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面会希望

 

 その日はもうアルクスの仕事は終わっているため、訪れないと思っていたが、何と近衛騎士団の団長であるイルティを伴って再び塔へとやって来た。


 アルクスの表情は午前中に比べると少々、気難しそうな顔をしている気がして、リルヴィアは少々不思議に思いつつも椅子から立ち上がった。


「こんにちは、イルティさん。お二人が揃うのは初めてですね」


「そういえば、そうですね。……アルクスが側近になってから少し経ちましたが、いかがでしょうか。何か気に入らないことがあれば言って下さって構いませんので」


 イルティの言葉に反応しないようにアルクスが口を真っすぐに結んでいる姿がどこか微笑ましく思えて、リルヴィアはゆっくりと首を横に振った。


「いえ、アルクスが私に仕えてくれたことを日々感謝しているくらいですよ。女子(おんなこ)どもしかいないので、特に力仕事などを手伝ってくれるのはとても助かっています」


「……そうですか」


 イルティの表情は特に色の無いものだったが、その呟きはどこか安心したように聞こえた。


「それでお二人揃って、今日はどのようなお話ですか?」


 何となくあまり良くない話のような気がしているが、尋ねないわけにはいかない。


「リルヴィア姫は王城内を騒がせている占い師は御存じですか」


「え? 確か、今朝……アルクスに話を聞きましたね。何でも占いの的中率が百発百中なのだとか」


 興味がないわけではないが、今の一瞬まですっかり頭から抜け落ちていた話題を思い出す。


「その占い師の名はサイゲルと言います。四大臣の一人が王城へと招き入れ、国王に紹介したことで占いの力を認められて、彼は王城で仕える一人のような扱いを受けています」


「……」


 アルクスが話していた通り、権力者の力を使って王城に入り浸っているようだ。


「このサイゲルという男が……リルヴィア姫にお目通り願いたいと申してきたのです」


「えっ?」


 思わず素の声で言葉を返してしまったリルヴィアは、つい呆けた顔をしてしまう。


「団長である私のもとにその話が通されたのでもちろん、返事は保留のままにしてあります。何の目的があって姫君との面会を望んでいるのかは分かりませんが……」


 確かに王城に入り浸るようになったばかりの占い師が何故、自分に会いたいなどと言ってくるのか理由が想像出来なかった。

 血の繋がりのある親兄弟でさえ、誰もこの場所を訪れようとはしないのに、何故――。


 深く考え過ぎていたのか、無言になってしまったリルヴィアをじっとアルクスが見つめてくる。自分の気持ちを察して心配してくれているのだろう。

 生まれそうになる不安をそっと隠しながらリルヴィアは表情を緩めて見せた。


「……その占い師の方は他にどのような話をされていたのか、お聞きしても?」


 リルヴィアの問いかけにこくりとイルティが頷く。その間もずっとアルクスは彼女の後ろで厳しい表情をしたままだ。


「姫君にとても大事な話があるとのことでした。何でも国益に関することだと」


「……私に国益の話を?」


 ますます、会ったことのない占い師が怪しく思えてくる。だが、不審に思っていることを覚られないようにリルヴィアは顎を引いてから、イルティを見つめ返す。


「私にどのような用があるのだとしても、やはり会ってみないと分かりませんね」


「……お会いになられるのですか」


 それまで黙っていたアルクスが視線を真っ直ぐとこちらに向けていた。心配してくれているのだろう。

 彼の青い瞳が憂いているように見えて、リルヴィアは大丈夫だと告げるように微笑を浮かべた。


「ええ。その占い師の方が私に対して興味を抱いているのか、それとも本当に国に関わる大事を話したいのかはこの目と耳で見極めなければなりませんから」


 本当は例の占い師に会いたいとは思っていない。

 だが、逃げてばかりでは駄目だ。もし国に関わることならば、ネフリティス王国の姫である以上、目を背くことは出来ない。


「イルティさん。その占い師の方に返事を。会う予定はそちらに合わせますとお伝え下さい」


「……畏まりました」


 イルティは目を瞑り、腰を折る。それに続くようにアルクスも頭をこちらに下げて来た。


 要件はそれだけだったらしく、イルティは失礼しましたと言い置いてから背を向けて、部屋から出て行く。この後、占い師に返事をしにいくのだろう。


 だが、アルクスはイルティの後を追いかけずにその場に立ったままだ。


「……アルクス?」


 姫と側近の立場を取っている今、リルヴィアは彼を名前で呼んだ。


「……いえ、失礼致します」


 はっと我に返ったようにアルクスが顔を上げる。その瞳は大きく揺れているように見え、戸惑いを隠せないでいるようだった。


「……今日の夜はお借りした本を読むので、夜空を見ることは出来そうにないですね」


 リルヴィアは先程、アルクスから手渡された図書館で借りて貰ってきた本の表紙を指でなぞりつつ、小さく呟く。

 アルクスならこの言葉の意味が分かるはずだ。


 ――今日の晩は、待ち合わせはしない。


 一瞬だけアルクスの瞳は瞠り、小さく息を吸い込んだ音が彼から聞こえた。


「……夜更かしして、体調を崩されないようにお気を付けください」


 どうやら自分の意図を汲み取ってくれたようだ。アルクスの返事に頷き返した。

 アルクスは何か言いたげな表情をしていたが、もう一度頭を深く下げて、部屋から出て行った。


「……」


 無言の溜息を吐いてから、リルヴィアは年代ものの椅子へと腰を下ろす。


 アルクスが、自分が占い師と面会することを承知していないのは分かっている。それが彼なりの気遣いと自分を守りたいと思う感情の表れだということも。


 しかし、嫌だという理由で逃げ出すことはもう、自分が許したくはなかった。

 

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