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第2章 ワタ

 土曜日の朝。日はすっかり昇っている。夏菜子は部屋の中で回転する勉強机の椅子に座りながら、ぼんやりと天井を見上げていた。


 昨日のあれは、何だったんだろう。なんだか魔法とか使い魔とか、全くもってわけがわからないや。

 あんなに不思議な出来事だったのに、とても現実のものとは思えないのに、確かにその魔法とやらのおかげで春香は助かった。

 信じる信じないの話じゃない。魔法はあった。そして魔法なんてものは普通じゃない。特別な出来事だった。


 夏菜子は体の奥底で何かがぞくっと沸き立つのを感じた。視界がはっきりとして、鼓動が加速していく。


 魔法。なんて素敵な響きだろう。あの変なウサギ、魔女の使い魔だとかなんとか。

 えっと、魔法を扱うことに興味があるなら呼べって言ってたっけ。


 魔法を扱うこと……。つまり魔法使いになりたいなら、ってことかな。んー。それはまあ誰だってなりたいでしょう。あんな風に時間を止めたりできたらすごいもん。


 私は一見普通の中学生。だけどその実、魔法少女!

 うん。いいね。特別な女の子、って感じがする。


 あのウサギが魔女の使い魔ってことは、魔女がいるってことだよね。あ、使い魔を呼んだら魔女のところへ連れて行ってくれるんだっけ。魔女が魔法を教えてくれるのかなあ。


 夏菜子は魔女を想像してみることにした。ガラス瓶に様々な色の液体を入れて、もくもくと煙を出しながら魔法の実験をするおばあさん魔女。


 あはは。紫のふにゃふにゃしたとんがり帽子をかぶって、イヒヒ、とか言ってるのかな。なんだか意地悪そう!


 まあでも、そんなのがいるなら会ってみたい。魔法を習得するにはつらい修行があるよ、なんて言われたら断って帰ってくればいいのだし。


 よしよし。使い魔を呼んで、魔女のところへ連れて行ってもらおう。もしかして私、魔法の才能があるから魔女の目にとまったのかもしれないよ?


「えっと、使い魔さーん……。魔法に興味ありまーす。これでいいのかな……」

 夏菜子は独り言のように呟いた。


 呼ぶって何よ。もう。今1人だからいいけど、年頃の女子に恥ずかしい思いをさせたな。


 1分が過ぎる。何も起こらない。5分が過ぎる。何も起こらない。


 あれ。やっぱり呼び方が間違ってたのかなあ。というかそもそも、やっぱり昨日のあれは幻でも見ていたのかも。寝起きだったし。


 はあ、と夏菜子はため息をつく。


 いよいよ私も重症だ。これじゃ電波ちゃんだよ。中学生にもなって、魔法少女がどうだとか……。あー、恥ずかしい恥ずかしい。さあさあ、せっかくの土曜日なんだから出かける準備でもしようかしらね。


 そうして夏菜子が椅子から立ち上がると。


「おはようございます」


 黄色のウサギが夏菜子の目の前に浮かんでいた。


「っ、え!?」


「驚かせてすみません。呼んでいただいたので」


「来るの遅いよ!」


「使い魔の魔力ではそれほど速くは移動できないのです」


「ああ、びっくりした」


 そう言うと夏菜子は再び椅子に座り、目の前の不思議な生き物をまじまじと見る。


 どう見ても一回り小さいウサギにしか見えない。ウサギと比べると少し目と耳が大きくて、ちょっとかわいいかも。でも浮いてるからなんかこわい。


 女の子みたいな声だけど、メスなのかな?


「使い魔に性別はありません」


「あ、考えてることわかるんだった」


「さて、早速ですが魔女様のところへご案内しましょう」


 すると夏菜子のベッドの上に、黒と紫が混じり合うブラックホールのようなものが現れた。それはフラフープくらいの大きさで、ぐるぐると回り、うねっている。


「えっ、なにこれ。私の部屋、ちゃんと元に戻してよ……?」


「ご心配なく。使い終われば消えます。では夏菜子さん、この中へ」


「え?」


「魔女様が住んでおられるところへ通じています。そこはこの部屋から少しばかり離れていますから、次元の狭間を通って近道しましょう」


「なんかいろいろと説明が足りないんだけど……」


「さあ、入ってください。私の魔力ではわずかな時間しかこの歪みを繋げられないのです。早く」


「はいはい。なんだか昨日もそんなこと言ってたような……。デジャヴだなあ」


 そう言いながら夏菜子はその黒紫のブラックホールに近づく。すると夏菜子の体はそこにぐいと引き寄せられ、そして気付いた時には次元の狭間とやらの中にいた。


 そこは不思議な空間だった。上下左右がわからず、夏菜子の体はまるで無重力の宇宙に放り出されたかのようにふわふわと漂う。どの方向を向いても、ただひたすらに黒紫のおどろおどろしい空間が続いていた。


 うわあ。目が回りそう。絵の具を何種類かパレットに出して、ぐるぐると混ぜた時のことを思い出すなあ。そんな景色。


「こちらです」


 使い魔もまた同じ空間にぷかぷかと浮いていた。使い魔は夏菜子に背を向けて、すーっと進んでいく。


「ちょ、待ってよ。どうやって移動するの……」


 と夏菜子が言いかけると、夏菜子の体が使い魔の方へと引き寄せられるようにすーっと動き出した。とはいえこんな空間の中では、夏菜子が進んでいるのか或いは使い魔が近寄ってきているのかすら、夏菜子にはわからなかったのだが。


 そうして5分程経っただろうか。ふいに使い魔が。


「着きました。また人間界に降りますから準備してください」


「えっ? 準備って何すれば……」


 次の瞬間、黒紫のおどろおどろしい空間は突然に消え去った。夏菜子はどさっ、という音を立てて地面に打ちつけられた。


「い、いたい……。膝すりむいた……。ウサちゃんさあ、地面に着地できるようにしてとかちゃんと言ってよ!」


 少し湿った地面に座ったまま、夏菜子は使い魔を責めた。


「失礼しました。あと私はウサちゃんではなくて使い魔です」


「ウサちゃん、ここは?」


 夏菜子は周りを見渡した。そこは森の中であった。背の高い木々の隙間から木漏れ日が差していて暗くはないものの、霧が立ち込めている。


 なんだろう。ここ、日本なのかな。どの木も針葉樹だ。


「魔女様が住んでおられる場所です」


 そう答えた使い魔は浮かんだまま、すーっと進んでいく。その先には木々に囲まれた木造の小屋があった。


 あそこに魔女がいるのだろうか。魔女ってやっぱり変なところに住んでるんだなあ。この辺にはコンビニとかスーパーとかなさそうだけど……。


 夏菜子は立ち上がって小屋へと向かって歩き出した。ざりっ、ざりっ、と地面を踏みしめる。背の低い雑草がやたらに生えていた。


 使い魔は小屋の壁の中に消えていった。夏菜子は小屋の玄関扉を目の前にして立つ。建て付けの悪そうな木の扉。小屋は外から見る限りコンビニの半分くらいの大きさで、木造の小屋はそのところどころが朽ちていた。


 扉がぎぎっ、と音を立てる。ゆっくりとその扉はひとりでに開いた。

 夏菜子は小屋の中へと入る。西洋式のようで、靴を脱ぐ必要はなさそうであった。うすぐらい小屋の中には1つしか部屋がなく、いくつかのランプが火を灯してその薄暗い部屋をぼんやりと照らしている。壁には鹿の頭部の剥製や時間のわからない銅製の時計がかけられていた。


 そして魔女はそこにいた。


 大きな古い木製の椅子を軋ませながら、彼女は悠々と座っていた。長い黒髪をしとりと垂らしながら右の肘掛けに肘を置き、彼女の青い目はじっと夏菜子を捉えている。


 これが魔女。若い。20代後半くらいに見える。それになんて綺麗。外国人かな。少なくとも日本人の彫りの深さじゃない。


 夏菜子が魔女に見とれて動けずにいると、魔女が口を開いた。


「少女。魔法を扱うことを望むか?」


「は、はい」


「契約が必要になる。ダシュ、説明をしろ」


 夏菜子の目の前に突然、使い魔がぽんと現れた。相変わらずふわふわと浮かんでいる。


「あ。ウサちゃん」


「では契約の説明をしましょう。夏菜子さん、あなたは魔女様と契約することで魔法が使えるようになります。魔女様の魔力と性質をあなたは5分間扱えるようになるのです」


「5分だけ?」


「ええ。しかし何度でもその5分を繰り返すこともできますよ。代わりにあなたの寿命を半年頂きます」


「魔法を使うと、私は半年早く死ぬことになるってこと?」


「はい。注意していただきたいのは、5分につき半年という点です」


 5分間魔法が使えるようになるけど、半年分私の寿命が短くなる。また5分魔法を使うとすると、さらに半年、つまり1年短くなるってことかなあ。


「その通りです」


「ちょっと。すぐ頭の中を覗くのはやめてくれない?」


「失礼しました。今後気をつけます」


「それで、魔法ってどんなことができるの?」


「魔女様、いかがなさいますか?」


 そう言って使い魔は魔女を見る。魔女は少し考えて、言った。


「氷の魔法をやろう。時を凍らせることもできる。物理的に氷を扱うこともできる。望めば天まで届くような氷の塔を建てることも」


「すごい……。私、契約しようかな。でも、半年かあ」


「契約しても魔法を使わなければ寿命は減らぬ。それは少女、いや夏菜子と言ったか、お主次第だ」


 ふーむ。もし私が80歳まで生きるとして、魔法を10回使ったとしても75歳までは生きられるもんね。とりあえず契約はしておいて、使いどころは後で考えてもいいのだし。


「私、契約する!」


「ああ。ではすまぬが、指先をこれで少し切ってくれるか。ほんの少しで構わない」


 魔女は銀色に光る小さな刃物を取り出し、夏菜子に渡す。


「えっ」


「契約には血が必要なのだ。その刃は清潔なものだ。安心するといい」


「んー。わかった」


 夏菜子はその刃を親指の腹に当てる。そうして引いた。ぷつっ、と皮膚が裂け、わずかな血が現れる。


「その血をここに。契約の書である」


 魔女はなにやら古い布のような、紙のようなものを夏菜子に見せ、その中心にある丸い模様を指差した。

 夏菜子は親指をぐっとそこへと押し付ける。血が契約書の中心でじわりと滲んだ。


「契約は終わった。魔法は自由に使うがよい」


 魔女は椅子に深く腰掛け、その瞼をゆっくりと下ろした。



「さて、夏菜子さんの部屋に戻りましょう。魔女様はお休みなさるようですから」


 使い魔は再びそこに次元の狭間へと繋がる歪みを作り出した。ブラックホールのようなその歪みに入ろうとした夏菜子は、ふと振り返って魔女の姿を見る。


 黒いドレス。スタイルもすごく良さそう。映画の中の人みたいだなあ。魔女とはいっても人間なんだ。


「どうしたんですか?」


 歪みの中から使い魔が夏菜子を急かす。


「あ、ごめんごめん。これを開くのに魔力を使うんだよね。今行く」


 こうして夏菜子は、魔法少女になったのである。

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