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雨降らす姫

 

 毎日、日は昇っては沈んでいく。それはこの世界の(ことわり)だ。

 だが、自分はどうだろうか。


「……今日もいい天気」


 リルヴィアは自室の窓から空を見上げる。青々とした空は雲一つない快晴だ。

 空を眺めていると自室の扉を叩く音が聞こえたため、リルヴィアは返事をする。


「……失礼します」


 扉を開けて入ってきたのはこの国、ネフリティス王国の若き近衛騎士団団長であるイルティだった。


 長い黒髪を一つにまとめているのは、以前短髪にしたいと言っていた彼女に自分が長い方が好きだと言ったからである。細める瞳は彼女をよく知らない者からすれば睨まれていると思う程に鋭い。


 普段は団長として忙しい身のイルティだが、時間がある時にこうして自分のもとへと訪ねてきてくれるのは少ない楽しみの一つだ。


「こんにちは、イルティさん」


「……リルヴィア姫もお変わりないようで」


 冷酷と厳格の象徴だと部下達に噂されているようだが、本当は彼女が優しい心の持ち主だと知っている。でなければ、こんな珍妙な姫の元へと挨拶に訪れるわけがないだろう。


「お忙しいところ、いつも訪ねてきて下さりありがとうございます。何か城で変わったことはありませんか?」


「最近は新しく入団して来た騎士が増えたので、そちらの指導をしています」


「まぁ……。イルティさんが直接手ほどきを?」


「いえ、私はあくまで監視です。訓練内容は部下に任せています」


 イルティは歴代の近衛騎士団の団長達に並ぶ剣術の使い手だと聞いている。そんな彼女が新人騎士の相手をしたら、尻尾を巻いて逃げてしまうに違いないとリルヴィアはくすりと笑った。


「……それと以前、お貸しした本の続きを持って来ました」


 イルティは白い外套(がいとう)の下から一冊の分厚い本を取り出す。


「あ、この本……。続きをずっと楽しみにしていたんです。ありがとうございます」


 深緑色の背表紙の本をリルヴィアは受け取ると大事そうにそれを抱え込んだ。


「お好きですか、その本」


「はい。情景描写がとても美しく書かれていて……」


 本の内容はとある旅人が世界を歩いて回り、どのような出来事と遭遇したのかが書かれているものだ。

 自分は旅などしたことないのに、読んでいるとそういう気分になってくるのだから、本というものは不思議である。


「……私の弟もその本が好きでしたね」


「イルティさん、弟さんがいるんですか?」


「はい。私と同じく近衛騎士団に勤めております。まだまだの若造ですが」


 イルティの弟ならば、真面目で寡黙な人なのだろうかと何となく想像してみる。


「……いつか機会があったら、弟にも挨拶に来させます」


「えっ……。そんな、悪いですよ。それに私は……」


 リルヴィアは自分の言葉の先を繋げることを途中で止めて、口を(つぐ)んだ。


「……失礼致しました」


 リルヴィアの気持ちを汲み取ってなのかイルティはすぐに詫びの言葉を呟く。


「いえ、私の身を嫌がる方もいるので……。あまり人目に付きたくないだけですよ」


 にこりとリルヴィアが笑って見せると、何故かイルティは眉を少し寄せて納得が出来ないような顔をしていた。


挿絵(By みてみん)


「私にはイルティさんと仕えてくれているセリア、ミーシェがいます。……それだけで十分ですから」


「……」


 何か言おうと口を開きかけたイルティは、そのまま言葉を飲み込んでいるように見えた。


「……また、来ます。次は別の本も持ってきますので」


「はい。お待ちしていますね」


 律儀に自分に一礼してからイルティは扉の向こう側へと去っていった。

 その入れ替わりで侍女のセリアとミーシェが中へと入って来る。


「イルティ団長、もう帰ったんですか」


「せっかくお茶とお菓子をご用意したのに……」


 侍女の二人は実の姉妹である。

 姉の方のセリアはイルティが立ち去った方向を見ながら呆れたように溜息を吐く。妹のミーシェも伸びあがるように廊下を眺めつつ、リルヴィアの前へと二人分のお茶を淹れたカップが載ったお盆を持って来た。


「このお茶、どうしましょう? 姫様、お飲みになられますか?」


「そうね。せっかくだから、頂くわ」


 ミーシェは軽く頷き、机の上へとお盆を置いた。


「でも、イルティ団長がお見えになるのは本当に久しぶりですね」


 セリアがイルティに出すつもりだったお茶菓子を一つまみして口へと運ぶ。


「あっ、姉様! 駄目ですよ! 姫様に持ってきたお菓子なのに……」


 ミーシェがセリアの行動をたしなめるようにそう言ったが、セリアは聞く耳を持たずに二つ目のお菓子を頬張る。

 しかし、自分の前では遠慮はいらないと言い含めているのでセリアの手が止まることはなかった。


「……私も団長という役職がどういうものかは概要だけは分かっているけれど、やはりお忙しい身なのよ。それでも、ここへ来て下さるだけで私は十分嬉しいわ」


「まぁ、他の人に比べたらあの人は良い方ですよね。……どこぞの馬鹿王子達とは違って」


「姉様ったら……」


 嫌味っぽくセリアがそう言ったので、再びミーシェがたしなめる。


「……お兄様達も私には会いたくないでしょうね」


 苦笑しつつそう答えると二人は複雑そうな表情でお互いの顔を見合わせていた。


「……姫様。今日は他に急ぎの用事などないので、貸していただいた本を読まれてはいかがですか?」


「あら、いいの? 確か、繕い物が……」


「それは私がやりますので。……ミーシェは洗濯をお願い」


「はいっ」


 侍女二人は頭を下げてからその場から去っていく。残されたのは手元にある本と机の上に置いてある二人分のカップだけだ。


「……」


 窓際の椅子に腰かけて、リルヴィアは本の表紙を捲った。



 自分が住んでいるのは王城の敷地にある石造りのとある塔だ。そこで自分は侍女二人と隔離された生活を送っている。そのため、外部から訪問者が来る方が珍しいのだ。


 王族であるというのに、誰も来ないような離れた塔で生活している理由はただ一つ。自分が特異な力の持ち主だからだ。


 髪色は異常な程に白く、血筋を辿っても王族にそのような者がいたことはなかったらしい。


 そして何より、この塔に隔離されている一番の理由は、自分がこの塔から一歩でも外に出れば雨を無意識に降らせてしまう力を持っているからである。


 ただの雨女とは違うのだ。聞けば誰でも可笑しな話だと笑うだろう。しかし、事実なのだから仕方がない。


 この塔は呪術師によって雨除けの術が施されているらしい。この塔の中にいれば雨を降らすことはないため、大事な用などがある場合以外は極力、外に出ないようにしていた。


 誰かが言ったのは「太陽に嫌われた姫」、「雨乞いの呪い」という言葉。

 その言葉の通り、自分の存在は人に雨しかもたらさない。晴れていて欲しい時に雨が降れば誰だって気落ちしてしまうだろう。   


 だから、この塔の中でひっそりと生きていくしかないのだ。日が昇り、沈んでいくだけの同じような毎日が続くとしても。


「……明日も晴れるかしら」


 そっと呟いた言葉だけが窓の外へと流れて行った。

   

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