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姉弟と本

 

 近衛騎士団の団長であるイルティがリルヴィアの住まいである塔を訪ねてくるのは久しぶりだった。


「こんにちは、イルティさん。お変わりはないですか」


「ご無沙汰してしまい申し訳ありません。本当はすぐにでもお訪ねしたかったのですが」


 今日はいつもより時間があるのか、イルティは椅子に座ってくれていた。セリア達によって運ばれた紅茶のカップを手に取ると彼女はそれを一口だけ飲んだ。


「……クプルム王国からの使者を招いた昼食会の席に、お()でになったと聞きました」


 静かにイルティは呟いた。彼女の凪のような瞳はカップの中の水面を映している。


「私はその場にはいませんでしたが、国王達があなたをクプルム王国の使者への見世物にしたと」


「……外交の場では仕方ないことです。私があの申し出を断ってしまえば、それだけで国同士に亀裂が入ってしまう可能性だってあります。……無事に済んで、国のためになるなら、何度でもこの身を捧げるつもりです」


 偽りではない。

 だが、心に何かが引っかかってしまうのは、自分の存在を誰かに使ってもらうことでしか、生きることを許されないと思っているからだ。


「……お嫌でしたよね」


 いつもは無表情のイルティの顔が歪んだものへと変わる。イルティが自分を気にかけてくれていることは知っている。

 だから、そういう表情をして欲しくなくて、リルヴィアは無理に笑顔を作って見せた。


「平気です。……私はこの塔の中で静かに過ごすだけです。人の目も声も必要以上に入って来ることはありませんから」


「……」


 リルヴィアは窓の外へと視線を向ける。今日も空は晴れており、雲一つない青空だ。


 誰かの心を曇らせることがないように、自分は塔の外に出てはならない。それを一番理解しているのは自分自身だ。

 

 ふと、イルティが動いた気配がして、リルヴィアは振り返る。


「っ……」


 イルティの手に掴まれているのは一冊の本だった。


 先日、アルクスから貸してもらった本だとすぐに気付いたリルヴィアは焦りが表情に出ないように、必死に平静でいようと努めた。

 つい先程まで読んでいたので、机の上に出しっぱなしにしていたとは不覚だった。


 アルクスから本を借りた時、この本は元々、姉であるイルティの物だったが自分に譲ってもらったと言っていた。

 以前までイルティの本だった物ならば、見覚えがあると思われても仕方がないだろう。


 そして、彼女は自分がアルクスと夜、密かに会っていることを知らない。


 もし、知ることとなれば、アルクスに何か懲罰が下るのではないかと恐れたリルヴィアは何か別の話題が無いか頭の中で考えを回転させた。


「……この本、私も持っていましたね」


 ぼそりと呟かれる言葉にリルヴィアは気付かれないように肩を震わせる。


 どうか、それ以上その本について追究しないで欲しいと願いつつ、リルヴィアは先日、イルティから借りていた本を取り出した。


「あ、イルティさん。この前、貸していただいた本をお返しいたします」


 出来るだけわざとらしくないように装いつつ、リルヴィアはイルティに本を渡した。気が逸れたのか、イルティは持っていた本を机の上へと戻し、リルヴィアから差し出された本を受け取ってくれた。


 それに少々安堵しつつも、さりげなく机の上に再び置かれたアルクスから借りた本を手に取って、本棚へと戻す。


「新刊、凄く面白かったです。いつも貸して下さり、ありがとうございました」


「……いえ。趣味が読書か剣術くらいしかないですし。それに同じ本を楽しめて、感想を言い合える人が欲しいだけなので」


「今回の新刊は続きが気になる終わり方でしたね。……主人公たちがどういった決断をして進むのか、次のお話が楽しみです」


「また、お貸ししますよ。……この本を読むのは私とリルヴィア姫と……私の弟くらいしかいませんから」


 イルティの言った弟という言葉につい反応してしまいそうになるが、リルヴィアは表情に注意しつつ、世間話のように話を振った。


「そういえば、弟さんがいらっしゃると言っていましたね。仲が良いんですか?」


「……どうでしょう。昔はよく剣の稽古の相手をしていましたが、最近は仕事中以外で話す機会がないですからね」


 イルティもアルクスも近衛騎士団で勤めており、直属ではないとはいえ、上司と部下の関係だ。家の中で話していたように王城の中で親しく話すことはないのかもしれない。


「……まぁ、この本を貸すついでに久しぶりに話でもしてきましょうかね」


「……」


 イルティは勘が良い人なので、どうか自分とアルクスの関係に気付かないようにと、密かに祈るしかないだろう。


 帰るつもりなのか、イルティは残りの紅茶を一気に飲み干して、本を片手に立ち上がる。


「それでは、そろそろ失礼致します」


「……また、お越しくださいね」


 リルヴィアの言葉にイルティは頭を深く下げてからこちらに背を向けて、部屋から出て行く。


 足音が聞こえなくなってから、リルヴィアは少々深めの溜息を吐いた。


 ……危なかったわ。


 もしかすると、イルティは気付いてしまったかもしれない。だが今、何も言わなかったのは決定的な確信を得ていないからだろう。


 ……アルクスさんとお会いすると言っていたけれど、大丈夫かしら。


 今日の夜、会う予定なのでその際にアルクスにイルティとどのような話をしたのか、訊ねてみるしかないようだ。

 

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