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第8章 ニユ

 男を消滅させ終わると、彩綾はぐしゃりと倒れ込んだ。


「彩綾!?」


 夏菜子が彩綾の元へ駆け寄る。


「……夏菜子。約束破るの早すぎ」彩綾は目を瞑っている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「わかってるよ。やらなくちゃ、他の誰かが犠牲になっていたかもしれない。そうだよね?」



 そこで『時止め』の1分が終わった。朝の学校の喧騒が流れ出す。生徒達が魔法少女達の横を駆け抜けていく。


 はずだったのだが。時は止まったまま。しかし夏菜子はそのことに気付いていなかった。



「人間の少女」


 夏菜子はその声の主を見る。夏菜子と彩綾の上、魔女はそこに浮いていた。


「魔女!」夏菜子は言った。


「彩綾だったな、主の残された時間はもう無くなった。これからすぐに地獄の苦痛が始まる。主を次元の歪みへと飛ばそう。もはや自分では行けないだろう」


 もはや自分では行けない。確かに魔女はそう言った。もしかして、彩綾は本当は次元の歪みへの扉を開くことができた?


「……ええ。私が苦しむ姿を夏菜子には見せられないもの」


「待って!」夏菜子は叫んだ。


 しかし、彩綾は呻き声をあげ始めた。その声は次第に大きくなる。やがてほんの数秒で、その声は人間のものとは思えないような悍ましいものへと変わっていった。


「ヴゥ……ァァァアァゥヴヴヴ」


「彩綾、彩綾!?」


「だから言ったろう。すぐに始まると。まだこれは序の口だ。さあ、飛ばそうか」


 魔女はそう言って右手をふりかざし、すると彩綾の周りに黒紫のブラックホールが生まれた。彩綾の体が次第に薄く、存在が吸い込まれていく。彩綾を歪みへと誘いながら、次元の扉は少しずつ小さくなり、そして彩綾と共にふっ、と消えた。


「彩綾をどこにやったの!?」夏菜子は魔女に向かって言った。


「次元の歪みだと言っておろうが。錯乱するな」


「彩綾の苦しみを無くして!!!」


「それもできないと言ったはずだ。契約なのだ。魔法エネルギーと負の作用はいつでも天秤にかけられている。もはや魔女である我にも、その作用だけを消すことは叶わぬ」


「彩綾は、彩綾は、本当に、7日間もああして苦しみ続けるの?」


「いや、14日間だ」


「どういうこと?話が違う!!」


「それはこちらの台詞だ。あの少女は、お前の分の苦痛を被ったのさ」


「……私の苦しみを?」


「そうだ。あの少女は1人で小屋へとやって来た。いつか夏菜子が受けることになるだろう苦痛を自分に上乗せしてほしいと、そう言ったのだ。だから安心するといい。主は死ぬ時、あの苦痛を味わわずに済む」


「どうして……、そんなこと。だって、苦痛は消せないって、どうしようもないって、あなた言ったじゃない!!」


「無くすことはできぬ。全ては相対的なのだから。しかしその所在を移動させることならば可能だ。とはいえたかだか十数年生きただけの小娘に、あの苦痛の壮絶さが理解できようはずもない。故に我はあの苦痛を再現し、30分程あの少女へと与えた。発狂するかしないか、その限界点まで。だが、それでもその意志は変わらなかった」


「それなら、それなら! 私に苦痛を戻して。今すぐに!!」


「できぬ。苦痛はもう始まってしまった」


「何をそんな……。いいから、彩綾を解放しろ。でないと魔法であなたを殺す」


「主が使っているのは、本来我の魔法だぞ。無力化できないわけがないだろう。そもそも、もう次元の歪みへと飛ばしたのだ。歪みを通ったことのある主ならわかるはずだ。ここと歪みの中では時の流れが違う。この世界にいるものからすれば、あの少女の苦痛は既に終わったとも言え、或いは永遠に続くとも言える。止めることはできぬ」


「私が彩綾を助けに行く。飛ばした歪みの座標を教えろ!!」


「行ってどうする。苦痛を止めることは叶わぬと言っているだろう。それにあの少女は、主に苦しむ姿を見られたくないのではなかったか」


「……でも、でも、彩綾は……」


「話は終わりだ。我は小屋に戻って休むとする」


 そう言い残し、魔女は突然に姿を消した。


 夏菜子は魔法少女の姿のまま、ただそこで呆然と座り込んでいた。もはや、涙すら出なかった。




 夏菜子はその日、学校を早退した。とても授業を受けられるような状態では無かったのだ。夏菜子の憔悴しきった表情を見て、保健室の先生も早退を勧めた。


 自分の部屋へと戻り、制服を脱ぐ。そのまま下着姿でベッドへと転がった。


 私は、魔女を許せない。私や彩綾のように、魔法少女になるのは若い女の子だけ。魔女は長生きする為に、これからも少女を次々と犠牲にしていくのだろう。あの魔女にとって、私達人間は餌なんだ。


 私が止めなきゃ、あの魔女を。でも、どうやって。私の魔法は通じない。かといって説得なんてできるはずがない。私にもっと、何か武器があれば。



「魔女が憎い?」


 突然だった。ベッドに寝転がる夏菜子を見下ろすように、そこにはグレーのドレスを纏った女が浮いていた。彼女の瞳は青かった。


「あなたは……?」と夏菜子は起き上がって言った。


「わからないか?」


「きっと魔女だよね。私が契約した魔女とは別の」


「そう。私の名はアルチーナ。お前が契約した魔女が誰かは知らないが、しかし私の魔法ならば、その魔女を殺すことだってできる」


「なるほどね。つまり」


「私と契約しな」


「それは……」


 夏菜子が言いかけた時、次元の扉が開いた。そうして黒いドレスの魔女がそこに現れる。夏菜子が契約した、あの魔女であった。そう広くはない夏菜子の部屋に、魔女が2人も浮いている。アルチーナは彼女の姿を見て、目を見開いた。


 そして黒いドレスの魔女は言った。


「やめなさい、アルチーナ」


「驚きました。生きていらしたのですね、ペルセポネ様。貴女様を殺すなど、私にできるはずがないではありませんか」とアルチーナ。


「そうではない。例え我ではなかったとしてもだ。魔女同士で争おうとするな。皆、我の娘なのだから」


「はい。仰せのままに」


「それと、その少女は我の契約者だ。二重契約などさせてみよ。我が許さぬ」


「申し訳ございません」


「いい。過ちはある。達者でな」


 ペルセポネ、と呼ばれた黒いドレスの魔女は、再び次元の扉を開き、そして歪みの中へと入っていく。


 そうして再び、夏菜子の部屋にはアルチーナと夏菜子だけになった。


「な、なに?」夏菜子は困惑していた。


「母上の契約者だったのか。失礼をしたよ」


「あの魔女は、あなたのお母さん?」


「ああ。そうだな、詫びも兼ねて、お前には私達魔女というものについて話そうか。興味はあるか?」


「もちろん。私、魔女のこと何もわからないから」


 すると浮いていたアルチーナはゆっくりと床に降りていく。すっ、と2歩歩くと、夏菜子の勉強机の椅子に座った。


「私達魔女は、冥界を追い出されたのだ」


 アルチーナはゆっくりと話し始めた。

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