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顔合わせ

 

「とりあえず、リルヴィア姫の侍女の方々に挨拶をしても宜しいでしょうか」


「えっ? あ、はい……」


 リルヴィアはアルクスに背を向けて、部屋の扉を内側へとそっと開く。


「わっ……」


「きゃ……」


 扉を開けた瞬間に、雪崩れ込むように部屋の中へと入ってきたのはセリアとミーシェだった。二人は突然、身体の支えにしていたものがなくなったことで、体勢を崩したらしい。


「まぁ、二人とも……」


 リルヴィアは目を丸くしつつも、床の上に重なるように倒れている二人を窘めた。


「聞き耳を立てるなんて、お行儀が悪いわよ?」


「うっ……」


 自分のことを心配してくれているのは分かるが、正式な話をしている時に、聞き耳を立てるのは一般的に推奨されるべきことではない。


「だって……」


「姫様、本当にその人を側近になさるおつもりですか」


 口籠るミーシェとは違い、セリアは素早く立ち上がり、一歩前へとアルクスの方に近づいていく。


「いくら、イルティ様のお見立てだとしても、全く知らない男を姫様の側近にするのは不用心過ぎると思います」


 食って掛かるようにセリアは真っすぐとアルクスを見つめながらそう言った。アルクスの方も、そう言われても仕方がないという表情をしている。


「……こちらのアルクスは、イルティさんの弟なのよ」


「え?」


 セリアとミーシェは同時に呟き、じっとアルクスの顔を見つめ始める。


「……そういえば、何となく似ている気も……」


「でも、だからと言って……」


「セリア」


 再び窘めるように強めの口調で名前を呼んだ。


「実は、アルクスとはイルティさんを通して、本の貸し借りをしていたの」


 もちろん、事実を少しだけ捻じ曲げた嘘である。だが、この方が聞こえはいいのは確かだ。アルクスはこの場を自分に任せてくれるらしく、静かに黙ってくれていた。


「だから、別に見知らぬ人というわけではないわ。彼はとても誠実で真面目な人なの。貶めるような無礼なことを言っては駄目よ」


「……」


 リルヴィアによって窘められたセリアはあまり納得が出来ていないような表情をしていたが、諭されて渋々頷いてくれた。


 その一方で、若い男性に慣れていないミーシェはセリアの後ろからそっとアルクスの姿を覗いているようだ。


「アルクス。こちらは私に仕えてくれている侍女のセリアとミーシェです」


 改めて、アルクスに向けて二人を紹介すると彼は律儀に頭を下げた。


「初めまして。近衛騎士団所属、アルクス・ラグーナと申します。本日からリルヴィア姫の側近を務めさせて頂きます」


「よ、宜しくお願いします……」


「……宜しくお願いします」


 戸惑うミーシェと不満そうなセリアの対照的な挨拶に対して、特に何か表情を作ることなく、アルクスは頭を下げ返す。


「それでは、今日はこれにて失礼させて頂きます」


「もう、お帰りになられるのですか?」


 ミーシェが身長の高いアルクスを見上げながら訊ねた。


「はい。今日はご挨拶に参っただけなので。後日から側近として務めさせて頂きますが、主な側近の役割としましては、姫君の身辺を警護する、ということになります」


「今更、警護だなんて……。誰も来ない、この塔をですか?」


 セリアの言葉の意味は恐らく、今まで誰も情けも目も向けてくれないくせに、今更何を言っているんだと問うているようなものだった。


「セリア……」


 もう一度、窘めるように名前を呼ぶと彼女は唇を尖らせて、アルクスから視線を外す。


「リルヴィア姫はこの国の第五王女です。守られるべき存在であることに変わりはありません。私一人が側近だと、心許ないと思われるかもしれませんが、しっかりと務めさせて頂きますので、どうか警護することをお許しいただけませんか」


 まさか反論されると思わなかったのか、セリアは少し驚いたように仰け反った。何か言いたげな表情をしていたが、特に反論が思いつかなかったのか、セリアは渋々だが口を閉じたようだ。


「……すぐそこまで見送りましょう」


 リルヴィアは扉の向こう側を視線で示し、アルクスに退出を促した。


「姫様……」


「大丈夫よ。塔の内側からは出ないから。扉まで彼を見送ってくるから、あなた達はそろそろ昼食の準備をしてくれるかしら」


「ふぇっ? あっ、はいっ!」


 ミーシェは失礼しますと一言を言い置いてから慌てて部屋の外へと出た。


 その場に残ったセリアも、どうするべきかと考えているようだったが、アルクスを一瞥してから深く頭を下げ、部屋から出て行った。


「……すみません、うちの侍女が」


 セリアが自分のことを心配してくれているのはよく分かっている。だが、心配の裏返しでアルクスに八つ当たりのような態度を取るのは悪いことだ。


「いえ。大事な姫君を守らなければという気持ちは伝わってきていますから」


 再び、二人きりになってもアルクスの口調が変わることはない。今は主と従者の関係だからだろう。


 リルヴィアは先導するようにアルクスの前を歩きつつ、石畳の階段を降りていく。その後ろをアルクスはゆっくりと歩の速さを合わせて付いて来てくれた。


「……」


 何を話せばいいのだろう。夜の自分達なら、気軽に何でも話すことが出来たはずなのに、今の関係だと何を話せばいいのか分からなくなってしまう。


 階段を全て降り切り、リルヴィアは塔の外へと通じる扉にそっと手を触れて、扉を開いていく。


「ここから先は、私は行けませんので」


 一歩、後ろへと足を引いて、リルヴィアはアルクスに道を譲った。


 扉の向こうは今日も清々しいくらいに晴れていて、良い天気である。しかし、自分が一歩でもこの塔の外へと出れば、日は陰ってしまうのだ。


「……それでは、失礼致します」


 アルクスが仰々しく頭を下げて、一歩、また一歩遠ざかっていく。


「っ……」


 その背中が恋しくて、自分でも予想していないことをしてしまう。


「あのっ!」


 声を上げて、アルクスを呼び止める。彼はゆっくりとこちらを振り返った。


「あの……。……今日はきっと月が綺麗に見えますよ」


「……!」


 アルクスは一瞬だけ、目を見張ったように見えた。しかし、すぐに表情を真面目そうなものへと戻し、軽く頷く。


「そうですね。きっと、星も綺麗に見えるでしょう」


 夜に会いたいと、意味を含めた言葉は伝わっているのだろうか。優しい笑みを浮かべるアルクスにリルヴィアも頷き返した。


「……お気をつけて」


「はい」


 この扉を閉めれば、夜までは会えない。アルクスの顔を見ながら、ゆっくりと扉を閉めていく。

 その瞬間が名残惜しく思ってしまうのはきっと、アルクスのことを特別だと思っているからだ。


「……」


 扉を完全に閉め切ったリルヴィアは、口を真っすぐに結び直し、静かに耐えるように何かを飲み込んだ。


 ……また、夜に。


 再び会えるまで、少し時間を過ごすだけだ。

 だが、夜には主従の関係としての自分達ではなく、いつもの友人の間柄として話がしたいと強く思った。

 

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