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予期せぬ訪問

 

 朝食を食べ終えたくらいの時間に、近衛騎士団の団長であるイルティから伝達の使者が送られてきた。

 昼頃にとある人物が塔へと訪問して来るので迎え入れて欲しい、という短い手紙が届いたのである。


 そのことに対して、侍女のセリアとミーシェは一体何事かと不思議に思っているようだった。


 しかし、何となくリルヴィアには思い当ることがあり、先程から気分が落ち着かないまま時間を過ごしている。


 ……アルクスさんとの関係を知られてしまったのかしら。


 もし、そうならば昨夜のうちにアルクスが何か言ってきたかもしれないが、優しい彼のことだ。自分に心配かけまいと秘密にしていたのかもしれない。


「……」


 リルヴィアはアルクスから借りている本の表紙をそっと指でなぞった。古い表紙だが、滑らかな感触が妙に落ち着く。


 もし、夜に会うことを止められたなら、自分は今後どうなるのだろう。以前のように何事も変わることなく、平穏に過ぎる日々を淡々と受け入れることが出来るだろうか。


 考えても、仕方がないことだと分かっている。


「はぁ……」


 思わず声が出る程の溜息を吐いた時、扉を叩く音が響いて、リルヴィアは返事をした。


「姫様、失礼します」


 少し慌てた様子のミーシェが部屋の中へと入って来た。


「あの……。先程、イルティ様から送られてきた使者の件なのですが……」


「誰かがこの塔を訪ねてくるという話かしら?」


 そう言えば、もうお昼頃だ。リルヴィアは椅子から立ち上がった。


「その人が訪ねて来たんです。あの……男の方が一人、ですが」


「えっ?」


 一体、誰だろうか。だが、話を聞かないことにはどうすることも出来ない。


「分かったわ。……客間は掃除してある?」


 この塔には自分達の部屋とは別で来客用の部屋も一応あった。毎日、来客用の部屋を掃除するのは面倒だとセリアが愚痴をこぼしてからは、普段は放置したままだ。

 そのため、たまに訪ねてくるイルティには直接リルヴィアの部屋に入って貰っていた。


「はい。先程、姉様が掃除は終わったと言っていましたので……」


「それじゃあ、訪ねて来た方を客間に通してあげて。私もすぐに行くわ」


「畏まりました」


 ミーシェは背を向けて、駆け足で部屋から出て行った。


 一人残されたリルヴィアは机の上の小物入れの蓋をそっと開いて、昨晩アルクスから貰った朱色の石の首飾りを取り出す。


「……」


 石を掌に載せて、祈るように胸元へと添えた。

 もう石には熱は残っていないが、アルクスに手渡された時の温度を思い出せば、少しは気持ちが楽になるのでは思ったのだ。


 耳を澄ませば、ミーシェが誰かと話している声が聞こえてくる。男の声だが、塔内は声が反響して聞こえるため、何を呟いているのかまでは分からない。


 ……私なら、大丈夫。


 朱色の石を胸元から離して、小物入れの中へと元通りに収めた。


 誰が訪ねてきているのかは分からないが、ここは毅然とした態度で対応するべきか、それとも受け身の態度で臨むべきか。


 色々考えているうちに、リルヴィアは客間の部屋へと辿り着いてしまう。

 木製の扉の向こう側に、イルティから送られてきた誰かがいる。


 緊張はしているが、怖いと思うことはなかった。恐らく、アルクスやイルティと会話することで、誰かと話をすることに慣れたからだろう。


 一つ、深呼吸してからリルヴィアは部屋の扉を数回叩いた。返事はないまま内側から扉が開かれ、視線を向ければ、扉のすぐ傍にセリアが立っていた。どうやら彼女が扉を開けてくれたようだ。


「セリア……」


「姫様。こちらの方、姫様に大事な話があるそうですよ」


 何か気に入らないことでもあるのか、セリアは鼻を鳴らすようにそう言った。


 リルヴィアは部屋の中へと入り、客間に置かれている布が張られた長椅子の上に座っている人物を見て、石のように固まってしまう。

 見開かれた瞳に映されている姿を現実だと信じるには時間が必要だった。


 ……どうして。


 その言葉を口にすれば、すぐ隣にいるセリアを不審にさせてしまう。


「……初めまして、リルヴィア姫」


 瞳に映していた人物がゆっくりと長椅子から立ち上がる。

 羽織られた外套は近衛騎士団の紋章が描かれている。黒髪に青い瞳で、人懐こそうな表情。それは誰なのか聞かなくても分かっていた。


「近衛騎士団に所属しております、アルクス・ラグーナと申します」


 声も姿も全て知っている。

 リルヴィアは驚きを必死に隠しながら、一歩ずつアルクスの前へと歩いて行く。


「……初めまして。第五王女のリルヴィア・エル・フォースクリフと申します。……今日はどのような件で参られたのでしょうか」


 出来るだけ畏まった姿を見せたくはないが、セリアがいる手前、自分とアルクスが初対面であることを示さなければならない。


 しかし、アルクスもそのことを承知しているようで、いつものように気軽に自分に話しかけては来ない。


「今日は大事な話があって、リルヴィア姫にお伺いに来ました」


 普段は自分のことをルネと呼んでくるアルクスだが、今日は公式な訪問として来ているためか、本名で自分を呼んでくる。思えば、初めて彼から本名で呼ばれた気がして、妙なくすぐったさを感じた。


 アルクスの視線がちらりとセリアへ向けられる。どうやら同席は遠慮してほしいという意味のようだ。リルヴィアはすぐに背後を振り返った。


「セリア。ここは退席してもらえるかしら」


「えっ? ……こちらの方が王城の騎士とは言え、見知らぬ男性と姫様を二人きりには出来ません」


 セリアは眉を深く寄せながら、立っているアルクスへと視線を向ける。どうやらアルクスを警戒しているらしい。


 だが、自分は彼が警戒するべき人間ではないと知っているため、二人きりになっても怖いと思う事はなかった。


「心配いらないわ。……ね、お願い?」


 セリアを上目遣いで見つつ、リルヴィアが頼み込むと彼女はどこか不満そうに唇を尖らせた。


「……分かりました。ですが、扉の向こう側で待機しておりますので、何かあればすぐにお呼び下さい」


「ええ、お願いね」


 セリアはじっとアルクスを睨むように見つつ、後ろへと下がった。部屋から出て、セリアの手によって扉がゆっくりと閉められる。


「……」


 二人きりとなった部屋には自然と静寂が生まれてしまう。


「……どうぞ、座って下さい」


 リルヴィアが長椅子に腰掛けるようにと手で示した。


「失礼致します」


 セリアが部屋から出て行ったあとも、いつもの口調に戻らないのはやはりアルクスが近衛騎士団に所属する者として、何か正式な話をしに来たからだろう。


 一体、何の話をするつもりなのかとリルヴィアは浮いた心を覚られないに落ち着かせていた。

 アルクスの表情を見るからに、それほど残念な話ではないような気もする。


「……それで、お話を聞かせて頂いても宜しいですか」


 真っ直ぐとアルクスの顔を見る。いつもは夜の月明かりだけでアルクスの姿を見て来たので、こうやって明るい場所でじっくりと彼の姿を見るのは初めてだろう。

 先日の隣国の使者が来た際はじっくり見る余裕などなかったからだ。

 

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