葉を交わしているようだ。

 その空気はこちらに比べると少し鬱蒼としているように感じた。


 そういえば、旅を始めて四日経ったがリルヴィアどころかセリア達も他の護衛三人と言葉を交える機会は一度もなかった。


「おーい、お前らもそんな端っこにいないで、こっちに来いよ」


 気軽に友人を呼ぶようにナスターが右手を挙げて、三人を手招きする。


「……」


 しかし、他の護衛三人はこちらを一瞥すると無言のまま席から立ち上がり、その場からさっさと立ち去ってしまう。


「うわっ。何だよ、あいつら……姫様がいるのに失礼な態度だな」


 セリアも今の護衛三人の行動に納得がいかなかったのか、額に青筋を浮かべている。


「……すみません、リルヴィア姫。同僚が失礼な態度を取ってしまって」


 アルクスが去っていった三人の背中に向けていた瞳を自分の方へと戻す。


「あ、いえ。私は気にしておりません。……慣れない人や場所、物事があれば誰でも常のようにはいかないものです」


 そうは答えつつも、リルヴィアには少し気になる点があった。先程の三人がこちらに向けた視線、それは明らかにリルヴィアを映していたものだったからだ。


 ……私のことが嫌いなのかしら。


 奇妙な力を持った人間を好きになる方が珍しいと思う。そう考えるようにしても、やはり先程の視線は少々気になっていた。


「でも、あいつらこの旅が始まってからずっと、あんな調子ですよね。姫様にまともに挨拶しないですし」


 ナスターが呆れたように溜息を吐きつつ、去っていった三人の方向を見ている。


「……やはり、私から一度、態度について改めるように注意しておきます」


 アルクスの細められた視線は少し鋭いものだった。


「そこまでなさらなくても……。私は気にしておりませんし、彼らも慣れないことをしているせいで心に余裕がないのかもしれません」


 自分としては仕方がないものだと思っているのだが、アルクスは三人の自分に対する態度が気に入らないらしい。


「姫様はお優しいなぁ……。これがアルクスだったら、気に入らないことがあるなら、はっきり言えと叫んでから拳による乱闘が始まるのに」


 顰め面のアルクスの隣でナスターが感心したようにぼそりと呟く。


「まぁ……。アルクスは体術も得意なのですか」


「アルクスは叔父だった元団長やイルティ団長に小さい頃から鍛えられていますからね。今は大人しいですが、前に自分の事を団長に付いて行く小鴨だと馬鹿にされた時なんかは、そりゃあもう……」


 そこでナスターはしまった、という顔をして自分の口を手で押さえ始める。彼の視線の先には無表情で目を細めているアルクスがいた。


「……姫君の前では、余計な事を言わないように」


 低く重い声がナスターに向けて紡がれる。どうやらアルクスは彼の身に起きた荒事を自分に聞かせたくないらしい。ナスターはわざとらしく肩を竦めて見せた。


「それでは、そろそろ休みましょうか。明日も朝早くに出発せねばなりませんし」


 すっとアルクスが席から立ち上がる。どうやら話はこれでお終いのようだ。


「そうですね」


 あまり長く起きていても、宿屋の従業員に迷惑がかかるだろう。それに明日、宿屋を出発する時間も早い。


 明日は少し遠い場所へと向かうので、もしかする途中で野宿になる可能性もあると聞いている。

 出来るなら姫君である自分に野宿などさせたくないとアルクスやセリア達は思っているようだが、自分はどこで一晩を迎えようがあまり気にしてはいなかった。


 リルヴィアも席から立ち上がり、アルクス達に向けて頭を軽く下げる。


「では、明日もお世話になります。ゆっくりとお休み下さい」


「お休みなさいませ」


 リルヴィアの挨拶に答えるようにアルクスとナスターも頭を下げてくる。

 二人に就寝の挨拶をしてからリルヴィアはセリアとミーシェを連れて食堂から出た。今日は三人部屋が取れたので、二人と一緒の部屋である。


「あのナスターという人はどこか調子が良いというか、アルクスさんとは対照的な人ですね」


「でも、とても気さくで良い方なのです」


 後ろからセリアとミーシェがナスターについて話しているようだ。


「そうね。でも、やはり気を遣ってくれているんだと思うわ」


「まぁ、話は上手い方ですよね」


 リルヴィアに同意するようにセリアは無表情のままで頷き返す。


 ……アルクスさんだけではなく、ナスターさんにも気を遣って貰っているなんて、情けないわ。


 もっと自分がしっかりしなくてはと思いつつも、どうすればいいのかは分からない。


 この旅の目的は、自分が移動することで雨を長く降らせることにのみ理由があるのだから。それでもやはり、人に気を遣わせてばかりの自分に嫌気が差してくる。


「姫様?」


 不穏な空気を察知したのかミーシェが首を傾げて呼びかけて来た。


「ううん。何でもないわ」


 それだけ答えて、今日、自分が寝る部屋へと向かう。

 明日はもっと、しっかりとしなければ。


 溜息を押し殺しつつ、リルヴィアは胸の奥に淀み始める気持ちを吐き出せずにいた。

 


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