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占いの未来

 

 その日の夕方のうちにイルティからの使者がリルヴィアの住んでいる塔へと送られてきた。


 翌日の昼前に占い師サイゲルをこちらに寄こすと使者が預かっていた手紙には記されており、その場にアルクスも同席することになった。


・・・・・・・・・・


 占い師であるサイゲルと面会を控えた時間となり、リルヴィアは壁際に下げられている時計を見やった。もうそろそろ訪ねてくるだろうか。


「……」


 リルヴィアは塔の客間の長椅子の上に姿勢を正して座っていた。その後ろには無言のままアルクスが立ってくれている。


 無言の状態をそれほど苦には感じないが、アルクスはどう思っているだろうか。彼の表情は昨日から強張ったままである。


 すると、扉を数度叩く音が部屋に響いたため、リルヴィアはすぐに返事をした。


「失礼します。……占い師のサイゲル様がお見えになりました」


「……お通しして」


 セリアがどうぞ、と誰かに呟く声が聞こえたと同時に扉の向こう側から紫の上品な布を頭に被った男が客間へと入って来る。

 中肉中背の柔和そうな表情でにこにこと笑いながら男はリルヴィアに向かって会釈した。


「お初にお目にかかります、リルヴィア姫殿下。私、占い師をしておりますサイゲルと申します」


 腰を低くしながらサイゲルはリルヴィアの前へとやってくる。


「初めまして、サイゲルさん。……どうぞこちらへ」


 リルヴィアは自分の目の前に設けられている席を右手で示した。彼は二度目の会釈をしつつ、遠慮がちに長椅子の上へと腰掛ける。


 そこへミーシェがお茶の淹れられたカップをお盆に載せて、リルヴィアの前にある台の上へとゆっくりと置いた。


 セリアもミーシェもサイゲルからの話を聞くつもりでいるのか、壁際に並んで真っすぐと立っている。今回は正式な話の場ではないので、同席しても構わないだろう。


「……それで、サイゲルさんは私に何か大事なお話があると伺っているのですが、どのようなことでしょうか」


 リルヴィアが話を始めた途端に、空気が重いものへと変化した気がした。アルクスもセリア達もこちらに視線を集中しているのは見なくても分かる。


「はい。失礼を承知で申し上げたいと思います。実は……私の占いによりますと、このネフリティス王国に近いうちに大干ばつがやってくるとの結果が出たのです」


「大干ばつですか?」


 リルヴィアが小さく首を傾げるとサイゲルはわざとらしく大きく首を縦に動かした。


「そうです。この国中を巻き込む大干ばつが未来に見えたのです」


 視界の端に映るセリアの眉が中央へと大きく寄せられたのが見えた。サイゲルの話を信じていない証拠だ。


「その大干ばつを防ぐにはリルヴィア姫……あなた様の雨を降らせるお力が必要なのです」


「……つまり、私にこの塔から出ろと仰っているのでしょうか?」


「はい」


 思わず、沈黙が訪れてしまう。息をのんでいるのか、それとも絶句しているのかは分からない。自分以外の三人も言葉を失っているように思えたのだ。


「国王様には私から進言致します。なので、どうか……お国を救うためにひと肌脱いでいただけないでしょうか」


「……具体的にどうしろと言うのです。私は雨を降らせるだけしか出来ません」


「それだけで十分でございます。この国の各地方を巡っていただき、暫く滞在することで十分な雨を降らせていただきたいのです」


 ふっと漏れ聞こえた息は誰のものだろうか。その一息に怒りが込められているのをリルヴィアは静かに感じ取っていた。


「……あなたの占いの的中率は百発百中とお伺いしております。ですが、本当に大干ばつなど来るのでしょうか?」


「もちろんですとも。私の占いが外れたことなど一度もございません。……確かにリルヴィア姫には信じられ難い話かもしれませんが、ここは未然に防ぐためにお受けいただけないでしょうか」


「……」


 リルヴィアは長い台の上に置かれたカップの中の水面に映る自分を静かに見つめる。


 雨を降らせる力だけではなく、白い髪を持ったこの容姿は明らかに普通の人とは違うと分かっている。もし、姿を見知らぬ人に見られたとして自分の気持ちを強く保つことは出来るだろうか。


「リルヴィア姫、どうか……ネフリティス王国の安寧のために、国民のために、引き受けて下さりませんか」


 国と国民のために。

 その言葉が心臓に重く圧し掛かる。


 この雨を降らせる身は他人に良い影響を与えるものではない。だが、こんな自分でも誰かの役に立てるというのなら――。


 そんな想像をしてしまい、リルヴィアは口を噤んだ。


 望みを持ってはいけないと分かっているのに、期待してしまう自分は愚かなのだろう。誰かのためにと言い訳をしなければ、動くことが出来ないのだから。


 リルヴィアは一度瞳を閉じて、深く息を吐いてから、サイゲルを真っ直ぐ見た。


「……分かりました。お受けしましょう」


 何度目か分からない、息を飲み込む音が二つの方向から同時に耳へと入って来る。


「おお……! お受けして下さいますか!」


「はい。ですが国王の許可がない限り、私は自分の意思でここから動くことはありません」


「それは私にお任せを。きっと説得させて見せましょう」


 その時、サイゲルの柔和な表情が一瞬だけ、勘違いだったのではと思える程に黒い笑みを浮かべているように見えたのだ。


「それでは私はさっそく国王様にお目通りをして、この話の許可を頂きに参りたいと思います」


「……」


 サイゲルは腰を上げて、恭しくリルヴィアに向けて頭を深く下げた。


「リルヴィア姫の御決断と慈悲深き御心に感謝します。……それでは失礼致します」


 サイゲルはこちらに背を向けて扉の向こうへと歩いて行った。


 見送るつもりなのか、その後ろを不機嫌顔のセリアが付いて行く。ミーシェはその場に残るか迷っていたようだが、リルヴィアを気遣ってなのか、すぐにセリアの後ろを付いて行った。


 再び、その場にアルクスと二人残されてしまう。思ったよりも緊張していたらしく、疲れが少しずつ襲ってくる。


「……リルヴィア姫」


 名前を呼ばれたため、ゆっくりと振り返ると後ろに立っているアルクスが複雑そうな表情で自分を見つめていた。


「もし、国王様が先程の占い師の申し出を許可されたならば、姫君はその通りになさるおつもりですか」


 静かに呟かれる言葉にはどこか悔いのようなものが混じっている気がした。


「私の雨を降らせる力が人々の役に立つというのであれば、この身を捧げるつもりです」


 穏やかに微苦笑を浮かべつつ、リルヴィアは答える。


 本当は分かっている。サイゲルは自分を、雨を降らせるための道具としか思っていないと。

 それをアルクスも分かっているから、悲しそうな表情をするのだ。


「大丈夫ですよ。……確かに王城の敷地の外へ出たことはないので、少し不安もあります。それに世の中の常識というものも知りませんし」


 リルヴィアはすっかり冷えてしまった紅茶に口を付ける。自分自身を落ち着かせるために。


「ですが、私は一人ではありません。セリア、ミーシェだけでなく、今はアルクスも傍にいますし、イルティさんにも目をかけてもらっています」


 カップの中身を全て飲み干してから、リルヴィアは言葉を続ける。


「だから、外に出るのはあまり怖くはないのです」


「……」


 それでもアルクスは心配したままのようだ。


「……あとの事は国王に任せましょう。ご決断次第でしょうから」


「……はい」


 納得はしてくれないだろう。

 だが、国と国民のために何か出来るなら、良い事だ。


 リルヴィアは自分の心の中で何度もそう言い聞かせることにした。

 

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